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12 素直になればストロベリー



 お店の前まで出て足を止め、ゆっくりと後ろを振り返った。そこに蜂蜜みたいな彼の姿がないとわかっていながらも。

「……追いかけてよ」

 そんなの私のわがままだ。出水なら追いかけてきて「ごめん」て言ってくれるんじゃないかって。そしたら私だって笑って誤魔化せたのに。またここへ来る前と同じ“曖昧な好き”で付き合っていられたのに。もう戻れないってわかっているのにそんな期待をするなんてバカだな私。
 口角を一生懸命持ち上げるのは表情だけでも笑っていないと泣いちゃいそうで。なんて、そんなの無駄な努力だ。強がりだ。
 今度こそ足早に店から離れた。また妹に心配をかけちゃうなぁ。




「ごめん。付き合えない」

 笑ってあっさりと言われた。人生で初めての失恋。この時の私は、自分の好きって気持ちを大事にしたくて、諦められなくて、「わかりました」では片付けられなかった。

「先輩に好きになってもらえるよう頑張ります!」

 こういうのを青春っていうんだよね。謳歌していたもんだから、自分だけが青いやら桃色やらに浮かれていることへ気付きもしない。
 一度目の告白は中学三年生の時。彼が大学生になってしまうと途端に距離が開く気がして、そうなってしまう前に伝えたかった。
 小学生の時に始めたバスケの先輩で、四つ上の憧れのお兄さんで、「なまえちゃん」と呼ばれるたびに胸が躍った。今思えばどこが好きだったかなんて思い出せもしない。ただ単純に年上へ憧れていたし、自分よりバスケが上手かっただけだと思う。それなのにあんなにも必死に恋していたのだから呆れ笑うしかない。
 二度目の告白は高校へ上がってから。この時もフラれたのに、諦めもせずメールを送ってたくさん好きをアピール。返事が来るたびに嬉しくて、それ以外考えられなくなっていた。出水に見られたのもそんな瞬間だったと思う。

 その年の夏休み。先輩がうちの高校のバスケ部に久々遊びに来ると聞いたから気持ちは風船のように浮かび上がっていた。ここぞとばかりに、買ってもらったばかりのワンピースを着て体育館へ赴く。お母さんには背伸びしすぎだ言われたけれど、いま四歳の差を埋めるためにはこんなものではとても足りない。
 差し入れにスポーツ飲料とおにぎりを買って浮足立っていた。何度思い返してもこの時の私はとても滑稽だ。愚かで、バカで、間抜けで、なーんにもわかってない。

 体育館二階の観覧席の端っこで観ていたら、携帯が先輩からの連絡を報せる。みんなが試合をしている最中にこっそりと抜け出てきた先輩と二人きりで会ったのは男子更衣室。自分が選ばれたのだと思うと嬉しくてたまらなかった。
 自分の鼓動の煩さで鍵が閉まった音さえも聞こえずに。

「俺のことそんなに好き?」

 先輩の嘲笑う意味など考えもしないで頷いて。抵抗しないように手首掴まれても、我慢しなきゃいけないんだと思い込んで。キスってこんなに嬉しくないものだと知らなくて。男の人の手ってこんなに怖いものだと思わなくて。「やめて」という言葉にも本気で「怖い、嫌だ」と泣くことにも効力なんてないのだと、この日すべてを初めて知った。

「好き好きって、お前のは重いから」

 先輩をなじる言葉も見当たらず、自分はなんて愚かな夢見る少女だったのだろうと痛みと共に身に染みた。
 そんな時、失恋ソングは私に優しかった。髪を明るく染めて幼かった自分を消し、愚かさを隠した。そうすることでしか自分をとても保てなかったんだ。

 それからしばらくして、知らないクラスの男子に告白された。付き合うつもりなんてなくて最初は断ったけれど、友人たちは「もったいない」と落胆し、その男子も折れずに「好きだ」と言うから、以前の自分を見ているようで断りきれなくなって付き合うことにした。
 付き合えば好きになるかと思ったけれど、それ以上に結末が先輩と同じな気がして気持ちが動くことなんてない。押し倒されて、無理矢理キスされ、どうして好きになってくれないのかと言われても説明のしようがなかった。喧嘩別れは嫌だからと、謝ろうと思った次の日には「とんだ魔性の女だった」と噂され。
 次に付き合ったのもそんな感じで。噂は次第に尾が付き羽が付き。否定しようにも、「お前が俺を好きじゃなかったのは事実だろ」と言われればその通りで言い返しようもなかった。好きでなかったら弄んだことと同じだと。
 だから、私は、先輩があの日そうしたように、嘲った笑みを浮かべるしかなかった。

「そうだね。ごめんね、好きになれなくて」





 こんな私だから、罰が当たった。どんなに傷ついても、純粋で真っ直ぐでいなければならなかったのに。……出水はなにも悪くなかったのに。ただ素直に好きでいてくれて、無理に踏み込んでくることもなく、ずっと屈託ない笑みを、気持ちを向けてくれていただけなのに。
 今回のこともきっと私が出水の気に障ることを言ったかしてしまったのだろう。そうでなければ、あんな切なそうに笑うことも怒らすはずもないから。

 別れると言ったのは私で、今さら私が傷ついていいはずなんてないのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。みかんを見るだけで胸が痛いなんて笑えてくるのと同時に、自分の本当の気持ちに気付くなんて、なんて愚かだろう。

「おねえちゃん!? どうしたの!?」

 私の起こした突然の行動に妹は驚きと不安を滲ませる。どうしたってこの子に気持ちを隠すことはできない。どんなに気持ちを誤魔化しても、違う想いを描いても、きっと私の心の表情が色を成す。

「どう、みえる?」

 変だろうか。

「……お空にキラキラの雨がふってる」

「え?」

「ゆうやけまえのお空みたいな。……出水となにかあったの?」

 妹の拙い表現力は具体的で、幻想的。妹にしかわからない世界。夕焼け前の空色で出水を連想するのだから。
 小さな両手を広げ、私の頭を抱きしめる。小さな子どもだと思っていたのに、みのりはすっかり大きくなっていた。

「……出水に、バイバイって言ったの。すきなの、に……」

 怖い。好きになり方がわからない。こんな気持ち、ずっとこの髪と一緒に消してたのに。でも、たまらなく好きなんだ。不器用に一生懸命距離のつめ方を模索して、好きって気持ちを隠しきれない表情で笑うきみが。だから、言うとおり中途半端じゃダメだって。
 妹の前で泣きじゃくるとか姉失格だなぁと思いながらも止まらない。


「だいじょうぶ。きっとね、新しいおねえちゃんをきっとまた出水は好きになっちゃうよ」


 溢れる気持ちに戸惑う私を抱きしめてくれる優しさは、妹のいう夕焼け前の空色と同じよう。