- ナノ -
おバカは鈍感です
天童は食堂から一人出て教室に戻ろうとしていた。

「ねぇねぇ、天童くん!」

振り向くと群がっている女の子。これが自分に対しての、なら可愛げがあるが、残念ながら違う。

「天童くん!若利くんはさっき何食べたの?」

「若利くんはどこ行っちゃったの〜?」

「えっとー」

天童は答えあぐねて、濁った音が出る。ねぇねぇと詰め寄らて後ずさっていれば、追い詰められた。
目の前に群がる女子という生物を、ねじ伏せる力は持っていても、そうすることは心にある高い壁が阻む。要するに、情けないことにはタジタジとかわすほか術はない。


「ちょっと。あなたたち、私の覚くんに何か用なの?」


助け舟、とは言い難い声に天童は肩を落とし手で顔を覆う。

「“私の”? みょうじさんって天童くんと付き合っているの?」

そのもの言いは、批判していると取れた。

「そうだけど?」

天童くんなの〜?という周りのどよめき。本人は気にしていないのに、瞬時に激昂するのは“彼女”の方。

「なにが、言いたいの、かしら?」

「気に障るようなこと言いました?それとも……お顔と頭は伴わないから、暗にした言葉はご理解いただけなかったかしら?」

地の底から響くようななまえの声音。対峙しているリーダー各の女以外、皆がそれにぞっとする。
顔面偏差値の高いなまえは高嶺の花とか清楚可憐とかなんだとか言われているけれど、その実ただのバカで、キレるとただのおっかない般若。その事実を知っているのはもちろんバレー部員だけ。

「若利くんの愚民ファンどもが、私の覚くんに……ッ!!」

怒りで震えるなまえの首根っこを、天童は慌てて掴んだ。

「ごめんネ〜?若利くんなら体育館に行ってると思うよ〜」

「ちょっと!!覚くん!!!!」

フンと鼻を鳴らしスカートを翻して群れは去っていく。納得のいかないなまえだけが、その場で地団太を踏む。
深く息を吐いて、掴んでいた手を離せば勢いよく振り返った彼女に逆に掴まれ引っ張られた。

「は?ちょ、なまえ?何?」

「……良いから、ついてきて」

その声は未だに怒気を含んでいるものだから、天童は黙ってそれに従った。


多くの人とすれ違う。皆が振り返るその光景。

(きっと皆、さっきの子たちと同じことを思ってるんだろーなァ)

階段を上っていきながら、自分の中にあるふとした焦燥感。言葉にも態度にも表さないだろうけど、心の中の奥底では燻る。


なまえが扉を勢いよく開ければ、眩しい光が入り込む。まだ少し肌寒いからか、人はまばら。

「どういうつもり?」

「いや、こっちのセリフだけど?あんな風に公言してどういうつもりカナ?」

給水塔の裏に行けば、誰もおらず天童はそこに背を預けた。向かい合ったなまえは腕を組んで仁王立ち。

「何がいけないの?覚くんを好きって言ったし七回もキスしましたぁ!私の覚くんって言って何がいけないんですかぁッ!?」

先ほどのイライラが治まらないのか、天童の胸倉……というか身長差のせいで、お腹周りの服を掴んで揺する。詰め寄りで言えば、先ほどの女子よりよっぽど怖いと天童は思う。ただ、彼女が頬を膨らませて怒っているその理由は、天童の内に秘めた焦燥感にじわりと潤いを与えた。

「お前さ、ホント、バカなの?」

「は?!なんでよ!!間違ったこと言ってない!!あんなクズに覚くんの何が…ッ!?」

そのうるさく喚く口を手で覆った。

「もう、わかったから」

ゆっくりと紡ぐ静止の言葉。自分でもどうしたら良いのかわからない心音を甘く苦しいと感じる。こんな自分を目の前のバカに見られたくないと思うのに、操ることはできない高揚感。
なまえは、そんな天童をきょとんと見上げた。そこには眉間に皺寄せ視線を下げて自分の口元も手で覆って、少しだけ頬の赤い天童。


「あれ?もしかして、天童くん……照れてる?」


「照れてねぇーし。もう良いから離れろよ」

なまえの肩を押して距離を取る。彼女になら容易く触れられる、それは要するに自分にとって特別なんだと改めて天童は気付かされた。
押した、触れた指先がなんだか熱く感じる。知られたくないから、早急に教室へ戻ろうと踏み出そうとすれば腹部に感じるぎゅぅという締め付け。
フワフワとした浮つく感情に流されないように、気をつけないと。

だからその時、天童は気付かなかった。「離れろ」と言った言葉と押し離した態度が、なまえの肩を震わせたことを。
未だに膨れた顔が天童を見上げる。


「ねぇ!覚くん、キスして」


「いや、七回の約束はもう果たしたジャン」

「覚くんはっ、…………わかった。もう、いい」

思いを上手く伝えられない不器用さ。素直すぎるのと、素直になれないのと。
ゆっくりと離れた体。二人は互いに顔を合わせず教室へ戻った。



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