- ナノ -
能動的な誘惑をご教授ください 1
『りょーくーん!むかえにきてくだしゃーい』

電話越しの呂律の回らない声に、盛大にため息を吐いた。
なまえにこんなに飲ませたの誰?

今日は会社の飲み会で、遅くなるから先に寝てて良いよーなんて言ってたバカはどこのなまえだっただろうか?
遅くならないように帰って来いと釘を刺したのは、飲みすぎるなよの意も込めたつもりだったのに通じなかったらしい。

駅まで迎えに行けば、同僚の女の人に抱き付いて呑気に「ばいばーい」なんて言ってる姿に、呆れて自然と頭にチョップしてた。

「いたーい」

「ほら帰るよ」

呼びつけてすみません…対処できなくて…
と謝罪する、なまえの同僚の人たちに一つ頭を下げ、彼女の手を引きタクシーへ乗り込んだ。
まともに歩けもしないのを連れて徒歩で帰るには少し遠すぎる。

「えへ、りょーすけー」

普段そんな呼び方なんてしないし、こんなに甘ったれてくることもない。
どちらかと言えば俺に対しては控え目で恥ずかしがってることのほうが多いなまえ。

それがどうしたことか、勝手に人の手を掴んで絡めたり、指先を摘んだり撫でたり…。

「ねぇ、鬱陶しいんだけど」

「ん?へへ〜」

シフォンのスカートは座っているせいで太腿がちらりと顔を覗かせているし、オフショルのトップスが魅せてる鎖骨は否応なく誘っている。
タクシーの運転手も鼻の下伸ばしてチラチラこちらを気にしているのが頭痛い。
ていうか、今日そんな恰好で出てたなんて知らなかったけど?
人の気も知らないなまえは破顔して、掴んでいた手を引き寄せて頬ずりした。


「りょーすけー」


バカなの?
一気に上昇するボルテージは、もう一度深いため息という深呼吸で抑える。





マンションの前に着く前から用意していた丁度の料金を運転手へ渡して急いで降りた。
ヒールの音を不規則にたてながらなんとか俺の手に引かれるまま、エレベーターに乗り込めば、こちらの気も知らないなまえは相変わらず楽しそうに笑って手を伸ばしてきた。

「飲み過ぎ」

忠告を無視する彼女は、伸ばした両手で俺の首へ手を回すとわざとらしく見上げて笑った。

「りょーすけ、キス、して?」

こんな風に酔いに任せて誘うなまえも悪くない。
むしろこのままいただけるなら、どういじめてその顔を歪ませてやろうか愉しむところだけど。


「じゃあ、なまえからすれば?」


お酒の仮面を打ち砕く一言。

とろんとしていた目の瞳孔が開いて、首に纏っていた手がゆっくりと離れる。
お酒に任せて恍惚としていた表情は一瞬で凍りついた。
けれど、俺は離すつもりなんてなくて腰に手を回してわざと密着させた体。

「りょ、亮くん…」

今さら距離を取ろうと手を突きだしたって遅いんだけど。

「どうしたの? キス、したいんでしょ?」

しやすいようにわざわざ近づいてやってるのに、慌てて顔を背ける。

酔っていたって、なまえは結局なまえ。

タイミングよく電子音が鳴って、到着を告げる。
隙をついて一瞬で離れたなまえはふらつく足取りながらも、慌てた様子でエレベーターを降りて行った。

あ、どっちにしろ愉しいね。


覚束ない手では上手く鍵を開けれないのか、手間取っている手にそっと自分のを重ねて挿し込み回す。
そんなことにさえ、びくりと肩を揺らしているのだから可愛くてしょうがない。
さっきお前が愛おしそうに触っていた手だよ?

玄関で靴を乱暴に脱いで、入ってすぐそばの寝室に逃げ込むとすぐに寝室の扉を閉めてしまった。
鍵はないから無理すれば開かなくもないけど、ギュッと力を込めてドアノブを押えているのだから抵抗の理由ぐらい聞こう。

「ねえ、なんで逃げてんの?」

「…にげてない」

「じゃあ開けてよ」

「や、やだ」

「ふーん。わざわざ迎えに行ってやったのに?」

「…あ、りがとうございマス」

「自分がキスしてって言ったんじゃん」

「…っ!」

きっと扉の向こうで、お酒のせいでじゃなく赤面しているであろうお前の顔を見て笑いたい。


一か月。

一か月も我慢したんだ。
この状況を待ちわびていた俺が、思わず舌なめずりしたくなる気持ち、わかってないよね?


なまえは恥ずかしがって自分から誘うことをしない。
それどころか、自分からキス一つしてきたことがない。
頑張ってハグ。
付き合ってどのくらい経ってると思ってるの?
ハグでさえ俺が皿洗いして両手ふさがってる時に後ろから。
それも一瞬ですぐに逃げてしまう。
弟の春市でさえ赤面症だけどもっと積極的なんですけど。
別にどっちからしたって良いけど、彼女からしてもらうのだって最高じゃん?

そういう思惑の元、俺から率先してそういう接触行為を一か月控えてみた。
その成果はこの通り。


「お前からキスすれば良かったじゃん?」

息を飲む音だけで返ってはこない返事。

「そんなに俺のこと嫌?」

「ちがう!!」

食い気味に返ってきた言葉と、そっと開く扉。

ねぇ、たまんないんだけど。

どうしようもなく自分の感情に戸惑って、俺に触れたくて、そんな表情してんの?
涙で潤んだ目、困ったように下がった眉、朱に染まった頬。
艶やかに光るその唇は、飲み会の帰りに俺のために塗り直したんだろね。
がっつきたくなる気持ちをここで抑えなきゃ、我慢してきた意味ない。


「…亮くんのこと、どう、誘えば良いかわかんない…」



消え入りそうな声は甘美で、俺は意地悪くほくそ笑んでその手を掴んでベッドへ誘った。



Happy Birthday for My Friend!
2017/07/11



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