- ナノ -
Restyle 番外編
朝からすごく時間をかけて髪をセットした。
シャワーで濡らした髪を丁寧にブローして、まっすぐに伸ばしたかと思ったらくるりと巻く作業。
お気に入りのヘアオイルやワックスは店で買ったものじゃなかったりして。
こんなのお手の物だけど、今日だけは丁寧に念入りに髪も化粧も頑張った。

デート。

亮くんとデート。
考えるだけでウキウキと心が弾むし、会えると思うだけできゅぅっと胸の奥が甘く疼いて、だらしなく顔が緩んでしまう。

仕事が平日休みの私と違って、亮くんの通う大学はもちろん土日休み。
しかも、その土日には野球の試合だ飲み会だと予定がいつも詰まってる。
もちろん平日は勉強もあるし、バイトもしてるみたいだし、部活の練習だってある。
夜もお互い時間が重ならず、会える日さえ少ない。
なんとか繋がっていられるのは、『おはよう』と『おやすみ』のメッセージのやり取りのおかげなのかも知れない。
まるで海外にいる時と変わらないそのやり取りに感じるのは、少しの虚しさ…。



そうであるから、たまたま重なった休講と私の休みに歓喜してデートに誘ったのは私の方。
気合いを入れて三十分も早く待ち合わせ場所に着いたのは浮かれているから。
ふんわり巻いた髪が肩で揺れるし、仕事中には履かないスカートでさえ楽しそうに踊っている。
服を買いに行く暇がなくて、新しくはないけれど可愛くてお気に入りのスカート。
待ってる時間にハンドクリームを塗ってケアするけれど、結局カサカサの手には変わりない。

「なまえ、お待たせ」

「亮く…ん…」

呼ばれた方へ顔を上げると、大好きな彼が……と思ったのに視界に入るのは数人の男女と、その人たちと交わる視線。
思わず一歩下がってしまうのは仕方ないだろう。
亮くんと比べたら何倍も体格の良い男性がこちらを見降ろしている。

「やめなよ〜亮介の彼女びっくりしてるわよ」

「いや、よく見ようと思ってな!これが噂の美容師彼女!」

「小湊もちっけぇけど、彼女もまたちっけぇなぁ!」

大きな体に囲まれてじろじろ見られるのは気分が良いものではない。
彼らの発言から要するに、今私は亮くんの彼女として品定めされているということだから。


「先輩が重力に逆らって大きすぎるだけですよ?」


その彼らを押しのけて現れてくれた亮くんにようやく安堵する
先輩、というからにはきっと大学の先輩なのだろう。

「亮介、紹介してよ。自慢の彼女なんでしょ?」

女の先輩がこちらを見ながら亮くんの肩に手を置いた。
その手は艶々と潤い、綺麗なマリンブルーに貝殻をはめ込んだ指先がキラキラと本物の海のよう。

「前も言いましたよね?なまえですよ」

亮くんの言葉が耳に入らないぐらいその指先を見つめていたんだと思う。
もう一度名前を呼ばれた時には慌てて両手を後ろに隠して「こんにちは」と頭を下げた。

「へぇー…これが亮介の彼女ちゃんなんだ。よろしくね」

こちらをじっと見つめる女の先輩の目を見返すことはできない。
吸い込まれそうなほど大きな瞳、整った顔立ちはこういう出会い方でなければ素直に綺麗な美人さんだと思える。

「すごいね。海外留学までしてるんでしょ?それに二十歳すぎてないのに自分で働いて生活してるんだもん。今度、美容院行かせてよ」

きっと悪気があって言ってるわけではないのだろう。
ヒールを履いた彼女からすれば私より上の視線からポンポンと頭を撫でられれば、一気に顔が熱くなった。
恥ずかしさ、ではなくて“カッ”となったというほうが正しい。

「亮介の髪も切ったんでしょ?上手いよねー」

「ちょっとやめてくださいよ。せっかくセットしてきたんだから…」

「調子のって〜」

ケラケラと笑う先輩と別にそれを払いのけるわけでもない亮くんを私はただどうしようもなく愛想笑いを浮かべて見ていた。
彼のピンクの独特の髪に海色の指先が絡み合うのを何とも言えない気持ちで。



「ほら、デートなのにモタモタ彼女待たせるとか男らしくないぞ!」

「先輩たちが邪魔してるって気付かないんですか?」

「可愛くないやつ!」

行くぞとリーダー的な人に促されて先輩の集団は亮くんに手を振ってようやく去って行った。
むしゃくしゃして吐きそうになったため息をぐっと飲み込む。


「ねぇ、変になってない?」


ぐしゃぐしゃになった髪を指先で整えている亮くんを見て、思わず手を出しかけて止める。

「大丈夫だよ、変じゃない」

「そう?少し伸びてきたからまた切ってよ」

「…う、ん」

混ざり合うピンクと海色を思い出してしまい、はっきりした返事は返せない。
でも、亮くんに突っ込まれたくないから「行こ!」と促せば、気付かれることなく歩き出せたと思う。




それでもやっぱり亮くんは目敏い。

「なに?どうしたの?」

スクランブル交差点で信号待ちの時、ついに気付かれる。
それも仕方のないことで、独り先ほどの光景を思い悶々としていれば、口数も減るわけで。
歩行者信号が青になったことを知らせるチャイム。

