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私がエネドラに恋しない理由
るんたったとスキップで私は雷蔵の部屋を開ける。暗証番号なんてもうとっくに暗記しているんだから。

「エーーーネドラッドちゃん!」

スクリーンモニターの灯りで一部分だけ仄暗い部屋の中には、雷蔵と黒色のラッドが浮かび上がっていた。「げ」とか「またきたのか」とかは聞かないでおくとして、二十三時間ぶりの再会の抱擁は全力でする。

「くっつくんじゃねえよ!玄界の女猿!!」

「んー!今日も素敵なフォルムね!」

「フォルムは変わんないだろ。生き物みたいに伸びたり縮んだりしないんだから」

わかってはいるが、このカットされた雫のような胴体、しゃかしゃかした爪、バランサーの尻尾。普通ならとても高性能な機能も兼ね備えている素敵なデザインと実用性のある兵隊だ。
なにより角に残された“エネドラ”という思考体が中に入っていることももお気に入り要因の一つ。
私はトリオン兵及び近界民トリガーの研究者で、近界に対しては興味以上の感情を抱いている。以前彼がこの施設へ忍び込んだ時に、緊急避難を余儀なくされ、本体を直接拝めなかったのはとても残念だった。もし出会っていたらあまりのかっこよさに求婚していたかもしれない。
私の将来の夢は素敵な素敵な花嫁さんになることだ。お相手は絶対近界民と決めている。だってこの地球以外の世界が広がっていて私の知らない文化圏とトリオン兵という面白い機械をうじゃうじゃと生産している世界に、どこの女が興味沸かないというの!?残念ながら私しか興味ないみたい!!

「聞いて聞いてエネドラッドちゃん。私昨日合コンだったんだけどー」

「ああ?!」

「また変人って言われたのー。地球の男は見る目ないわよねー」

突然始まる恋愛相談もいつものこと。これはただの愚痴なんかじゃなく、布石!彼への自己アピール!私フリーだからいつ狙ってくれてもいいのよ!結婚の申し込み受け付けてます!

「うぜえ心の声がだだ漏れだ!バカが!」

おっと、心の声は思わず口に出ていたみたい。わざとだけどね。雷蔵は「お茶買ってくるわ」と、空気を読んで二人きりにしてくれる。聞き呆れているなんて人は言うけど、雷蔵の優しさを素直に受け取れないなんてみんな可哀想。

「変人はどこに行っても変人だろ」

「えー?エネドラも私のこと変人と思うの?」

「思うな。オレが今まで出会った中でもお前はとりわけ変人だな」

「うそ……それってつまり、とくべ「違う」」

そんな食い気味で否定しなくてもいいじゃない。両手で彼の体を持ち上げるとその鋭い四足……じゃなくて六足で器用に私の顔を押えた。
肉に食い込まない程度ではあるけれど刺さって地味に痛い。

「軽くちゅーしようと思っただけなのに」

「てめえこの間べろべろ舐めやがっただろうが!汚えんだよ!」

だってどんな味がするか気になったんだもん。人間のように感情により分泌されるものがあるかもしれないという探究心だ。ま、彼のボディーは機械だけど。
リップや指紋が付くだなんだと文句を言われて、しまいには尻尾を使ってまでも突っぱねる。そんなに嫌なの?潔癖?あとでマイクロファイバータオルでキレイに磨いて(こすりつけて)あげるってば。

じっと見つめるていると、この未知の生命体のような彼はもう人間ではないということを思い出す。
きっと角というメモリーの中でしか自己を証明できない。角を外せば自己主張さえ叶わなくなる。いわば剥き出しにされた心臓部か脳みそ。
見分けやすく黒塗装の施された体も、白へ戻せば他と変わらない。有限の命やトリオンという個性も没落。今は他者からのトリオン供給に依存する以外その角に閉じ込められた自己を取り留める方法はない。
角に浸食され、増大し制御しきれなくなったエゴが悪さをしたせいで、仲間にまで裏切られこの地球に置き去りにされたのだと聞いた。
なんと哀れで、儚くて脆い存在なのだろう。

「…………おい、なんで黙るんだよ。気持ち悪いだろうが」

愛おしくて涙がでそうだ。
彼の拒否の手が緩んでいたので、そのままぎゅっと胸に抱き締める。

「私が一生養ってあげるからね」

「ッてめ、この、やめろこのクソ女猿!てめえには恥じらいとかしとやかさとかねえのか!!」

「照れてるの?カメラ映像みたけど、あんな成りで意外と初心なんだね〜。ますます可愛い」

離せと抵抗されるが、本気の力は出せないシステムになっているから結局は抱きすくめられるだけ。バカとかアホとか玄界の尻軽猿とかなんとか言っているけれど、もしかして大人のお姉さんのおっぱいに興奮しているのかな?パフパフされたいのかな?わざとらしく押し付けると、じたばたとしていた手足も動きを止め、今度はエネドラが静かになった。
おお、なんと愛くるしいことか。全てが照れからくるものだと思うと愛おしさは増すばかりだ。ディープなキスは不可避。

