今日は待ちに待った遠足の日です。
良いですか、お菓子は三百円まで。
バナナは果物なので、お菓子に分類されませんよー。
では、バスに乗って楽しく出発しまーす。
「ドナドナドーナードーナー…」
「音痴かよ」
私の隣の席に座る、一也御幸はたったこの一小節でいったい私の何がわかるのかはこの際置いておいて、エンジンが唸りを上げたバスの中で一人嗚咽づいた。
「おぇっ…もう吐きそう無理」
「まだバスも動いてねぇよ!?」
「無理吐きそうなのでこの度の遠足は棄権したい」
キタロウ袋でも差し出してくれれば良いものを、この男はスッと私との間に距離を開けた。
詰め寄る。
「倉持、席代わって」
「頑張れ。ゲロまみれになったら俺に近づくなよ」
このクソ男共はなんでこんなにひどいんだ…。
最前列は先生たちが座っていて、その次の席が倉持(なぜか一人)、通路挟んで私、御幸が座っている。
私は酔いやすいから、できるだけ前が良いとは思って最前列を取るために朝早くからバスが来るのを待っていた。
決して遠足が楽しみだったわけではない。
別に隣に座るのは誰でも良かったけれど、女の子たちが座ってくれる前になぜか一也御幸がドカリと私の隣へ腰かけた。
そうすれば必然的にその近くに倉持も座るし、必然的に結局いつものメンバー。
てか、きみ、一也御幸よ。
きみは倉持の隣に座りなさいよ。
虚しくなって吐きたくもなりますよね、この状況。
「そんな気持ち悪くなるなら、寝てればいいだろ?」
「言われなくても寝ますよ」
朝早くから飲んでいる酔い止めのせいで眠さも限界。
「着いても起こさなくて良いから」
「熱いキッスで起こしてやるよ」
「虫唾が走るやめろ」
気持ち悪い一也御幸の相手をするのも限界。
バスは嫌いだけど、目的地で降りたくもない。
だって今日の遠足は…
「それでは、今日は牛の乳搾りを体験したいと思いまーす!」
イェーイフゥーッ!みたいなテンションなのは残念ながらガイドさんだけだ。
むしろガイドさんも内心では真っ暗な心で溜息を吐いているのかもしれないと思うと心底哀れに見えた。
牛たちの前で立ち尽くす高校生と作り笑顔のガイドさんはさぞかし滑稽な様子。
「何が楽しくて、高校生にもなって牛の乳搾りしなきゃなんねーんだよ…」
ぼやく倉持。
だらしなく欠伸をする御幸。
牛小屋の前で最後尾にいる私たち。
何が楽しくて、私はお前らに両サイド固められなきゃならないんだ。
「まぁ確かに、乳搾りという選択肢はお年頃のDKには色々思うところがありますよね」
「……おー、そうそう。色々思うところがあるから、お前代わりによろ」
「それな。俺たち健全な男子高校生でありたいし。みょうじに頼むわ」
「ないないないない!ちょっとどこ行くの!?置いてかないで!!」
二人はこっそりと牛舎から離れていくものだから、慌てて追いかける。
決して牛の乳搾りが面倒なわけじゃないよ。
二人が万が一にでも迷子になったりしたら、帰りのバスに乗り遅れて本当に困るでしょ?
私がそばにいてあげないと!!
