- ナノ -
救済と寿司
タオルを買いました。
前回の件より、血塗れのタオルを返すわけにはいかなくて、でも洗濯して取ってあるのは内緒。変態とか友人に言われた言葉は軽やかにスルー。
さすがに返そうと思ったけど、染みた血が落ちなかったのだ。こんなの返したところで捨てられてしまうだけでしょう?それなら私が大事に保管しておくほうがタオルの心も傷つかない!

バレーのことは詳しくないけど、バレーでよくみるブランドのやつを選ぶ。色味に悩んで三時間もお店の中をウロウロしてました。見兼ねた店員さんに

「何かお探しですか」

「――ル、です」

「え?ごめんなさいもう一度」

「……っ結構です!!」

親切にしてくれる人に、なんて態度取るんだよ、私。もう二度とあのスポーツ用品店にはいけないじゃないか。
結局悩んでた二色を一枚ずつ買った。スポーツタオルって……お高いよね。財布は寂しくなったけど、赤葦くんのためならいっかと思えるぐらいに心は弾んだ。
店員さんごめんなさい。内心土下座。



朝から気合いを入れて包みを握りしめてやってきたのに、そんな日に限って、赤葦くんとは話せない。いつも和気あいあい話せてるわけではないが、赤葦くんを見ていたら、ふと会話が始まる。それなのに今日はどうしたことか、朝の挨拶以降、声さえ聞いてない。
もしかしてタオルを返してないから、やっぱり怒ってらっしゃる?!すぐにお礼も言えなかったし……やっぱり今すぐ渡そう!!
そう意気込めば、心臓が大太鼓のように鼓動を叩き始めてお祭り騒ぎ。

…………ダメだ落ち着こう。
このままじゃ、悪の女王様のごとく、「ほら」とか投げ渡しそうだ。

考え込んでるうちに、話す機会はこなかった。移動もそそくさと行っちゃうし、昼休みは行方不明だし、気が付けば放課後で部活に行ってしまったし……。
あれ、もしかして、なんか今日、機嫌悪いのかな?
不安が全てを支配し、“玉砕”と“嫌われ”がズシリと重くのしかかった。
やっぱりか……お礼も言えない私に愛想を尽かしたに違いない!もともとあったかも謎だけど。
どうして自分の思う通りに言葉や態度が表せないのだろうか。こんな自分がすごく嫌だと嘆いても、性分はそう簡単には変わらない。

……諦めよう。

何度そう決心しても赤葦くんからもらった優しい言葉たちを思い出せば心が揺さぶられる。赤葦くんのふと笑った笑顔を思い出して、胸が苦しくなってしまう。


好きは、寿司と発音が似てる。
好きは、ラヴより言いやすい。
好きは、嫌いより嬉しい、はず。
好きは、たった二文字だ。

グッと拳を握って、二枚のタオルが入った袋を抱えて体育館へ走り出した。




と言っても今時間は部活中だろうから、こっそり裏口からステージの暗幕の裾に隠れるようにして中を見やった。ギャラリー席は悪目立ちしてしまう。出入口付近は部活中の人たちも出入りが激しい。
こっそりまた覗くと、練習に励むバレー部の人たち。セッターである赤葦くんから上がったボールを誰かが打って、相手コートに落ちると赤葦くんまで小さくガッツポーズをした。

「かっこいい」

なぜあのようにかっこいいのでしょうか?
普段とても無気力にボヤッとしてる(悪口じゃないよ)彼が、機敏な動きでボールをさばき、決まればその感情をあらわにしているなんて、なんて……ギャップ萌え!!
最初のうちはこっそりがっつり見て、心の赤葦くんフォルダーに情景を保存していたのだけど、長い時間興奮は続かずに気が付けば暗幕に凭れて眠ってしまっていた。


ダンッ!!
何かが強く打つ音でビックリして飛び上がった。いけない私ったら寝てい……た!
驚きキョロキョロと辺りを見回す私の足元に転がってくるボール。誰かがボールを取りに来たらマズいと慌てて身を縮めて暗幕の中に身を隠した。

「みょうじ」

「ヒィッ!!?」

この声は赤葦くんですね……ここに私がいることをご存知なんです、ね。
恐る恐る暗幕から体育館側を覗くと、赤葦くんが打ったボールがビュンッと私を横切って壁に当たり、また私の足元に転がってくる。
あ、赤葦くんが、お怒りだッ!!!
落雷のような音で鳴る心臓。逃げ出そうと裏口へ向けて一歩足を踏み出す。

「なにしてんの?」

「なななにも、してない、デス!!」

「隠れてたみたいだけど、誰かに用だった?もう部活終わったけど」

心なしか声のトーンが低くて、怖さとそれさえもかっこいいとか訳のわからないことを脳内が暴走する。私がこんなところで寝こけていて迷惑をかけてしまったのだろうか?

