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明日の朝も迎えに来てください

「は?!骨折した?!」

驚いて思わず大きな声が出た。
昨日の夜、自主練までちゃんと付き合って片付けまでしてくれたなまえ。
体育館の二階に上がったボールを取りに行かせたのが悪かった…。
挙句、からかい半分で、早く降りて来ねぇと電気消すぞ、なんて言ったもんだから、慌てたなまえは悲鳴とともに階段を滑り落ち、救急車で運ばれた。
幸い頭は無事で、足は捻った程度で済んだようだが、利き腕である右腕を骨折し、私生活に支障をきたす結末。

「あ、あの、骨折って言っても、ヒビが入った程度で…大したことないですから!」

「バカなの?利き腕骨折とか大事じゃん!なにやってんの!!」

勢いでなまえの肩を及川が掴めば、痛みで顔を歪める。

「及川、なまえちゃん痛がってるから」

引き離す松川と花巻も心配そうに、なまえを見やる。

「これじゃ、ノートも取れないし食事も着替えも大変だろ?なんか…悪かったな…」

いくら自分の意思とは言え、自主練を付き合わせたのは俺たちだし、あの時急かしてしまったことを申し訳なく思う。

「ち、違います!先輩たちはなにも…」

「じゃあさ、俺たちでなまえの学校生活フォローしてやろうぜ!」

慌てるなまえはさて置き、花巻が言い出したその言葉を俺たち三人は賛同した。
元は俺たちのせいに変わりないし、何より…

「面白そう」

「手取り足取りなんでも手伝ってあげるね!」

「なんなら、トイレも…」

「「「それはやめとけ」」」

調子に乗る花巻に全員が突っ込む。

「そーいうことだ、諦めろ」

「岩泉先輩まで…大丈夫ですから!」

俺に止めてくれと縋り付くが、無理な相談だ。
なまえの頭を一人ずつが撫でる。
俺たちこいつのこと可愛(面白)がり過ぎだろ、と思うも、まぁこんな可愛い紅一点なら仕方ないかと思わず口が緩んだ。



先輩たちが…ウザ…い……

「なまえ、ほら、あーん」

朝練の件から、休憩時間になると一人ずつ教室へやってきて、次の教科の準備や移動教室への見送り等々たった10分の時間をきっちり私に寄り添ってくる。
その心遣いは本当にありがたいのだけど、ただ…ウザい。
目の前には及川先輩と花巻先輩。
右には岩泉先輩、左には松川先輩ががっちりと私の両サイドと前方を塞いでいる。

「キャー!及川さーん!!」

三年生が下級生のクラスにいること自体稀なのに、加えてこの四人ときたものだから、黄色い歓声のすごいこと。

「ねぇなまえ、早く口開けないと落としちゃうんだけど」

「お前のあーんじゃ食えねぇよ、な?なまえ?」

私は静かなお昼休みを過ごしたかった。
一緒に食べるはずだった、友達も遠巻きにニヤニヤと見ていて決して助けてくれるわけではない。

「なまえ、弁当食わねぇと次の体育死ぬぞ?」

「いやいや、体育できないでしょ。見学だよ見学」

次の授業まで把握されていますよ。
自分で食べますと言ったところで、返してはもらえない箸。
俺たちのせいだから…とか大の男がグスグス泣き真似する姿はなんとも形容しがたい。
どうにもできなくて、仕方なく口を開ければ押し込まれるお弁当。

「どーお?美味し?」

満面の笑みの及川先輩には悪いけど、何食べてるのかわからないわ。

「オイシイデスー」

「次、俺な!!」

「おい、花巻変われよ。俺もあーんする」

花巻先輩が奪った箸を松川先輩が奪って。
もう、これなんていう状況?
早く終われ。
お母さんの作るお弁当いつもとっても美味しいのに、今日は一つも味がわからなかったよ。
ごめんね…。

昼休みが終わって解放されれば、午後一の体育の授業。
みんながマラソンする中、木陰で見学は嬉しい。
鳥のさえずりが聞こえて上を向けば、教室の窓の向こうに見える岩泉先輩。
目が合うと少しだけ鼻で笑われた。
むっと頬を膨らませれば、ニヒっと笑うから、こっちまで笑ってしまう。

悪い先輩たちじゃないのはわかってる。
十分に理解はしている。
時々度が過ぎるだけで。
窓の向こうで岩泉先輩が先生に注意されているのが見えて、声に出して笑ってしまった。
変なところ憎めないのだ。


「ほら、帰るぞなまえ」

特に何かできるわけではないけれど、最後まで自主練に残ってできる片付けを手伝っていた。
皆が着替えに出て行ったところで、体育館の電気を消灯し靴を履いていたら、私のカバンを持った岩泉先輩。

「あ、ありがとうございます」

受け取ろうと思ったのに、そのカバンは彼の肩に担がれて先を歩き始める。
もう一度行くぞと催促されれば、慌てて追いかけた。

「おい、走るなよ。次は足でも骨折されたらさすがに介抱できねぇぞ?」

止まった岩泉先輩は、困ったように笑って私を待ってくれる。
こういうとこ、本当に優しくて困る。
…困る?
いや、困らないよ。
一瞬だけ湧き上がる疑問もすぐに泡沫となって溶け込んだ。

「なまえって意外とどんくさいよな」

「どんくさくないです。先輩たちが慌てさすからいつも動揺してしまって…」

「おーわりぃわりぃ」

「悪いと思ってないですよね?」

半歩前を歩く岩泉先輩だけど、そのスピードは決して早くなくて。
私に合わせてくれている。
わかれ道に差し掛かっても、私の家の方へ向かって歩いてくれた。
なんとなく弾む会話も無理のない話題で、妙に心地よくなってしまう。
いつも見ているはずなのに、今日何度目かのその笑顔にふと揺らぐ心。

「…えっと…ありがとうございました」

家の前まで着いて、荷物を受け取る。
でも、変な居心地の良さは同時に寂しさも合わさって、なんだか別れがたい。

「おう。また明日な」

岩泉先輩はそうは思わなかったのだろうか?
玄関先で転ぶなよ、なんて冗談。
少しだけ悔しい。

「岩泉先輩!」

だから、離れた背中に少し大きな声で呼びかけた。

「あ?」

「明日の朝も迎えに来てください!」

「めんどくせぇ」

「…お願いします!」

「しかたねぇな。じゃあ、明日の朝な」

夕暮れに照らされて、横顔だけどその笑ってる顔は、やっぱりまた心を揺らす。
どくりどくりと鳴る心臓は鬱陶しいけれど、明日の朝は楽しみで、心は弾んだ。


[ 明日の朝も迎えに来てください ]

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