スヤスヤと音が聞こえそうなほど規則正しい寝息。
「なんだよ、なまえ寝てんじゃねーか」
お昼を食べ終えたあと、みんなそれぞれ涼しい場所を探して休憩に行ったり、自主練ともいえない遊びのトス回ししてたり。
なまえは、体育館の出入り口付近の日陰で、壁に背を預けて眠っていた。
夏休み、連日猛暑の体育館での部活で、疲れてるのはなにも選手だけじゃないということ。
クロとジュース買いに行こうと出た矢先に、そんな寝こけてるなまえを発見した。
クロは笑いながらその寝顔を覗いている。
なまえは気付く様子もなく、気持ち良さそうに眠ったまま。
「爆睡しすぎだろ」
「疲れてるんだよ」
「だよな〜、なんだかんだ頑張ってるもんな」
くしゃりとクロが撫でた頭。
「ん…」と一瞬唸ったものの、起きないなまえ。
「行こうぜ」
本来の目的のジュースを買いに行こうと立ち上がって先行くクロより、クロのせいで乱れてしまったなまえの髪が気になって、目が離せなかったのは少しの間。
くだらない会話をしながら自販機に着く。
すでに買いたいものは決まっていたらしいクロは、着いてすぐ買い終えた。
「何にしよ…」
「決まってねーのかよ」
「…先戻ってて」
そういえば、一つ返事をしたクロは元来た道を鼻歌混じりで戻って行く。
一個分の小銭を入れ、適当にスポーツドリンクを買う。
もう一度、小銭を入れて、同じものを買った。
これは…頑張ってるの、知ってるから…。
深い意味があるわけでは、ない。
なんで自分に言い訳しているのか甚だ疑問に思ってため息が出た。
なまえのことを考えると調子が狂う、ということに気付いたのはつい最近。
元来た道を戻っていれば、ふと角から見える二人。
隠れる必要は、ないのかも知れない、けれど。
足は止まった。
二人の顔の距離は近くて。
そっとなまえの頬に触れたクロ。
手とかそんなんじゃなくて、あれは、…キス。
起きないなまえに優しく笑ってクロは体育館へ入っていった。
急ぎ足で、グチャグチャな気持ちを抱えて、嫌悪と虚しさと切なさと、とにかくなまえのすぐそばへ行き、彼女の目の前に座った。
「…ッん、ちょ、痛い…痛い!」
気が付いたら、俺は自分の服の裾で彼女の頬を拭っていたし、髪を梳かしていた。
「けん、ま!研磨!…なに?どうしたの?」
「…むし。虫が付いてた」
「え?だからって…拭すぎだから!」
距離を取るように肩を押し返される。
擦った頬が少し赤くなっていた。
できることならもっと拭たい。
見てしまった出来事を無かったことにするように。
「もう!お腹出てるよ!!」
抵抗されるも手が届く髪だけでも撫で付けるように強引に梳かした。
バカみたいな攻防のすえ、諦めたなまえはされるがまま頬を拭われる。
「なまえは、不用心すぎる」
「はぁ?そう?どこが??」
「全部」
「…言っとくけど、そういう研磨も」
人のこと言えない、と言ってニヤリと笑った。
何を企んでる?と思った矢先に腰、素肌にぞわりとした感触。
なまえがぴとりと俺の腰に手で触れる。
「…ッ!!」
こんな声にならない抵抗をしたのは人生初だろう。
「研磨は意外と腰細いけどちゃんと筋肉付いてるよね〜」
触感を思い出すように手を見つめるなまえを睨みつけるが、そんなこと意にも介さず悪戯っぽく笑っている。
なんか余計にむしゃくしゃするけど、さっきの黒い感情は消えていた。
「なまえ」
「なに?謝らないよ?」
「……はぁ」
「な、なに…ッん!?」
なまえの唇を塞ぐようにペットボトルを押し付けた。
気温差のせいで結露が溢れて彼女の唇から顎に伝い落ちた。
「奪われないように、ちゃんと気を付けてて」
なまえがボトルを受け取ったのを確認して立ち上がれば、意味がわからずきょとん顔。
良いよ、今はまだわからなくても。
でも、奪うのは、俺だから。