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05 ここから始めるから


 一勝なんていいものではなく、引き分けという結果。今日まで太刀川隊のみんなに手伝ってもらってきたのに、このザマだ。目も当てられない。
 トリオン体が崩壊する瞬間の感覚は一つも覚えていないのに、米屋くんに体を引っ張られた瞬間の感情だけは残っている。

『消えかけのオレの体を踏み台に使って、もう一度スラスターの逆噴射で上へ戻れば勝てたのに』

 その通りである。もちろん自分の脳内でもそのイメージが浮かんで行動に移す時間もあった。でもそんなことより、なんで私を助けるような形で飛び込んできたのか。散々手加減してこなかったのに、今さらになって同情でもされた?
 わからなくて、考えている暇もなくて、気が付いたら目の前の彼は消えて、私は地面へ叩きつけられていた。さすがにこの高さで受け身もとらなければ、いくらトリオン体といえど壊れかけの体では無理があったらしい。左腕からトリオンが漏れだしたのもあって、供給限界もきていた。

 通信は繋がっている。なにか米屋くんに言わなければ。写真消して? もう一戦しよう?
 十戦九敗一引分け。
 画面に映る結果がすべて。悔しくて、悔しすぎて、どうにもならないものがこぼれ落ちてくる。呼吸をしたらバレてしまいそうで、唇を噛んで両手で口を塞いだ。

「おい、生きてるか?」

 ブースに入ってきた出水くんは、情けない姿の私を見て「げ」と一歩引く。窒息しそうなほど口と鼻を押えている手が、水浸しになるほどには汚れているからだろうけど、そんな顔するなら勝手に入ってこないでよ。

「はぁ……もう通信切れてるぞ」

 画面の端から米屋くんの番号が消えているのを自分でも確認してから、両手から力を抜いた。
 負けた。また負けた。頑張っても、勝てない……。
 子供のように泣きじゃくっていれば差し出される箱ティッシュ。ずっとなぜこんな部屋に箱ティッシュなんて置いてあるのかと思っていたが、このためだったんだね。あんなに特訓してくれたのに一勝もできなかったのだから、出水くんに呆れた顔されてもしかたない。

「米屋くんは、っなんで、手加減して……」

「あれは手加減じゃないだろ」

「じゃあなに」

「…………反射?」

 顔をしかめた。米屋くんもそう言っていたが、理解できない。トリオン体を助けるなんて無意味な行為を米屋くんがするはずない。米屋くんのことを多くは知らないけれど、今日まで学んできた彼の戦闘姿を思えば、そんな負け方は彼らしくないことだけはわかる。
 きちんとした答えが欲しい長年友達やってすごい共闘もしている出水くんはきっとわかっているでしょ、の意を込めて睨むと彼は困ったように頬を掻いた。


「あー、なんていうか……なまえって意外と鈍臭いだろ。そそっかしいつーか。この間からそれ見てるから、助けようと思わず手を伸ばしたんじゃねーカナァ……」


 やや不自然な言い方ではあるが、車に轢かれそうになった時、さっきドアに挟まれた時、米屋くんは私を助けようと手を伸ばしてくれていたと彼は語る。シンプルすぎるその答えは、まるで鈍器で私の頭を殴ったかのよう。

「…………穴があったら、入りたい」

 そそっかしいのを心配されていたのか。親からもよく言われるが、周りが見えてないことがまぁ、ちょっとある。ちょっと。思えば確かにそういう現場を米屋くんには見られがちかもしれない。写真の件も私のそそっかしさを心配して、こういうことされるから気をつけろよという彼なりの教えだったのかもと思うと妙に納得できた。だって、私のあんな濡れ鼠みたいな酷い写真のどこに需要があるのかと疑問しかなかったし。そうか、助けようとしてくれたのか。

「なんだ、米屋くんとっても優しいや……」

「ん? え? は?」

 思い切り息を吐いて自分を泣き止ませ、「ちょっといってくる」と立ち上がれば、友人は「おう」と笑って背中を叩いてくれた。
 ラウンジにいた太刀川さんに負けてごめんなさいと、また鍛えてくださいと、米屋くんどこ行きましたかを聞いて急ぎ足でこの場を後にした。

