- ナノ -
私が二宮匡貴に恋しない理由
「みょうじ、起きろ」

モールモッドに追いかけられるという悪夢から目覚めさせてくれたのは、思いも寄らない人物。顔を上げた時に悪い意味で心臓がドキリとした。
壁に掛けられた時計の針を確認すると二十三時を過ぎており、訓練室内は自分たち以外の人は一人としておらず閑散としていた。いつの間に眠ってしまっていたのかもよく思い出せない。受け入れ難い現実にもう一度見回しても、この部屋の中には私たち以外はいないようだ。

私へ声をかけてきたのは間違いなく目の前の男性であるのだろう。視線を上げても目を合わせることができないのは、自分が最も苦手としている人物だからだ。今日の星座占いは最下位だったに違いない。

「に、に、の、みやさん……おつかれさまです」

だいぶどもってしまった。
学校も同じで仲の良いひゃみちゃんにオペレーターの模擬訓練を手伝ってもらい、そこからさらにひとり残って訓練を行っていたがすっかり夜は更けてしまっていたらしい。
最後の記憶には、残っている人も多くいたはずだ。誰か声をかけてくれればよかったのに……この人以外の誰か。

「集中できないなら早く帰れ」

苦手だと思う要因は多々あれど、一番はこういうところ。この人の語彙力の中で、もっと他にマシな言い方はなかったのか。寝ぼけ眼でもあくびは引っ込んでしまった。

私だってなにもサボってこんな時間までいたわけではない。もう随分と長いこと続いているスランプを抜け出すためのがむしゃら訓練。今日一日をかけてようやく目標点に達し少しの満足感と安堵で机に伏したら最後、意識は上がって来られなかったのだ。
ひゃみちゃんが学校のことや体調不良でどうしても隊務だったりランク戦に出られなかった時、ひゃみちゃんの推挙で代役として二宮隊のオペレーターをさせてもらったことがある。
一生懸命だったというのは私の気持ちを押し付けていることはわかっている。でも、始終二宮さんは無言だったし、犬飼くんは他のことを聞いてくるし、辻くんには返事さえまともにしてもらえなかったし未だに避けられている。自分のことで精一杯だった私は、ひゃみちゃんを除く二宮隊には恐らく嫌われているのだと三回目にしてやっと悟った。

「ハイ、スミマセン」

そんなぞんざいな言い方しなくても、別にあなたに迷惑なんて一ミリもかけてないと思いますが。
いくら顔が良くて強くても、こんな冷たい男のことはlikeの意味でも好きになれそうにない。

「氷見がお前が残っているかも知れないから確認して欲しいと言ってきた」

ひゃみちゃん!私が彼を苦手だと知っていながらなんということを頼むのだ!ていうか、二宮さんも二宮さんで口へ出してもないのに雰囲気でこちらの言いたいことを察するのやめて欲しい。

「そうですか。ひゃみちゃんへは自分で連絡しておきます。お手数おかけしました」

彼女の依頼で生存確認にきてくれたのならありがとうございます。はい、さようなら。
それでいいでしょう。終わってよ。あまつさえ私の前から去ってくださいとまで思っているのに、目の前の彼はじっとこちらを見下ろしている。彼から感じる威圧的なオーラに、怖気付かない人間はいないと思う。
……彼が去らないのなら私が帰ろう、とパソコンの電源を切ろうとしていたのに、突然不躾すぎる質問を投げかけられた。

「所属する隊は決まったのか?」

先制攻撃の挙句にカウンターパンチですか。射手一位は攻め方がえげつない。

「まだですけど」

「難しいだろうな」

何が言いたいのか。男の顔を睨み見た。
どうして人が気にしていることをわざわざ話題にするのか。私はボーダーに入ってそれなりに時間が経っているが、未だにどの隊にも所属できていない。ひどいひどいひどいコンプレックスなのだから、刺激しないでよ。

「……だからこうして頑張ってるのに」

別に私が睨んだからと言って彼が動揺するわけではない。わかってはいてるが、私は聞こえるか聞こえないかの小さな小さな声で反論する。
電源を切ろうとしていた手を止めマウスを握った。こんなこと言われてばかりなのは悔しすぎる。やっぱりあなたが帰ってください。訓練モードを開き直して、ちらりと視線だけ向けた。

「お疲れ様でした」

「……」

「……」

「……」

残るから先に帰って欲しいという意味を込めた言葉を彼はわかっているのかいないのか。眉間に皺を寄せた顔でさらに睨まれる。例えるなら“鬱陶しそう”。加えて言うなれば、お互いが放つ気だけでの攻防が少しの沈黙を作っていた。
それに折れたのはまさかの二宮さんだった。