「この体育館で待ってるってことは、先輩に用だった?」

確かにこの体育館で練習している人は主に三年生と下級生は赤葦くんがいるぐらいだった。
彼は何を言っているんだろう?用があるのは、赤葦くん、なのに。

「や、あの…」

ボールはもう転がって来ない。

「朝から大事に持ってるその包みは先輩にあげるものだった?……もしかして、木兎さん?それならまだ更衣室にいると思うけど」

呼んで来ようか?と言う彼に、何がどうなってそう言ってるのかわかりかねて、包みに視線が落ちる。あ、大変だ皺が寄ってる。一生懸命手で皺を伸ばしてみるが付いたものは取れそうもない。
暗幕越しの背中に感じる彼の存在がため息を小さく吐いたのがわかる。
何か、どこか誤解があるが、今チャンスではないだろうか?赤葦くん以外この場にいないし、今しかこの滾る思いを伝えるチャンスはない。
すきすきすきすしすきすき…………ちがう、寿司が好きなんじゃない。

「はぁ……木兎さんなら、また改めて呼んであげる」

「ぼくとさん?」

誰のことだろうか。赤葦くんが「さん」と呼んでいるから三年の先輩だろうか。それとも監督とかコーチ?
バレー部の試合は何度か見たことがあるが、赤葦くんしか目に入らなくて実は他の人のことはよくわからないのが裏目に出たか…。きちんと勉強しよう。


「てっきり、みょうじは俺が好きなのかと思ってた」


突然の言葉にガサッと大きな音を立てて、足元へ包みを落とす。
今なんて?

「みょうじって、俺のことよく見てたから」

体中をパトカーと消防車と救急車が大きなサイレンを鳴らして走り回ってると思う。

「気がついたら、みょうじのこと気になってた。普段大人しいのに、この間の体育のテニスの時すごく輝いてて、楽しそうに笑ってる姿に……惹かれたんだけど」

ペラリと暗幕を捲られれば、真っ赤な顔をした私と薄く笑ってる赤葦くんがご対面。
馬鹿みたいに顔が熱い。心臓も壊れそう。頭はとっくに壊れてる。

「俺、片思い?」

首を傾げて下から見上げる彼は、暗幕を捲った時点でその答えをわかっている。だから、これは“わざと”の問いかけ。

「ひ、ひきょうだよ!」

これ以上、顔を見られたくなくて、地下に潜り込みたくて、持っていた包みを彼に無理矢理押し付けた。足元のボールも拾って、投げつける。女王様の「ほら」と同じくらい酷い渡し方かもしれない。
こうなりゃもう言うしかない。
寿司と間違えないように、何度も心の中で反復する。


「私、あ、赤葦くんがっす、……好き、なんです……!」


「あ、うん、だよね」

きれいにボールをかわしてクスクス笑う彼が、なんだか腹立たしい。私の一生に二度は来ないで欲しい頑張りどころだったのに!玉砕覚悟だったのに!なんてあっさりした返事なんだ……!
でも、あんな優しい笑顔見たことなくて、悔しいけど好き。

「みょうじって口下手だけど、視線の主張が激しいというか。俺のこと見てる時だけ表情が違うから、わかりやすかった」

「う……」

「悪い意味じゃなくて、可愛いなって」

膝から力が抜けて、ペタリと床に座り込む。呻き声を上げ、顔を押えて蹲った。
絶え間なく早い鼓動。赤葦くんの言葉と自分の述べた言葉が、体中に浸透してきて、また恥ずかしくなる。

「それ、朝から待ってたのに渡してくれないから、本当は俺経由でバレー部の誰かを好きなのかとも思った。もしそうなら俺の盛大な勘違いだし」

「ち、違うよ!渡すタイミングが……今日、赤葦くん、いつもと違ったから」

「どうせなら、みょうじから話しかけて欲しくて」

呼吸すらままならない。思い起こせば、私は見ていただけで、話しかけてくれていたのはいつも赤葦くん。申し訳ない。

「あ、明日は絶対私から、話しかける、ようにする!……頑張らせて、ください!」


「そ?じゃあ、待ってるよ、なまえ」


勢いよく顔を上げれば、また微笑んでいる彼がいた。あ、天使だ……なんて言っている場合ではない。呼ばれたのは苗字ではなく、名前。他の女子をそう呼んでいるところは聞いたことがない。
私の名前って幸福の福音かなにかの音でできてた?

「これからよろしく。彼女さん」

赤葦くんってもしかして……天使であり、破壊神?
顔中頭中に熱で噴火している私の世界はある意味、崩壊したかのようだった。

神様、身が持たないので、次回予告をしてください。



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