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03

懐かしい声に呼ばれる気がした。
まだ微睡んでいてぇ…。
薄眼を開けて見た空はまだ薄っすらとしか明るくなっていない。
もうちょい寝れんじゃねぇか。
起こすなよ

なまえ…




「別れよう」と言われても仕方なかった。
俺はあいつが何に悩んでるのかわかってて、わかってなくて。
別々の進路をあいつに「寂しい」と言われて自分の気持ちが揺らぐかと言えばそうでもなく。
あの時俺は、あいつのことが大事だと思いながらも野球を続けたかった。
心のどこかで、安心しきっていた。
言わなくてもわかってくれる、だから俺からあいつに何か話す必要も聞く必要もない。
そう呑気にかまえていたのだ。
結果独りで不安になって、独りで悩んでるあいつを遠目に見ている事しかしなかった。

“彼氏”って言えねぇよな。

お前の話も聞けない、優しく抱きしめてやることもできない男だった自分に、別れてから後悔したって遅い。

俺はなまえを傷付けたんだろうな…。

別れてすぐ自由登校になり会わなくなれば、あいつの様子をうかがい知る方法もなかったせいで、その“傷つけたのか?”さえ曖昧ではっきりとした感覚はなかった。
友達伝いに、結構憔悴してた、ということを聞いて初めて申し訳なくなったぐらいだから。
あんなに近くにいたのに、なまえのこと、何にもわかってなかった。

「バイバイ、純」

泣き虫のくせに、泣くのを必死に我慢していたあの日のなまえを思い出すのは、目が覚めて思考がはっきりと覚醒し始めた頃。
もう何度この高校生のなまえに「別れよう」と言われながら目覚めただろうか。




あいつのことを夢で見た日は大体ろくなことがない。
朝イチ鳴り響く電話の相手は、取引先の社長。
引き継ぎで会った時に、野球が好きだとか青道の出身だとか話せば、その社長も青道野球部のOBだったらしく、えらく俺を気に入ってくれた。
そこまではまだ有難いが、飲みに行こうと再々誘われるものだから困りもの。
これ以上断り続けるわけにもいかず、今日の予定表を見て溜息を吐いた。

“歓迎会”

あいつがみんなの予定擦り合わせて決めた日、休憩の合間に居酒屋サイトを漁ってみんなの好みを考えて…。
相変わらずマネージャー気質だよななんて笑って見守って楽しみにしていたのに、まさかそれを自ら裏切ることになろうとは。

取引先との飲み会は飲み過ぎないように気をつけながら、しっかり相手へ飲ませる手法。
笑って相槌うつのも今はもう慣れた。
つまんねぇ大人になったななんて自嘲気味に笑いながらも、二件目へ急いで向かう。

「彼氏の機嫌、損ねちゃったみたいで…」

それでもふと思い出す、なまえの言葉、表情に速度は落ちる。
別に彼氏いたって当然だし、なんなら結婚していてもおかしくない年齢だ。
付き合っていたのはもう10年も前の話だし、それ以降は俺だって付き合ったり別れたりを繰り返している。
だから、何もおかしなことはないはずなのに…。

再会に少し浮かれていた自分に気付かされて、舌打ちした。



「遅くなりました!」

案の定、チームの先輩たち…つまりは会社の先輩たちでもあるのだが、皆すでに酔っていた。
適当に空いた席へ座れば飲め飲めと注がれる酒。
ふと、視線だけで探すがやっぱりいるわけなくて。

「遅ぇよ伊佐敷ィ!」

「す、スンマセン」

「お前の歓迎会だぞォ!」

注がれた酒を一気に飲む。
喉に流し込まれる苦味はあまり美味しいとは思わないけど、今日は俺のために集まってもらったことを思えば決して不味くはない。
先輩たちに付き合いながらも、思考の端にいるなまえが「彼氏の機嫌を損ねちゃったみたいで」とずっと言っている。

「…〜ッもう一杯良いっすか!」

「おーし!!それでこそ伊佐敷だ!!飲め飲め〜」




正直になれば、そのまま彼氏と別れてくれねぇかななんて考えちまってたわ。





「もう一軒行くか〜?」

「いや、今日は無理っす…」

結局いくら飲んでも酔って気持ち良くなるなんてことはなく、一つも酔えねぇのにビールだ酎ハイだと飲み過ぎてただただ気持ち悪い。
二軒目に向かう先輩たちの背中を見送って、駅までの道のりを飲屋街を抜けながら歩いた。


