- ナノ -
01
今日、あの人は来るだろうか。

最早聞き飽きてしまったドアの開閉音が鳴ると、反射的に「いらっしゃいませこんばんわー」と間延びした声で挨拶をしながら入り口の方を見やり、入ってきたお客さんを確認する。
その度にあぁ、違った。なんて勝手に落胆している自分がいて。時間的にあの人が来るのはまだ早いって分かってるのに、逸る気持ちが抑えられない。

コンビニ店員のバイトなんて、給料は安いのに覚えることはありすぎるくらいにあるし、厄介な客の相手や常連さんの好みなども覚えなくてはいけないから大変だ。
時間帯によっては自分が今何をやっているか分からなくなるくらいに忙しくなる。

いい事といえば、家から徒歩で通える距離にある事と、新製品のお菓子はいち早くチェック出来たり、話題のスイーツとかを予め入荷時にキープしておいたり出来るくらい。

給料のために惰性的に働く、その繰り返しだったアルバイトがシフトに入る度に楽しくなってきたのは間違いなくあの人のおかげ。
接客としてだけれど学校では考えられない距離で接する事が出来るし、お釣りを渡す時に指先がほんの少し触れ合うだけでドキドキする。
他の人には当たり前にやっている事なのに、あの人相手だと特別な事のように感じてしまうのは・・・あの人の事が、好きだから。

そう自覚したのは随分と前なのだけれど、何も行動を移さないから当たり前に進展も無く、ただこうしてあの人が来店するのを今か今かと待ち侘びるだけ。

「みょうじさん、俺商品補充してくるね」
「はーい、お願いします」

忙しい時間帯を乗り越えて、客足が少し途絶え始めた21時前。
バイトの男の子がバックヤードへ向かったのと同じくして入店を知らせる音が鳴り響く。
また間延びした声を出しつつホットスナックを確認していた視線を入口へ移すと、その姿を捉えた瞬間にドクン、と心臓が大きく跳ねた。

来た・・・ずっと待っていた、あの人が。

「で?どれがいいんだよ?」

携帯を耳にあてながら店内を歩いているこの男の人・・・伊佐敷純先輩。
同じ学校の一学年上である伊佐敷先輩は野球部に所属していて、大体このくらいの時間にコンビニに来てくれる。

学校から近いこのコンビニは良く青道生が来るけれど、野球部で寮生活をしている人たちは自由時間なのかこの時間に利用する事が多い。
1人の時もあれば、2、3人で来る時もあるしもっと大勢の時もある。
逆に誰一人として来ない時だってある。
コンビニとはそういうものだし、私だって毎日シフトに入っているわけじゃないから会えるとは限らない。

でも、今日は会えた。
それだけで心が躍り出しそうなくらい気分が上がるし、今日一日の疲れが吹き飛ぶくらいに嬉しい。

ちょうどレジ前に来たお客さんに応対する時も自然と笑顔が浮かんで、もしバイト仲間が聞いたら明らかに機嫌が良いと分かる声になってしまう。

「ありがとうございました。またお越しくださいませー」

マニュアル通りの接客をこなしつつ視線だけでお客さんを見送れば、外はすっかり夜の帳が降りていて。街灯の光すらものみ込もうとする黒を見ていると、ふとあの日の事が思い浮かぶ。
外見や口調からずっと怖い人だと思い込んでいた伊佐敷先輩の印象がガラリと変わり、意識するキッカケになった日。

あの日はバイト中に気分が悪くなり早退させてもらって、歩くのも辛かったから入り口横に座り親の迎えを待っていた。
抱えた膝の上に重く感じる頭を乗せてじっとしていた時「大丈夫か?」と、頭上から掛けられた声。それに導かれるようにゆっくりと頭を持ち上げて見れば、声の主が伊佐敷先輩だった事に驚いたのを鮮明に覚えてる。
青道では有名な野球部だし、コンビニにも良く来ていたから顔と名前は知っていたけど、それだけ。なのに「具合悪いんか?」そう言って買ったばかりの炭酸ジュースをくれたのがとても嬉しかったし、優しい人なんだとそこで認識を改めた。

次にコンビニで会った時にお礼を伝えれば「おう」とぶっきらぼうな返事だったけど、その時の笑顔が忘れられなかった。なんて単純だろうか。

店員と客という枠に嵌らなかった言葉を交わしたのはその時だけ。でも、伊佐敷先輩が気になった私は野球部の試合に行き、真剣にプレーする姿や、声を上げてチームを鼓舞する先輩を見て少しずつ惹かれていったんだ。


「ハァ!?こっちじゃダメなのかよ」

いつの間にかあの日の事を真剣に回想してしまっていたらしい。
突如として聞こえてきた伊佐敷先輩の声にハッと我に返り、声のした方へ視線を移すと棚の上から頭が覗いていたのですぐに分かったが、その場所がスイーツコーナーだったので首を傾げた。

