- ナノ -
おバカの紹介をします
「覚くん、お勉強教えてくれませんか」

終礼が終わり、部活へ行こうと意気揚々と席を立ち上がれば、他クラスからの侵入者。我が男子バレー部の紅一点の花とちやほやされてるマネージャー。

「一科目でも欠点取ると、次の遠征連れてかないって鍛治くんが言うの!」

顔面偏差値は学校の中で群を抜いて一番。身内の贔屓目なんかじゃナイヨ?マネとしての仕事はまぁまぁ。
彼女に問題があるとすれば

「ヤーダヨ!俺、お前みたいなバカな子に勉強教えられない」

という点。
この白鳥沢学園は、推薦ではなく学力テストでの入学となるととてつもなく難関校。そこにまぐれで入り込んだこのなまえは、案の定入学以来ずっと学年最下位を独走している。先生たちの悩みの種。なんとか進級してこれたのは、持ち合わせの運。ここぞという時にその謎の強力な運を使って、テストで満点を取ることがあるから質が悪い。

「お願いだよ、覚くん!!私のいない遠征なんてつまんないでしょ!?」

「遠征はおバカの子守りしなくて良いのかと思うと、今から俄然楽しみだね!」

「教えてよー教えろよー覚くんてばー!」

「しつけぇなぁ……じゃーあ!一科目に付き、一キスね。」

しつこく強請るものだから、彼女が叶えられないような願いと引き換えに。


「え?良いよ!じゃあ、七キスで教えてもらえるね!」


今なんつった?
満面の笑みは、簡単な願いと引き換えに手に入れた?つか、七科目も教えなきゃなんねぇの?

「ゴメン、願い下げだわ」

「じゃあ、部活終わったら寮のホールでねー!」

手を振ってあっという間に去っていく。
部活>勉強>キス?
アイツ頭おかしいんじゃね?と思ったけど、そうかおかしいから勉強できないのか、なんて変なところで腑に落ちた。



「お待たせー」

「本当に遅っえわ!?勉強教えろつっといて、三十分も待たせるってどーいうことカナ?」

こっちは部活終わりで疲れて眠いの我慢してんのに、このバカはどういうつもりだろうか?その餅のような頬を引っ張れば、痛いと言うものもにへらと笑っている。

「えへへー!覚くんお風呂上りで髪の毛下りてるしふわふわ〜」

くしゃくしゃと人の髪を弄ぶものだから、不愉快な顔してやる。


「なまえ」


突然呼ばれる彼女の名前。首を向ければ、若利くんと隼人くん。今からランニングに行くのだろう。二人は部活の時とは違うジャージ、首にはタオル。あの練習量を熟してるのに、よくやるねぇ…なんて思いながらもたまには付き合ってあげることもあるんだから俺もヤサシイ。

「なまえ、監督が朝一番に練習のメニュー表を取りに来いと言っていた」

「うぇー……はぁーい」

「若利くん、こいつ絶対忘れるよん」

「ああ、だから俺が取りに行く」

……わ、若利くん?
監督の言うことだから一応伝えてやっただけだ、と言う。要するになまえは端から期待されてないわけですね。

「ありがとう!!若くんはやっぱり優しいね!!」

「なまえは、今から勉強か?」

「そうだよ!覚くんに教えてもらうの!」

そうか、と返しながら軽々しくなまえの頭を撫でる隼人くん。
いや、別に良いんですよ?俺のカノジョとかじゃないですし。少し感じたモヤモヤは見ないふりをしよう。そうしよう。

「天童、しっかり教えてやってくれ。こいつは可愛いしか能がないからな」

「俺もさすがにこのバカに勉強教えてやれるほど気が長くないからな」

じゃあな、と二人はこのバカと可哀想な俺を置いて玄関を抜けた。

「若くんも隼人くんも……私、愛されてるッ!!ほら、覚くん早く教えて?」

「いやお前あの二人に軽くディスられてんだからネ!?そこ理解できてる!?あと、教えてもらう人間が踏ん反り返るのおかしいから!!」

「じゃあまずはー、苦手な数学からー」

人の話をちっとも聞きやしないのはわかりきったことだけど、言葉を理解できてない段階で、人間やり直してきて欲しい。



それからテストまでの三日間。
俺たちバレー部は強豪校に付き、テスト期間とて当たり前にある部活。それが終わってご飯食べて、風呂入って、それからなまえに勉強を教えた。
いつも、ホールには寮母のおばちゃんも談話している学生も、誰もいなくなってから俺たちは解散する。片付けを始める彼女を見て、自分も広げていたジャンプを閉じた。

「ねぇ、なまえはなんで俺に勉強見てもらおうと思ったワケ?」

別に大して興味なさそうに聞いてみる。勉強だけじゃなく、なんだかんだ毎日絡まれるけど、そういう人物って自分の中では珍しかったりして。
横目でちらりと見れば、教科書を片付けながら眠そうななまえ。


「んー?わかんない。覚くんが、すきだからかなー?」


だいぶトロンとした表情で、なんの脈絡もなくそんなことを言ってのけられたんだけど。
何それ――てか、好きって……どっち?
大きな音を響かせる鼓動を感じながら、どうでも良さそうに「あっそ」と答えた。


「みんな色々言ってるけど、私は私の知ってる覚くんしか知らないしー……。みんなが、覚くんの優しいとこ知らないってことは、私にだけ優しいってことだよね?」


「ふふん、私覚くんの特別な女なの」と笑う彼女がいやに腹立たしい。驚いたのと、顔に熱が集まったのは同時。

「覚くん、好きだよー」

「な、お前、……バカだろ」

呆れてる、俺は全力で呆れてるよ?それなのに、ヘラリとまだ笑ってやがる。腹が立つ。
顔を背けて立とうとすれば、肩を押されて椅子に戻された。何事かと思えば、顔を押さえられて触れた一回目のキス。
なまえの瞳は弧を描いてゆっくりと閉じた。

「……は?!」

「前払いの一回目ねー!あ、でも好きって言ったからもう何回キスしても良いのか!
…もう一回しよ?」

強請る視線は口元がにっこりと笑いながら見下ろされている。

「お前、本当ムカつく」

ムカつくから、立ち上がり腰と後頭部を引っ張って体を密着させ深く口付けた。最後にペロリと唇を舐め上げれば、まん丸に開いた目が揺れて、今度は俺を見上げる。

「テストが終わるまではあと五回しかしないから。本気出して勉強してネ〜」

おやすみを告げて、手を振って男子部屋へ戻る階段。


「「……全然わっかんない」」


お互い顔が見えなくなって、熱い頬を押えながら漏れた呟きを聞いていない。




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