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04 Unconscious

「うぉわぁっ!?」

 声が出るほど驚いたらしい。私もすっごく驚いたんだけど、驚きすぎて声は逆に出なかったよ。声を上げた目の前のガタイの良さそうな男の人は吃驚しすぎて腰も抜かして怯えている。
 そうなると突っ立ってるだけの私は悪いことしたなと多少は思う。余裕ぶっこいていられるのは、この事象に少し慣れつつもあるから。

「ビビらせんなよ〜」

「こっちが驚きましたー」

 すぐに視界へ入らなかったものの、聞き慣れた声の方を振り向けばやはりそこには見慣れた勇がいた。今日は最初に見た時と同じあの仕掛けのわからない派手な服を着ているし髪も整っている。

「当真! これ誰!?」

「前に言ってた例の幽霊っすよ〜」

「幽霊じゃないって、ほんとに」

 視界にいたのが見たことのないガタイのいい男性一人だったが、勇の後ろへは金髪で煙草を加えた男性と黒髪が顎ラインまである男性もいた。
 そういえば窓ひとつないこの部屋はなんとなく見たことがあるような気もする。

「あ、あの時のラブホか!」

「だとしたらなまえ超ヤバイ状況じゃん。その包丁一本で俺たちと戦う?」

 肩へ腕を乗せてきた勇はニヤニヤとした顔を向けている。おっとそうだった。今は実質四対一だ。こういうのはごぴーって言えば良いのかな? 逆ハーレム? って、そんな話じゃない。勇の頭はムラムラ思考が強すぎる。

 明日友人とその彼氏が、有難迷惑なことになぜかうちへお好み焼きパーティーをしに来るというので、ネギを刻んでいた。どちらかというとお好み焼きにはネギたっぷり派だから妥協はしない。生地にも練りこみたいし。そう思って夕刻のスーパーで安売りネギを二束買ってきたのは多少のやり過ぎを感じたけど、余れば冷凍しておけるしと思って、ひとまず全てを無心、無我の境地で刻んだ。
 そしてネギ類特有のツンとした匂いにやられて瞬きをしたら、いつも通りここへ来ていたのだ。包丁持って。

「ごめんなさい。怪しい者じゃないんです」

「こういう場合、とりあえず包丁は取り上げとくべきだよな?」

「それがトリガーって可能性もあるぜ!? 慎重に、東さん!」

「まるでト〇ベリだな。殺傷能力たけぇぞ」

 黒髪の人が手を差し出してきたので、ネギのついた包丁を渋々手渡した。なんか申し訳ありませんって気持ちで。
 黒髪の人は東さん。金髪煙草の人は諏訪さん。「みょうじなまえです。驚かせてすみません。怪しくないです」と包丁渡したついでにご挨拶させてもらえば、きちんと自己紹介を返してもらえた。この間の制服の子たちよりは敵意を向けられていない。
 勇に手を引かれようやく起き上がった目の前の人は未だ怯えた横目で見てくる。彼は冬島さんというらしい。どうやら幽霊が怖いらしいのだけど、私、人間なんです。生きてますまだ一応、たぶん。



「共通しているのはみょうじさんの涙じゃないか?」

 テーブルはあっという間に書類と各自が持ってきたらしいパソコンで散らかった。なにやら彼らには仕事があるらしく、私と勇の話を片手間に聞いている。冬島さんに至っては「ウン、ウン」と木魚のような一定のリズムでの相槌。まともに聞いてくれていたのは東さんだけのようだ。

「「なるほど」」

「お前らバッカじゃねーの。ちょっと考えりゃわかるだろうが」

 思えば東さんの言う通り、ここへ来る時はいつも泣いている。でもだからって世界線飛び越えて勇の所へ来てしまうのは、どのように説明をつけるべきなのか。そして初対面にバカと言っちゃう諏訪さんはいかがなものかと思うぞ!

「みょうじさんさえ良ければ、ちょっとした検査もできるよ。もしかしたらトリオンが反応しているのかもしれないし、こちらとしても近界民の有益な情報なら得たい」

「私はかまいませんけど……そんなことして会社的に大丈夫なんですか? 上の人に勝手なことしてって怒られたりしませんか?」

 一瞬周りはキョトンとしたあとふはっと吹き出すように笑い始めた。割とまじめに一般常識的なことを言ったつもりだったのに、なぜ笑われたのか。前回、殺されるかもしれないという危機的状況だったことも踏まえたのに。
 それからすぐに悪い顔で笑うものだから、悪寒さえ走る。まさかこの人たち悪役とかじゃないよね……?