「なんでも、ないよ」

笑いを取り繕うのは、職業柄難しいことではない。
歩き出した人混みに押されるように私たちも歩きだす。
人混みの中はぐれてしまいそうで思わず彼へ向けて手を伸ばしかけるけれど視界に映った自分の手を見て躊躇った。

水にさえ負けてカサカサになっている手。
カラーリングやパーマ液で汚れが落ちなくなった指先は、亮くんの“先輩”のように可愛くデコレーションされていない。

亮くんと繋ぐには、この手は汚いね…。

せっかくのデートなのに変なこと気にして少しずつ開いていく距離。
私がもたもたしている隙に二人の間を行き交う人がまるで壁のようで、亮くんを見失いかける。

「…っりょ、くん」

駆け寄ろうと思ってももうその背中は人波に消えて見えなくなってしまった。
信号は青点滅に変わって焦る気持ちと変な嫉妬心から足が動かない。
あれ…どっちに進めばいいんだっけ?
方向さえ見失いかけるほど行き交う人の波に酔う。




「なにやってんの」




突然掴まれた手。
驚いて肩を揺らした。
不機嫌そうな亮くんに手を捕まれたかと思えば、渡ってきたのとは反対側まで速足で連れて来られた。
それでも手は放されなくて、私の方からそっと力を抜くのに逆に強く握り返されてしまう。
温かい手に、きっとこんなバカみたいなことを思っていたのは私だけなんだと思い知らされる。

「先輩を突然連れてきたのは悪かったけど…泣くほど嫌だった?」

「ちが、うの…ちょっと目にゴミが入って…」

「苦しい言い訳だね」

彼の方を見ずに、大丈夫だからともう一度言って、手を離そうとするのに引っ張られて足止めを食らう。
きっと言うまで梃子でも動かないのは亮くんの性分だ。


「亮くんの世界は…いっぱい輝いてる…!毎日が楽しそうで、キラキラしてて…」


仕事に追われて時間もできない自分を磨くこともできない、こんな私なんかじゃ釣り合わないんだって、先ほどの先輩にはっきりと見せつけられた気がした。
社会人にはいつだってなれる。
大学、野球、バイト、同世代の友達。
進学しなかった私には眩しくて想像さえできない世界に亮くんは生きている。

私の手、こんなに汚くて…繋ぎたくないでしょ?
それだけは言えずに飲み込んだ。

「ふーん…じゃあお前といる時間の俺は輝いてないわけ?次からはLED電球でもぶら下げてこようか?」

自分でもバカらしいと思っていても、亮くんと一緒に居られて自分を着飾る余裕がある人たちを“羨ましい”と思ってしまうんだ。
飄々としている亮くんだけど、その声はトーンが低く明らかに怒っているとわかるし、ぎゅっときつく頬を抓られる。

「ひ、ひょ、くん…!?」

「次そんなこと言ったら許さないから。お前との時間もちゃんと輝いてるし、俺からしたら………やっぱなんでもない」

抓られた頬はわざとぴっと引っ張って離されて痛い。
化粧が剥げたらどうするんだ…。

「…自分だけ言わないのずるい」

いっそう不機嫌そうに顰めた顔をしている亮くんに、こっちだって負けじと顔を顰めた。
怖いけど。
不安でドキドキとする胸の内に負けそうになるけれど、ここで怯んでは彼の本音が聞けない。
動かない私に観念したのか、盛大に息を吐いて口を開いた。




「はぁ……そんなこと言ったら、先に働いてるのずるい。お前だけ大人になったみたいで。…社会人女に大学生男は魅力ないだろ?」




「え?」

「なまえは知らないだろうけど、俺だってお前に釣り合わないんじゃないかって不安になる時ぐらいあるよ」

うそだ、そんなこと、だって…
信じられない。

「バイト始めたのも、社会人だからって奢りたがるなまえと少しでも対等になりたいからだし。服装だってこれでも気遣ってるんだけど?お前にはわかんない?」

確かに奢ると言ったら絶対嫌な顔するし、むしろ勝手にお会計済ませて私が奢られることだってある。
コンビニに立ち寄った時に、彼が珍しくファッション雑誌を読んでることも見かけていた。
目の前の亮くんは困ったように笑っていて、「しかたないやつ」なんて言いながら、いつの間にかこぼれていた私の涙をぬぐってくれる。

「こんな恥ずかしいこと言わせて、満足してくれた?」

ぎゅっと握られる手。
絡められる指先は二人とも熱を持っていた。
私の心はこんなことで満たされて、燻っていた嫉妬心は亮くんの呆れた溜息で吹き飛んでしまった。

「うん、ありがとう」

「じゃあ、お詫びに今日はなまえの家で髪切ってよ」

「本日はどのようにいたしましょうか」

「シャンプーからして」

その可愛いおねだりはお安い御用すぎて。
嬉しそうに少し伸びた髪の毛先を指先に絡めている様子に、ふふっと笑う。
繋いでいた手も自分から握り返すことができた。

「かしこまりました!」











「珍しく買い物行きたいなんて、欲しいものでもあったの?」

「うーん。ブランドもののバックが…」

「は?!……買ってやれないじゃん」

「亮くんに買ってって言うわけないでしょ?自分で買うよ」

「逞しいねぇ社会人女は。稼げるようになったら、飽きるほど買ってやるし」

変なところ強がったり見栄を張っちゃう亮くんが、四年も待たず稼いだバイト代で買ってくれた有名ブランドのクラッチバック。

私は結婚するまでそれを大事に使った。


2018/4/6 小湊亮介B.D.


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