「えー?二軒目〜?どうしよっかな〜…なまえもきてるし〜」


俺はどうやら、なまえという名前に相当敏感らしい。
この喧騒の中でもその名前に反応して視線を上げてしまった。

「なまえサンも行きましょ〜よ〜」

「バカ!オネーチャンとこ行くのに女連れてけねーだろ」

視線の先には、チャラチャラとした男どもが数人と女が一人。
女の格好には見覚えがあった。
案の定、ギャハハとバカみたいな笑い声の中に佇んでいるのは俺が知ってる…いやなんも知らねぇけど………なまえの姿があった。

すっげぇ愛想笑い浮かべて、成り行きを見守っている。
バカかあいつ?
嫌なら嫌って言えよ。
昔、俺がクラスの奴らとカラオケ行くつった時は目を潤ませて口尖らせて「行かないで」って制服の端掴んでたのは、どこのどいつだよ。
その時は喧嘩になったけど。


「タカヤの好きにしたら良いよ」


今思えば世界一可愛い止め方だったし、今思えば俺のせいであんな一歩引いた返答するようになっちまったのかな…。
それはあまりにも御都合主義すぎる俺の思考。

「タカヤさん可哀想っすよ〜会社の飲み会ほっぽって来てくれたのに〜」



「良いんだよ、なまえは俺が一番好きだもん、な?」

「…ウン」



見るんじゃなかった。
とっとと帰れば良かった。
例えそれがなまえにとってどういう感情による返答であっても、他の男を好きだという言葉を肯定する返答は気持ち良いものではなかったから。
耳障りな笑い声。
憤りは握りしめた拳が血の気を引いてしまうほど。

「健気〜」

「じゃ、俺こいつらと行くから。先帰ってろよ」

「…わかった」

野郎どもが踵を返したのを見つめず足元に視線を落としたなまえ。

「タカヤさんの彼女マジで物分かり良すぎ〜」

「だろ?そこがあいつのつまんねーとこなんだよ」

高校の時の俺なら間違いなく突っ込んで行って殴り飛ばしていたことだろう。
喧嘩なんかしたことねーけど、とにかく息の根止まるまでぶん殴りてぇ!
しかし荒んで踏み出した一歩は、彼女がこちらを振り返って歩き出したことによって息を止めた。
下を向いたままの彼女が地面を濡らす。
俺に気づくこともなくすれ違った。
恐らくなまえの彼氏と思われる男の背中と、なまえを交互に振り返って選ぶ。
小さく悪態を吐いた。


「ッチ…クソが………なまえ!」


何事もなかったように呼んだ。
出来るだけ明るく。
数メートル先で足を止めた彼女が少しだけ振り返るから、その時だけはわざと視線を逸らして見てないフリをして近づいた。
涙を拭う時間は必要だろ?

「なまえ」

「じ、純…どうして、ここに…」

「先輩たちと今解散してよ〜!お前こそ彼氏の機嫌は取れたのかよ?まぁその顔じゃ無理だったんだろ〜な」

あくまで明るく。
努めて明るく。
らしくないことしてる自信はすごくあるし、墓穴掘らねぇか内心すっげぇドキドキしてる。

「今の…見て…?」

「ん?何がだ?あ、家どっちだ?近くまで送ってやるよ」

「い、良いよ!大丈夫だから…」

キョロキョロと見回すし、あいつらが行った方を気にして視線を向けている。
なんか、癪に触るわー…。

「あー…彼氏にバレんの心配してんのか?んじゃ、離れて歩いててやる。夜道は危ねぇから。いつも部活帰りも送ってやっただろーが」

「……っ!? うん…ごめんね、ありがとう」

強引過ぎて断られるかと思った…。
緊張し過ぎて早い鼓動が治らない。

なまえはすぐに俺へ背を向けた。
こういう時、人前で素直に泣けない性格だから苦労してんだろうな…。
目の前にいる男に多少ぐらい甘えちまえば楽なのに……それができねぇのが、なまえの不器用で良いところなんだけどな。

にしてもなんであの男を一発ぐらい殴んなかったんだろ。
数メートル離れた背中を恨みがましく見つめてる自信ある。
細くて小さくて壊れそうで。
キラキラと光を浴びて繊細に輝くのに、衝撃一つで粉々になってしまう脆い宝石のよう。
ゲラゲラ笑ってた男が憎くてしかたねぇ。
なんでお前がなまえの彼氏なんだよ。
どのくらい付き合ってんのか知んねぇけど、でもだからって…こんな風に泣かせて良いわけねぇだろ!
沸々ともう一度湧き上がる。




「純…やっぱり、隣、歩いて」



ちょっとだけ愚痴聞いてくれない?と儚く笑うお前の心にいんのが、なんであの男なんだよ…。
その表情に、一気に息巻いていた熱が冷め、一つの答えに行き着く。






クソッ…
やっぱ今でも、俺はお前が好きだ…


[ 03 ]

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