「ここは玉狛方式でいこう」

「探究心に変えられないってやつだな」

 勝手に私の太腿を枕がわりにして横になっていた勇もくつくつと喉を鳴らす。




 ひとまず目の前の仕事を片付けなければならないという皆さんを私はしばらく見ていた。でも何もしないのも暇で、勇の頭をどかして手伝えることはないかと聞いてみると、コーヒー淹れてから始まりこの書類に誤脱字ないか見てとか。言われた通りにこなしていたら、目の前にノートパソコンを置かれ、仕事で使っているものと似たようなシステムで表計算やら簡易な文書の作成を頼まれる。

「えっと、冬島さんこれ、引っ張ってくるデータの先がいません。元はどこのデータですか?」

「あ、本当だ。どうりでおかしな数値になるはずだよな。こっちのやつ使って」

「みょうじさん、さっき頼んだやつできた? データ見たい」

「できてます。元のフォルダへ戻してありますよ」

「おーい、みょうじ〜。文献の参照箇所間違ってんじゃん」

「諏訪さんそれ大学の論文ですよね? 自分でやってください!」

「当真、お前の守護霊様仕事できるな」

「おー」

 冬島さんと東さんに褒められた。
 自分でも順応力の高さに驚きが隠せないところはある。でも、これは私の順応力もだけど、彼らの順応力も相当高い。驚いて幽霊だと腰を抜かしていた冬島さんもすっかり馴染んで私の淹れた三杯目のコーヒーを飲んでいる。毒盛られていたらどうするんだろう。東さんも諏訪さんも同じ。特に勇なんてある日突然やってきた女に童貞を奪われた挙句、再々やってくるようになってしまったというのに、未だに警察などへは届けていないらしい。ここだけ聞いたら犯罪臭がプンプンだ。
 よくわからない私という存在を、彼らは必要以上に警戒していない。されても困るけど。こちらが大丈夫かと心配になってしまう。


「なぁ、お前泣いたら当真のとこ転送されんの?」

「当真……勇のこと?」

 今更だが勇のことは名前しか知らない。みんなはトーマと呼んでいるから、トーマイサミが彼のフルネームなのだろう。
 モニターの下に表示されている時刻はすでに夜の三時。目の下にクマを作った深夜テンションの諏訪さんが「面白いことして遊ぼうぜ」状態。聞けば彼らは今日二徹目なんだとか。コーヒーのカフェインなどもはや焼け石に水。

「ちょっと試してみようぜ」

「え? どうやって?」

 勇は相変わらず向こうのソファーで寝ている。寝付き悪いと言っていたから、もしかしたら起きてるかもしれないけど。
 勇に家へ帰らないのかと聞けば「今日は無断外泊」とハート付で言われて呆れた。高校生男児とはこういうものなのか。冬島さんがあとでこっそり「俺が連絡してる」と苦笑いで言っていて、保護者は大変ですね。
 東さんはフラッとどこかへ行ってしまったし、冬島さんは机で潰れている。つまり誰も諏訪さんを止めることができないということをこの数時間で私は理解している。
 ちょっと来いと引っ張って隣の部屋へ連行。

「泣け」

「言うと思いましたけど、無理だから。私、泣き虫じゃないので」

「四回も来てんだろ? んな直近で四回も泣いてんなら泣き虫だろ。ネギ切ってた以外の理由で泣いてみろ」

 うずうずした顔で詰め寄ってくる目の前の男を止める手立ては思いつかない。二徹とは飲酒と同じくらい恐ろしいことなのだと学ぶ。
 四回のうち二回はお笑い動画とネギだ。残りの二回については、泣けるほどの気持ちはもう持ち合わせていない。前回、勇のおかげで気持ちに落ち着きを取り戻している。

「うーん、泣く理由がないですって。それより諏訪さん論文できたんですか?」

「ちぇ、つまんねーの」

 諦めてくれたらしい諏訪さんはようやく掴んでいた私の袖を離して元の部屋へ続く扉を開けた。

「うわぁッ!!」

 先行していた諏訪さんが何事かに驚き一歩引いたことで彼の背に勢いよく顔をぶつける。ちょっと諏訪さん! いい加減にして!
 突如横からグイッと引っ張られるとそこには勇が立っていた。

「脅かすんじゃねーよ当真!」

「諏訪さぁん、人の女勝手に泣かそうとするの勘弁してくださいよぉ」

「へーへー……こっえー顔」

 扉をあけてすぐのところに勇がいたから驚いたらしい。
 私は勇の女ではないが、事情を知っている彼なりに心配してくれたのだろう。それで、怖い顔、とは。諏訪さんも笑っていたし、からかって言われたことだろうか。勇の顔を見ても相変わらずヘラっとしているように見える。
 手首を掴み直され、彼が寝ていたソファーまで連れて来られると肩を押されて座らせられる。横になった勇のまた枕代わり。

「勇くーん、私お手伝い終わってないんだけどなー」

「俺も今お仕事ちゅ〜」

 寝ているだけじゃん。人のお腹へ顔を擦り寄せてきて、ちょっとくすぐったい。彼がこうした行動をとった理由を考えて、少し見知った女に愛着を持ってくれているのだろう、といきつく。
 可愛いやつめ。
 大きすぎる猫の頭を撫でやると、こちらをチラリと見て眉間に皺を寄せ呟いた。

「危機感ないダメ社会人」

 苦言と溜息もプラス。