「うまくいきゃいいけど……」

 私たちには聞こえていないところで、背中を叩いてくれた友人は溜息をこぼしながら呟く。






 米屋くんという人物が個人戦ラウンジから出たら、他にどこへ行くのか思いつきもしないままウロウロと探していると、下の階にある売店へ彼はいた。ジュース棚の前にいるのを見つけたはいいが、自分がなにを言いにきたのかはまとまっていない。どう声をかけるか思い悩んで、しばらくカチューシャで後ろにまとめられひょこひょこと揺れている後頭部の髪を見つめる。

「つよいなぁ」

 結局思い巡って出てきたのは羨望にも皮肉にもとれるような言葉。

「お、なまえ。もーいいの?」

 呟きに振り返り、視線の高い彼が私の泣き腫らした顔を覗き込むから、もっと下げるしかなくて。戦っていた時は違う、教室でみるようなゆるっとした表情で笑う。

「餞別にジュースおごってやろう。好きなの選べよ」

「じゃあこれ」

「お高いヤツ選ぶじゃん」

 今月お小遣いピンチなのに、とか言いながらレジに持って行ってくれたから、A級隊員様に気にせず奢ってもらったのはフルーツの入ったちょっとお高いアイスティー。売店を出てすぐにそれは渡された。

「オレは個人戦戻るけど、なまえはどうする?」

 何も気にしてない。いつも通り。そんな米屋くんなのに、自分の中では嫌にドキドキと心臓が鳴っていた。何か言いたいことがある。たくさんある。まとまってない思考だけど、人のたくさんいる大きな通路へ出る前に彼と話がしたくて服の裾を引っ張っていた。

「っ助けようとしてくれて、ありがとう」

 事故しかけた時も、ずぶ濡れで困っていた時も、ドアに鼻をぶつけたり挟まれたり、さっきの戦闘でも。彼は私に手を差し伸べてくれていた。そこには恥ずかしさと照れくささがある。

「米屋くん、強すぎて勝てないや……」

 けれど、先の戦闘を思うと感謝したいそれとは別にグズグズと崩れかける視界。堪えるために奥歯を噛んだ。

「私、米屋くんから一勝だけでもしたくて、いっぱい練習したんだけど全然敵わないんだもん」

「……なまえは、ちゃんと強くなってたじゃん」

「うん」

「素直かよ」

「強くなった。強くなれたよ」

 でも米屋くんは、一朝一夕の私なんかが追いつけないほど、もっと努力して負けたり勝ったりしてるんだろうなぁって思ったら悔しさ通り越しちゃった。

「米屋くん、めっっっつよだよー」

 噛み締めていたはずの奥歯はゆっくり力が抜けて、頬は緩む。目尻に溜まった涙だけが落ちたけど、「また対戦してくれる?」と言えた。A級隊員としての任務あって、課題や予習しなきゃいけない時間も個人戦で鍛えてるような彼に敵うわけないのは半分ちょっとわかってる。でもだからこそ米屋くんに追いつきたい、もっと強くなりたいって思えてワクワクしてきた自分も確かに心の中へ存在し始めている。

「いつか絶対勝っちゃうから!」

 私の話に目を見てきちんと聞いてくれていた彼は、少しだけ視線を逸らしたあとまた戻した。片眉を器用にあげて可笑しそうに笑う。


「なまえは、めっかわすぎ」


 私の「めっつよ」という表現に合わせて返された言葉は、私が知っている通り「めっちゃ可愛い」と意味していいのか。素直に受け取れない言葉なのに、音が立ちそうなくらい急激に顔は熱くなった。それは落下しながら体を引っ張られた時と似たようなざわつき。
 それは、そんなサラリと言っていい言葉じゃないと思うんですけど……。






「写真ならもうとっくに消してるよ。他の奴に見られてもまずいし」

「へ? そうなの?」

「もしオレが死んだ時に遺品で携帯見られて、なまえのあんな写真出てきたら困るだろ。オレあんま写真とか撮んねーし。遡ればすぐ出てくるよ」

「うん、私がね。私が困るし恥ずかしいね。米屋くんのスケベー!」

「怒るな怒るな〜。こっちは健全な男子高校生ですから」

「否定して! お願いだから!!」






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