伊佐敷先輩はあの日私にくれた炭酸ジュースをいつも買っていく。以前「これ自販機に入れてくんねぇかな」と話していたのを聞いたので、きっと寮の自販機に入っていないからわざわざコンビニまで買いに来てくれるんだろう。
このままずっと自販機に入らないで欲しいと私が密かに願っているのは言うまでもない。

なのに今日はスイーツコーナーに居るから、つい凝視してしまう。いつもそこに居るのは増子先輩で、伊佐敷先輩がっていうのは本当に珍しい事だ。

「コッチでいいだろ。そう変わんねぇよ」

あ、もしかして。
ちょうどプリンが置いてある場所の前で電話相手と話しているのを聞いて、ピンと来た。
電話の相手は増子先輩で、今日は伊佐敷先輩が代わりに買いに来たんじゃないかって。
そして多分、増子先輩が伊佐敷先輩にお願いしたのは昨日テレビで放送されて話題になったプリンじゃないだろうか。

そう推測すると、ぐるりと視線で店内を一周する。お客さん1人1人を確認したけれど特に問題も無さそうだったのでそっとレジカウンターから抜け出し、ドキドキと逸る心臓を抑えながら未だ電話中の伊佐敷先輩へと近寄った。

「分かったよ!行きゃいいんだろ!?」

あと数歩、というところで小さく舌打ちをした先輩は通話を切ってデザートコーナーに背を向けてしまったものだから、慌ててその背中に向かって呼び止める。

「あの、すみません」
「あ?」
「もしかして、このプリン探してます?」

テレビ効果なのか今日このプリンの売れ行きは凄かった。この様子では他の店舗にいっても時間帯的にどこも品切れだろう。明け方の入荷まで、ここと同じようにオススメのPOPがポツリとあるだけだと思う。

「あー・・・そうだけど」
「ちょっとだけ待っててもらえますか?」

どうやら私の推測は当たっていたらしい。不思議そうに私を見てくる伊佐敷先輩を引き止めて足早にレジ横の調理場へ行くと、冷蔵庫からお目当てのものを取り出した。

実は私も昨日のテレビをみてまんまと踊らされ、今日出勤したと同時にひとつだけキープしておいたプリン。
バイト終わりの楽しみにしていたけれど、伊佐敷先輩の役に立てるなら喜んで差し出そう。
まあ、喜ぶのは増子先輩かもしれないけど。

「良かったら、どうぞ」
「いや・・・これアンタのだろ?」
「そうですけど、私はバイト権限でいつでも買えるので」

申し訳なさそうな表情を見せる先輩に差し出しても中々受け取ってもらえず、どうしようかと考えていれば視界の端にレジに並ぶお客さんが見えて、「どうぞ!」と半ば強引に渡し、慌ててカウンターへと戻った。

バーコードをスキャンしながら、ちょっと強引すぎたと反省しつつも先輩と話せた喜びをかみしめる。袋に詰めて渡したところで、カウンターに置かれたプリンと炭酸ジュースにドキリと心臓が跳ねた。

「ありがとな。今度何か礼するわ」
「ホントに、気にしないで下さい」

伊佐敷先輩とプリンというどこかアンマッチな組み合わせ。笑ってしまわないように気を付けながらスプーンを添えて袋に詰める。

伊佐敷先輩の言うお礼が何かは分からないけど、あの日以来の会話が私にとってご褒美みたいなものだから、こうして話せただけで充分だ。
きっかけを作ってくれた増子先輩に感謝しなきゃ。

「ありがとうございました」
「みょうじサン、B組・・・御幸と倉持と同じクラスだったよな?」
「え、何で名前・・・」

今日はいい日だ。なんてどこか満ち足りた気分になりながら袋を手渡して。それで終わりだと思ったら、伊佐敷先輩から自分の名前が出てきて目を見開く。
まさか、何で・・・?と私が混乱しているのが伝わったのか、伊佐敷先輩が慌てたように私の胸元を指さした。

「っ・・・あー、その、アレだ!名札!」
「あ、そっか。そうですね」

先輩の指先をたどれば、自分の名前を記した名札が胸元に付いている。
確かにこれを見れば分かるし、何度も来ている伊佐敷先輩が知っていたとしても別に不思議な事でもないか。
でも、伊佐敷先輩に名前を呼ばれる日が来るなんて思ってもいなかったから、今すぐ踊り出したいくらい嬉しくてつい口元が緩んでしまう。

「その、助かった。サンキュな!」
「はい!お役に立てて良かったです」

そう言って出て行った伊佐敷先輩の背中を見つめながら、ふと気づく。
確かに名札で名前は分かる。学校が近いから同じ青道生だと思ってもおかしくない。
けど・・・何で、私のクラスまで知っているんだろう。
もしかして・・・という淡い期待にドキドキと心臓が騒ぎだした。


by 神無様



AofD しゅわしゅわ滲む恋ゴコロ [ 01 ]