×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

11 With

 大人たちのやっかみってやつは意外と面倒なもんだなぁと思う。色々あって落ち着いた今でもやっぱり近界民嫌い派はいるわけで。相容れずとも共存しているのがすごい反面、その境目に当事者として立つ身となれば面倒くせぇなぁの一言に尽きてしまう。
 なまえは家、もっというと自分の星に帰れなくなってしまった。空閑の一件以来多少は近界民に寛容となったボーダーでは、居場所の無くなったあいつをすぐに放り出すことはしないでいられる。とはいえ近界民である以上、いつまでも放置してはおかないのが近界民嫌い派の意見。そのために、この星であいつの戸籍を用意するにはたくさんの面倒をなんとかしなきゃなんない。

「まーた、俺の隊が日勤業務なんですけどー」

 元冬島隊の隊長である冬島さんに甘えて、んなことを愚痴っていても始まらないことはわかっている。でも二週間の遠征に連れて行かれたかと思えば、帰って早々一週間も続けての日勤業務に加えて下位部隊の指導係に割り振られていることは悪意でしかないと思うわけ。お陰で面会時間内に病院へ足を運ぶことはできなくなった。

「会えない時間が恋を育てるって言うだろ。諦めろ」

「なにそれ。古ィなおっさんは。会えなかったら欲求不満になるばっかじゃん。会った時に酷いことしちゃうかもー」

「寝ている彼女のおでこにちゅーするぐらいしかできねえくせに」

 視線を手元の書類へ向けたまま、まるで知っているかのように声をかみ殺して笑う元隊長さん。「プライバシーの侵害」と言って眉間に皺を寄せた顔を向けてやるが、恐らくこの男にもこの男の事情ってやつで俺の監視を任されてんだろうなと察することしかできない。

 任務を終え指導係という名目の残業もして、日付をまたぐ頃に病院へ忍び込んで、やっと寝顔との逢瀬。
 体中に残ってしまった深い傷を思えば気軽に起こすこともできねぇの。痛ましく巻かれた包帯に、もっと早く助けられただろって後悔ばかり。もう二度と目を開けないんじゃないか、もしかしたら明日には“いつもみたいに”ベッドから忽然と消えているんじゃないか。
 俺はいつからこの女のことをこんなにも――。

 そんな日々を思い出しながら、自分の感情を振り返って情けねえなぁと嘲るように小さく笑った。
 ずっとポケットに入れ持ち歩いている紙を引っ張り出し、雑に羅列された文字を眺めてキスをする。書かれた気持ちへ答えるように。

「そういえば、今日みょうじさん退院すんじゃないのか?」

「そ。でも可哀想な俺はしごとー」

 有休出してたのに。忍田さんに文句言ったら「いまさら今日の一日くらいどうってことないだろう」と鼻で笑われた。そうだけどさ。
 しかたないから東さんに退院の手続き諸々頼んで鍵を渡しておいた。もともとなまえの事は、協力者としてとか捕虜としてとか、鬼怒田さんから指示を受けてるのも東さんだし、今は現役を退いて隊員の世話係と指導をメインにしているから適役。

「ま、これからはしっかり稼げよ」

「へーへー」

 今日はもう一つ大事なものをポケットへしまい込んである。





 目を覚ましてすぐのあの日、なまえは泣きながら俺のところへやってきた。今やそれがこそばゆいほど当たり前。
 昼間には笑って「またね」と見送り、落ち込んでいる素振りはひとつも見せていなかった。今思えば強がりだったんだよな。俺の上へ落ちてきたあいつは不安と寂しさに押し潰されそうな、パニックに陥っているような。そんな様子で泣き崩れ、気絶するように目を閉じた。
 だから抱きしめられていることに気付きはしなかったのだろう。抱きしめたところでパニックを抑えきれるほど感情の上書きができなかったか。あの日なまえはその場にとどまったままだった。
 それでも消えないことに安堵した俺は、なまえ以上に不安だったのだと思う。病院へ送り届ける前、起きないのをいいことにもう一度抱きしめて消えない体温や感触を確認した。

「そばにいてやるよ。ずっとな」

 自分でも恥ずかしくなるぐらい穏やかな声でくさいセリフだと思った。でも本心だからしかたない。自分がそうするべきだと決めたこと。
 帰りたいっつっても、離してやれねーぜ?


 仕事は嫌いじゃない。勉強のできない俺には、命懸けてるとはいえリーマンやるよりよっぽどこっちのほうが向いている。でもさすがに今日は早く終われと思って過ごしてた。
 インターホンを鳴らすべきか合鍵で開けるか。玄関扉の前でしばらく悩み、後者を選んで驚かすことを考えていた。
 料理なんてしねえから、よくわからないまま適当に買った冷蔵庫の中の食材たちはどう調理されただろうか。わずかに香る匂いは十分に食欲をそそった。
 なるべく静かに開けたはずの音を聞きつけて部屋の奥からドタンッと何かにぶつかるような音と悲痛の声。にも挫けずにこちらへと向かってきた足音。あーあー……。

「いっ、いさみ!」

「おー。ただいま。美味そうな匂いしてんじゃん」

「私、何から言ったらいいか……」

 赤面したり困ったように眉を下げたり目元に涙を浮かべたり。そうだな、言うべき言葉はフリフリのエプロン着て「おかえり」とかそんなのを求めてた。いや、フリフリのエプロンなんて用意しなかったけどよ。

「おかえりじゃねーなら、愛の言葉でいいんじゃねーの?」

「からかわないでよ! こんな恩、返しきれない」

「勘違いすんなよこれは恩じゃねーぜ?」

「え?」

「愛」

「…………ん。重い」

「あ?」

 濁点の点いた「あ」という威圧に吹きだすようになまえは笑った。こっちはいたって真剣なんですけどー?
 散々笑っていたくせに突然表情を真剣なものへと変えて、じっとこちらを見る。細い指で人の手を勝手に掴み取って握りしめた。
 どんな言葉を探しているのかわからないが、たぶんしょーもないこと。「本当にいいの?」とか「迷惑じゃない?」とか。そういうのは一番最初出会った時のあんたが念頭に置いておかなければならなかっただろう言葉で、今さら必要ねえんだよ。
 濡れていない頬に反対の手を沿わせた。

「素直に甘えてりゃいーの」

 最初からそういう関係。あんたを甘やかすのが俺の仕事。これからもそれは変わんねぇ。


「勇、すきなの」


 寄せた唇が離れていくと、瞳を水の膜が覆う。困ったように笑って「こんなこと言うのずるいかな?」なんて。あんたがずるいのなんて今に始まったことじゃない。
 ずるくていい。きっと俺の方がもっとずるくて、あんたを手放せねーもん。そうでないなら、なまえの身柄はとっくにボーダーへ預けているし、複雑な手続きを許してもらうために素直にいうこと聞いて上層部の機嫌を伺うようなことをしたりなんてしなかった。

 ポケットに入れてある小さな箱を取り出すタイミングを見計らいながら、慣れない緊張のようなものを一瞬だけ感じた。さすがに玄関先はかっこつかねーよな?

「お。そうだ。部屋に入る前に、まずは確認しようぜ」

 そう言って俺は両手を広げてなまえを待つ。
 きっとお互いの心に“消えてしまったら”という不安もあったはず。それでも俺たちは互いの熱を求めずにはいられないということを、何回も前からわかっていた。
 腕の中で消えない温もりは、声を上げて泣き笑う。


 その後部屋へ戻りながら確認されたことがなんだと思う?

「もう高校生じゃないって本当?」

 なに考えてんだか。



END