マイクロファイバータオルを持ち出して、彼のボディーを磨いて(こすりつけて)いれば、ここに来た目的をふと思い出す。そうだ、試してみたいことがあったんだった。愛でて愚痴を言いに来たわけではなかったんだった。

「ちょっとお散歩にいきましょう。エネドラットちゃん」

「勝手にどこへでも行きやがれ。オレは雷蔵とここにいる」





そんな言葉は無視。私の考案した彼専用の拘束具、赤色の可愛いリボンの見た目をした紐をつけて、戦闘訓練室へ連れて来た。そう、ここは彼が忍田さんたちにやられて仲間に捨てられた場所。
オペレータールームにいる諏訪くんと堤くんが私たちに気付き、軽く手を振った。そのほかにもトリガーの使い方を学ぶために戦闘訓練をしている子や、仮想トリオン兵と戦っている子たちもいる。
端っこの一部屋を予約してあったので、そこだけが空いている。

「胸糞悪ぃ場所に連れてきやがって」

「仮想空間のある場所ならどこでも良かったんだけどね。ここが一番トリオンあるから」

大きなキューブ状の部屋の中は、見た目にはわからないが大量のトリオンで構成されている。
エネドラッドと一緒に持ってきたパソコンを隅っこの端子と繋げ、いくつかのシステムを起動している間、彼はとてもつまらなそうに私の傍へいた。この中であればうろうろしてもいいと来た時に伝えていたのに。どうせ拘束具が付いているからどこにいてもわかるし、この施設から逃げ出せばトリオンが切れる仕組みになっている。

「要なら早く済ませろ。オレは映画の続きが観たいんだ」

ちらりと向けた私の視線をどう察したのか。

「諏訪くーんオッケーだよ!トリオン供給してくれる?」

『了解っす』

オペレータールームに合図を送れば、生身にはわからないトリオンが部屋の中で集中する。
さあ、あなたは自分を思い出せるかしら。

「……こ、れは……!?」

トリオンが光を成してゆっくりと体を形成していった。自分よりも高い所で頭部の構成が終わり目の前に現れるのは、艶々とした黒髪、血色の悪そうな肌、角に浸食され黒い右目の存在。映像で見たよりも本物に近いそれは、かっこよく造りすぎじゃないだろうか。
たいそう驚いてくれたようで、六足ではなく長い四肢に変わった体の感触を確かめるように指先を動かし見つめていた。

「どう、エネドラ。きちんと自分を創造でき――ッ!?」

一瞬のことで何が起きたかを理解するのは難しかった。
私の背中に回った手が強い力で引き寄せて、反対の手は心臓を抉り取りたいのか私の左胸を鷲掴みにしている。驚いて半開きだった口にぬるりとしたものが入ってきて奥深くまで蹂躙されて声もだせなかった。
諏訪くんが何かを叫んでいるが、聞き取れるものでもなくて。離れた口を繋ぐ糸は舐め取られた。絡み合った視線の先は狂気とか色を孕んだものではなく、ひたすらに純粋なもの。


「おいなまえ、求婚はどうした」


子どもがおもちゃをみて嬉しそうに笑うのと同じ。そんな純粋な笑顔をみて、そしてそれが散り散りの光となって霧散していくのを見て、私はどうにもならないのだと理解した。
心と一緒に体が地面へと落下していく。いっそあのまま心臓を抉り取ってくれればよかったのに。
左胸に切なくて苦しい温度のない酷い痛みだけが残った。

彼はもうここにはない存在なんだ。







「なまえさん!大丈夫っすか!?」

「ここからって時にトリオン供給切りやがったな!クソ猿どもが!」

「ラッドの分際で調子に乗りやがって!なまえさんになんてことを……!今度こそ撃ち殺すぞ!」

「あ、ご、ごめん、諏訪くん……だいじょうぶだから」

「でもこいつが!泣かせた!!」

「大丈夫。ごめんね。諏訪くんも堤くんも協力してくれてありがとう。近界民はおちゃめが過ぎるから困っちゃうよね。あー吃驚したなぁ」

吃驚したなんて言葉で丸く収めようとしているのにエネドラの小さな呟きは、彼もきっとまた自分の仮の体に期待して絶望したのだろう。



「どうせ、どうにもなんねえようなこと考えたんだろ。……くだらねえ」



私たちは、恋なんてできるわけがないんだね。




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