「なんでお前までサボってんだよ」
みんなが乳搾り体験しているそばにあった小高い丘。
そよ風に揺れる草むらに三人で寝転がっていた。
見事な秋晴れで朗らかな日和なのに、それ以上のサボる理由なんてない。
バス酔いもこの爽やかな空気に少し醒めた。
「二人の…見張り?」
「じゃあ目瞑んなよ」
「あ、おい!御幸一也やめろ!鼻に草を突っ込むな!!」
盛大にヘックションとくしゃみをすれば「興醒め」だの「お前JKじゃない」だの、この言われよう。
言いたかないが、鼻に草突っ込んでくる段階でお前ら私を女だと思ってないじゃないか。
「んじゃ、俺寝るから。あとよろしく見張り番」
「俺も〜」
結局どうしたってこいつらの面倒みなきゃならないのか…
もちろんそんなのやってらんなくて。
二人が気持ちよく寝息を立て始めたのを見計らってこっそり携帯を構えた。
「ぐへへ…高く売り飛ばしてやるぜ」
シャッター音にさえ気が付かないほど二人は寝こけてしまったらしく、返ってこない反応に少し寂しささえ感じてしまうわ。くっそー。
今しがた撮った写真を見れば、目の前と変わらず気持ち良さそうに寝ている。
野球をしている時のあの意地悪なというか凶悪そうなというか…真剣な顔とは似ても似つかないほど穏やかで。
静かに二人の間へ寝転がって、もう一度だけシャッターボタンを押した。
「純さんにおっくろ〜」
ふんふんご機嫌に鼻歌を歌いながら携帯を操作していたと思ったのに、目が覚めた時には目の前に鬼の形相をした先生が居た。
いや本物の鬼かもしれない。
「みょうじ?お前は、何を、やっているんだ?」
穏やかじゃないその表情に、しばらく事態が呑み込めなくて。
そういえば私の両サイドで風避けとなっていた男共は気が付けばどこかへ行っていた。
「へ…あれ…?み、みゆきとくらもちは…?」
「お前、乳搾りに参加もせずこんなところで居眠りとはいい度胸だなァ?あぁ゛?!」
「あひっ…ごめんなさいっ!ごめんなさい!!私はあの悪童二人にそそのかされただけで、決してこんなつもりじゃ…アアー乳搾りしたかったなァー」
そんな言葉で目の前の鬼をなだめることもできず、私はただ正座で冷や汗を垂らしていたら、命じられたのは、戻りの時刻まで牛舎の牛糞掃除…。
あのクソ男共絶対許さん…!!!!
「クソ御幸!!クソ倉持!!」
まるで呪いの呪文のようにそう唱えながら一人牛糞掃除をさせられる可哀想な私。
「よぉ、牛小屋のなまえチャーン」
意気揚々とした声の主は振り向かなくても誰かわかる。
「しねぇぇぇぇぇえくらもちぃぃぃぃ!!!!ギュウフントルネードサンダー!!!!」
シャベルで掬い取った牛糞を声の方に投げつけた。
「うっお!?汚ねぇな!!やめろよクソ女!!」
「誰がクソ女じゃボケェ!!御幸もスカした顔してんじゃねぇぞコラァ!!」
もう一度トルネードサンダーデラックスプンプンをぶん投げるけれど器用に交わされた。
お前キャッチャーじゃないのかよ。
何でも掴み取れよ、素手で。
「こっちは昼飯も食べれず掃除させられてんだぞ!」
「知ってる。昼飯は俺たちが食っといたぜ」
「あと携帯の写真も消しといた。人の寝顔撮るなんていい度胸だな、みょうじ」
「あ、ちょ、何勝手に人の携帯操作してんのバカみゆ!あとこの姿を撮るな!!撮るなっつってんの!!!」
「純さんに送っておいてやるよ」
ヒャハハ爆笑こいてる倉持にもう一度サイケデリックデラックスプンプンボンバーをお見舞いしてやれば、まあそりゃもう糞まみれですわ。
せっかくきれいにしたのに。
そしたらもちろんタイミングよく先生来るよね。
どれだけクソがと心の中で罵っても、私は免罪されるわけもなく説教されるは担任監修の元精一杯牛舎を掃除させられるわ。
私いつから農業高校入りましたかー?
もちろん帰りのバスもこんな臭い私の隣には誰も座ってくれるわけもなく。
御幸でさえ倉持と座りやがって、本当にクソが。
お昼は食べられないし、写真は消されるし、最悪な遠足となりましたとさ!
「おい、みょうじ!臭ぇぞ!」
「バーカ…くらもちのバーカ…おたんこなすしね」
「地味に本気でしょげてんじゃねぇよ」
「うるさい腐れチーター」
「ほら、これやるから機嫌直せ」
「…ぎゅにゅうあめ」
「な?」
「…おいし………っう、ゲロゲロ〜!!」
「うわ!吐いた!!ヒャハハッ!きったねぇー!!」
苛々の絶頂で、あの時撮った写真を純さんへ送っていたことはすっかり忘れていて、それをもう一度見ることになったのは、何年も先の同窓会でのお話。