- ナノ -
02
普段なら六時半に起きる。
朝起きてご飯食べて歯磨きして多少の身だしなみを整えれば良いんだから。
でも、今朝は五時に起きた。
昨夜だって、お風呂上がりに化粧水と乳液、髪にはヘアオイルのコンボ技を決めてやれば、今朝は顔も髪もトゥルトゥル。

…これは、確かに少しご機嫌になれるかも。

ただここからは苦戦。
昨日アキちゃんはなんと言っていた??
朝から洗顔をして化粧水乳液を丁寧に塗り込んで、薄く伸ばしたファンデーション。
肌の色を整えるだけだから、厚く塗ってはいけません。
ペンシルタイプのアイライナーで睫毛と睫毛の間をなぞる。
これがまた難しい…
目に入ったらどうしようと思うと怖くて手が震える。
さらに苦手なのはビューラー…

『可愛いは一日にしてならず』

それはよく言ったものだ。
練習あるのみ、と昨日アキちゃんは言っていたけれどすぐにでも挫折してしまいそうです。



「…おはよ」

決して上手くできたとは言えない出来栄え。
ガタガタのアイライン、だまになったマスカラ、髪なんて結局いつも通り梳いただけ。

「ブッ…ひゃひゃひゃ!!お前、それ、下手すぎんだろ!」

いつもアキちゃんの方が先にいるのに、なんで今日に限って麻生が先にきているんだ…。
そんな笑わなくても良いじゃないか。
言われなくてもわかっているよ。
悔しい。

「おはよ〜なになに〜?」

アキちゃんが教室に入って来た時には、麻生に散々笑われた後だった。
私の顔を一目見るなり、全てを納得したアキちゃん。

「よく頑張ったね〜ちょっと直してあげる〜」

「アキ、お前、なまえに何を教えたんだよ!あー腹痛えー」

「麻生〜?女の子の努力を笑うやつは〜地獄に堕ちろ〜」

優しい。
もう私アキちゃんと付き合いたい。

「アキちゃん私の彼女になってよ」

「バーカ、お前の彼女にするぐらいなら、俺の彼女にしてぇっての。見せびらかして歩きてぇわ」

「麻生〜!!」

低く唸ったアキちゃんの声。
だよね。
誰だって、麻生だって、アキちゃんを彼女に、したいよね…
なんで私こんな気持ちになってんだ?
胸がシクシクと痛むのはなんでだ?
麻生をボカスカ殴ってるアキちゃん。
そんな二人はいつもの光景なのに今は見ているだけで、なんでこんなにも締め付けられる思いをしなきゃならないんだ?

「あはは…顔、洗ってくるわ…。やっぱ化粧とか向いてないんだよね」


「なまえ!」

席を立った私を追いかけてくれるのはやっぱりアキちゃん。
でも、今は、追いかけられたくなかったかな。

「あんなこと言われたら悔しいよね〜」

「…べつに?むしろ早くこんなことやめちゃいたいよ」

「ど〜してそんな素直になれないかな〜?」

先を行っていた私の手を無理やり掴んで、トイレに引きずり込まれる。
鏡の前に立たされれば嫌でも見える自分の本心。
涙で滲んだ目尻。
頬を伝った涙の跡が否応なくはっきりと見えた。

「大丈夫〜いっぱい練習しよ〜上手になるまで付き合うから〜」

ホント、私なんで男に生まれなかったんだろ。
そしたらアキちゃんのこと好きになってたのにな…。



それから毎日、バカみたいに練習した。
その成果、少しすれば意外と慣れは早くきた。
スキンケアもヘアケアも怠ることなくきちんと頑張っている。
アイラインを引くのも、ビューラーで瞼を挟まないようにすることも。
まだアキちゃんのようにはいかないけれど、それでも少しは近づけたんじゃないだろうか。

「おはよ!」

「…はよ」

それなのに、麻生の反応は日増しに酷くなっていくような気がする。

「お前まだ飽きてねーのかよ?どうせ続かねーからそろそろやめろよ」

なんて言われる始末。
なんでそんな嫌そうな顔してそんなこと言うの?

「…もしかして変?」

「ああ、変。似合わねー」

「もっとオブラートに包んでくれません!?頑張るもん!!」

麻生が言い返してこようとしてきたところで、アキちゃんがやってきた。

「大丈夫だよ。なまえ、ちゃんと可愛くなってるよ〜」

話を聞いていたようですかさずフォローをくれる。
女の子同士では確かに可愛いと言われるようになった。
つまらなそうにそっぽを向く麻生はやっぱり変だと思っているのだろうか…?
何が麻生の好みと合わないのだろう?



化粧の教育と同時に、ヘアセットまで丁寧にご指導くださるアキちゃんは本当に優しいし神様。
ポニーテールやお団子、編み込み、これもまた毎日少しずつ練習した。
暑くなりはじめる季節。
髪はハーフアップよりお団子やポニーテールにしていた方が涼しくて快適。
涼しくなる首筋にまたテンションが上がる。

“可愛い”を楽しむってこういうことなのかな。

一つ折ったスカートはいつもよりヒラヒラと翻るような気がする。
アキちゃんとお揃いで買ったボディークリームが花の良い匂い。
短めに切った前髪が、視界を明るくする。

「…お前、最近やけに楽しそうだな」

「うん。可愛いって楽しいね!麻生の言った通りだよ!」

「そーかよ」

相変わらず不機嫌そうな顔する麻生は、最近めっきり話しかけてくれる回数が減った。
賑わう教室のなか、私たちだけがなぜか重たい空気。

アキちゃんを可愛いというのだから、こういうギャルっぽいのが好きだと思っていたのだけど?
彼からは一度も“可愛い”はもらえない。
他の男子たちが「みょうじ、最近可愛くなったな」って話していたのをちらっと耳にしたことぐらいはある。
でも、そんな飛び上るほど嬉しいわけじゃなくて。


「…麻生に言って欲しいんだけどなー」


こんなに固執している理由も、そろそろ自分でも気づいている。
認めたくはないけれど。
それなのに鈍感なのか、本当に私に興味がないのか彼は

「うっせーブス!ちょっとやそっと頑張ったくらいで、良い気になってんじゃ……ッ!」

ひどい言葉を並べた。
後者だったんだろうね。

「…そんなに言わなくても、良いじゃん…」

化粧は女の鎧。
涙は女の武器だというけれど、それは化粧を落とした時に使うものだとアキちゃんは言っていた。

そんな難しいことは私にはまだわからないけど、上手にできた化粧が崩れるから絶対泣かないようにしていたのに。
こぼれてしまう涙を戻す方法までは、アキちゃん教えてくれていません。


「一言、可愛いって…麻生に、言われたかった、だけなのに…」


教室の喧騒に、私の声は消え入りそう。

噛み締めた唇が痛いけれど、見上げ麻生がひどく動揺していることに、驚いた。



AofD 恋色メイク [ 02 ]