うちのマネは変わってる。
「なまえは、今日も可愛いね」
「はぁ、そうですか」
絶対変!
「可愛すぎて食べちゃいたいなー」
「あそこで群れてる子猫ちゃんたちにしてください」
絶対絶対変!!
「…なんでなの?!なんで?!」
「女がみんなお前になびくと思うなよ」
「岩ちゃん!女の子は、かっこよくてスポーツできて頭もいいスパダリなこの俺みたいな男が大好きなんだよ?!」
なまえと岩ちゃんは、二人並んで首を傾げる。
ねぇ!俺ってかっこいいよね?!
体育館の二階に振り向いて手を振れば黄色い声が返ってきた。
それが俺の自信。
なのに…
「スパダリってなんですか、岩泉先輩」
「知らん」
「スーパーダーリンの略だよ」
「ハイスペックな旦那さま、ってことだな」
「あ、松川先輩、花巻先輩もお疲れ様です」
そうそう!
俺みたいな男のことをスパダリって言うのさ!!
そう言って教えてやろうと思ったのに、振り向いたらもう違う話をしていて、俺の隙なし。
「ちょっと!ねぇ!なまえ!!」
「及川先輩、早く部活始めてください」
あームカつくーー!
決めた!俺決めたから!!
女の子なのに、ちっともなびかないなまえに少しでも「及川先輩かっこいい」って思わせたい言わせたい!!
そしたら俺、もう怖いもの無しじゃない?
何度なまえに心を折られたことか…岩ちゃんと同じくらいひどい!
そうして、一大決心を胸にそっと秘めた。
「おはようございます、及川先輩」
「おはよう、なまえ」
いつもと変わりない先輩なのだけど、少しだけ雰囲気が違う。
でもそこまで疑問に感じずに、朝練を終えた。
「及川くん!お疲れ様です!」
「これ、タオル使ってください」
「……」
また取り巻きに囲まれてる…。
関わりたくないから、遠巻きにそっと交そうと思ったけれど、まさかの先輩はその取り巻きを無視して渡り廊下を渡って行った。
普段ならそんなことあり得るはずないのに。
どんなに急いでいても、取り巻きの子たちとのコミニュケーションを忘れずフェミニストな一面を大々的に出してくるのに、どうしたことか。
唖然とその光景を見つめた。
お昼休み、監督に頼まれて及川先輩のところへメモを渡しに行く。
普段なら本当に嫌で、岩泉先輩に渡してもらうよう頼むのだけど今朝からどうも様子がおかしい。
「あの、及川先輩…」
先輩のいる教室に入れば、女の子が群がっているからすぐにわかる。
なのに、今日は…
「これ、監督が…。
今日は、お葬式か何かですか?」
群がる女の子たちも、戸惑うように口を噤んでいる。
「ありがと」
普段なら軽口の二、三叩かれてもおかしくないのに、やけに無表情の彼は普段とはまるで別人。
「及川先輩ですよね?」
「何言ってんの?…まだ、何か用?」
凍てつくような視線と嘲るような笑い方に、ビクッと肩を揺らしてしまって、恥ずかしい。
「なんでもないです…お邪魔しました」
急いで教室を出て、階段を駆け下り、自分の教室に戻ったところで息を吐く。
肩が揺れた時に少しだけ心臓も一緒に跳ねたような気もしたけど、そんなことより、……怖かった。
「絶対おかしい…」
部活へ向かう足取りは重く。
会いたくないなとさえ感じる。
何か怒らせるようなことしたかな…?
それなのに、こんな時に限って鉢合わせるもんだから、ツイてない。
「…なに?」
部室の前でお互い動かずに向かい合って道を塞いでいる。
いつもなら、こう…笑って…
「…?!」
「あの、及川、せんぱ…」
自分でも驚いた。
涙がポロポロと止まらなくて。
子どもみたいに大粒の涙。
「え?!え??!ちょ、なまえ?!なんで、泣いてるの?!!どっか痛い??!」
この涙に動揺しているのは私も先輩もおなじようで。
「ちが…及川、先輩が…今日、変だから…」
「変って…」
先輩は少し困ったように笑ったあと、口を尖らせた。
「だって、なまえってば、ちっとも俺のことかっこいいって言ってくれないからさ。雰囲気変えてみようかなーと思って…」
「かっこいいです!かっこいいって言いますから…元の先輩に、戻って、ください」
そんなことで、今日一日中あんな冷たい態度だったというのか…。
くだらないと言ってしまえばそれまでだけど、及川先輩のあんな冷たい態度、もう二度と向けられたくないと思った。
「プッ!何それ!俺が言わせてるみたいじゃん。
可愛いなまえが泣いちゃうから、もうしないよ。からかって、ゴメンネ」
そこにはいつもの及川先輩の笑顔があって。
でも、いつもと同じなようで、いつもとは違う気もするようで。
先輩のジャージの袖でゴシゴシと涙を拭われた。
「もう二度と、からかわないでください」
「はいはい」
少し圧をかけて言ったのに、気にも止めないように、道を譲って部室のドアを開けてくれた。
「ほら、ね?俺ってかっこいいし、優しいでしょ?」
「フフ、そうですね。そういうとこ尊敬しています」
「…っな!?…なまえのそういうとこ、卑怯だよね」
そっぽ向く及川さんに首を傾げるばかりだった。