「お前のオペレートは、能無しには理解ができない」

彼が短く吐いた息は一つの区切り。

「お前の指示は、数手先を見越しての注意を促しているが、理解できないやつには意味のない混乱を招く指示に取れる。戦況を理解し相手のこともよく考察しているからこそ、指示が細かすぎて鬱陶しいと感じるやつもいるだろう。まるで自分たちの隊の隊長かのような傲慢さに聞こえる」

ドキリとした。これも悪い意味で。
迅先輩のように未来予知できるわけじゃないから正確ではないにしても、私は常に危険を考えてオペレートしている。できるだけ人の裏をかいて一撃で倒せるように。
トリオン体なら刺されても切られても爆破されても死にはしないけれど、それはここがボーダーの基地で、三門市内であれば緊急脱出できるからだ。実際の戦場はきっとこんなに甘くない。ネイバーと対峙する恐怖を忘れてはいけない。仮想死を軽んじていれば、いつか死ぬことが当然のようになる。私はそうなっていく自分が怖くて戦闘員をやめてオペレーターになった。
傲慢、偏屈、ビビり、何度も言われた言葉たちに、私は言い返し方がわからない。そうだとしても自分の考えが曲げられないから。

「難しいと言ったのは、お前の指示を有意義に使えるやつは少ない、という意味だ」

「……でも、二宮さんだって、このまえ私がひゃみちゃんの代役した時、何も言ってくれなかったじゃないですか」

「口を出す必要がなかったからな」

「っ…………犬飼くんは指示外のこと聞くし、辻くんは……」

「あいつはお前の指示の意図をそれ以上に生かそうとしていただけだ。辻は異性が苦手だと氷見から聞いているだろう」

私の「でもだって」を論破する目の前の男に、言い返せる言葉はなく唇を噛み締めた。下を向いたらうっかり涙が落ちそうで斜め上を向く。
これは悪い意味ではなくて。
言葉は足りていないが、私はどうやら二宮さんから最大限のお褒めの言葉をいただいているらしい。戦術がよく考え込まれている、とか、相手のことも自分たちのこともよく考えられている、とか。これは予想外だった。
さっきまであんなにも早く帰れと嫌悪していたというのに自分でも身勝手だと感じる。込み上げるのは、泣けるほどの嬉しさ。

「っ、もうぢょっど、やってがら、がえりまず……」

鼻水をぐずと吸ってから、再びパソコンに向き合う。そう言われたからには余計に頑張らなければならない。
前髪をピンで留めて気合を入れ直したところで、横からは呆れたように鼻で笑われる。伸びてきた手はパソコンのボタンを一つ長押しして強制終了させたかと思うと、ぺちん、と小気味良い音を立てて私の額を叩いた。

「バカか。帰って寝ろ」

「少しくらい寝なくても大丈夫です!」

「それ以上ひどい寝痕作る気か?」

束の間に見せた、和らいだ表情が意外すぎて思わずジッと見てしまっていた。自分の額を彼の指がなぞっているとも気付かずに。
私がそのまま見つめていたら、ふと視線を逸らした二宮さんに今度はデコピンをされる。痛い。ノールックでデコピンなんてさすが射手一位。

「荷物をまとめろ。帰るぞ」

「はぁい」




さすがにこれ以上は食い下がれなくて帰る決心を決める。しかしまさか送ってもらえるとも思わなかった。気まずくなりたくなくて必死に話題を探す。好きな食べ物は、好きな本は、好きな女優は、好きなボーダー隊員はとか。単語で返ってくるものに話題の広げ方がわからない。

「……みょうじ、うるさい」

「あ、は、ハイ、スミマセン」

「興味もないことをいちいち聞くな」

「ハイ、スミマセン……」

「話がしたいなら、お前のことを話せ」

それは二宮さんが興味ないから結局会話にならないと思うけどなぁ。とは言えず、彼の言葉の強制力のようなものを感じて、ぽつりと「好きな食べ物はあんこです」と言えば美味しいどら焼きやのお店を教えてくれた。辻くんのために買ったことがあるのだとか。
意外なことにそれからのほうが会話がはずみ、無事に家まで帰ったあとはほっこりした気分だった。ありがとうございますとさようならを言って頭を下げれば二宮さんは背中越しにひらりと手を振ってもくれた。
二宮隊とのもやもやも少しだけ晴れたような気がするし、二宮さんに褒め…………

「っぎょ!?」

ほくほくとした気持ちで入った玄関の、鏡の中の自分と目が合った瞬間に出た変な声。
ボーダー本部(オペレーター用のシュミレーション室)から自宅まで徒歩三十分はゆうにかかったはず。鏡へ映る上げっぱなしの前髪と額の消えかけの寝痕に絶叫した。


こんな情けない姿ばかり見られているのに、あの二宮匡貴に恋なんて……できるわけない。




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