友達拒否
彼という存在を今まで意識したことはなかった。
誰も寄せ付けない空気があるし、一人でも問題なさそうだったから。
野球部で、キャッチャーで、割と頭が良くて、同じくクラスメイトの倉持洋一とだけは仲が良い。
あと顔立ちが整ってる。
柔らかそうな髪。
たくましい体つきに、身長はそこそこ高い。
授業は真面目に聞いてるし、先生に当てられれば必要最低限の声量で答えてる。
他の生徒が話しかけても、目も合わさず曖昧に笑って誤魔化す。
休み時間は、倉持くんが来なければスコアブックと睨めっこ。
こういうとこが人を寄せ付けないんだろうね。
私の前の席に座る、御幸一也という人間についての考察。
「御幸くん」
「…!…な、に?」
声をかけられた事に驚きつつ、控えめにこちらを振り向いた。
「ごめん、黒板見えない」
今しがた終わった授業。
ノートをとりたいのに、私が顔を上げるのと同時に彼も頭を上げるものだから、そのヒヨヒヨ跳ねた髪の毛も邪魔してよく見えない。
だから5分で良いから頭を少し下げて欲しかった。
今朝変わったばかりの席はなんとも良好なのかなんなのか。
「あ…ごめん。席変わろうか?」
「いや、いい。御幸くん大きいから最適な隠れみのになるの」
少しキョトンとして、吹き出すように笑った。
「それ、俺のこと利用して授業中寝ようとしてる?」
「あと早弁もできそう」
「見つからないようにね」
トイレに行くと言って席を立ってくれた。
…黒板もう消されてるんですけど。
少しして戻ってきた御幸くんに、ノート見せてと強請ったのは未だかつて私ぐらいのことだろう。
――
「御幸くん」
「……」
「み!ゆ!き!く!ん!」
「あ、ごめん。ウザくて無視してた」
少しずつ。
毎日少しずつ話しかけてたら、意外といい反応を返してくれることを知った。
最初はぎこちないやりとりだったのに、半月経った今ではこの通り。
「暇だから相手して」
「みょうじサン、友だちたくさんいるんだからそっちに相手してもらえば?俺忙しいし」
「は?スコアブックがお友だちの可哀想な御幸くんはどこが忙しいの?」
「はー…俺、みょうじサンとは一生友だちになれそうにないわー」
前を向き直った彼に、ぶーぶー文句を垂れながら椅子を蹴っていたら、もう一度振り向きドンッと鈍い音を立てて机を思い切り叩かれた。
「みょうじサン、うるせーよ?」
「いやん、怖い」
みんなが何事かって見てますよ?
その真っ黒な笑顔がほんと怖い。
御幸くんまた友だち減ったね。
あ、元からいないか。
「可哀想な御幸くん。私だけは一生友だちでいてあげるネ」
「はっはっは、キッショ〜」
前を向いたままそう言う彼の椅子をもう一度蹴った。
――
「何しょげてんの?」
「うるさい関係ないこういう時だけ絡んでこないで」
一部始終聞いてたくせに。
人気の少ない校舎裏の隅っこで膝を抱えてる私をわざわざ笑いに来なくても良いわ。
「お前の友達って結構キツいこと言うね。女同士の修羅場初めてみたわ」
言いがかりにも程がある仲の良い友人との喧嘩。
たまたまちょっと友達の好きな人とぶつかって、ごめんねっていうやり取りをしただけだったのに、彼女の中で何か引っかかったらしい。
教室に戻った途端、すごい剣幕で罵られた。
すっごく仲良しで、大切な友だちなのに。
悪気があったわけじゃないにしても、一言、ごめんって言えば良かった。
「…仲直りできなかったらどうしよ」
グズグズ泣きながら、こんなの御幸くんに言ってもしかたないのに。
「俺が友だちでいてやるよ」
はっはっは、なんてドヤ顔の高笑い、ウザいです。
でも。
その頭に乗っけてくれた手と、貸してくれる肩は今だけ感謝してる。
嗚咽を我慢する私の背中をポンポンしてくれてありがとう。
でも、しれっと手慣れた感じでブラのホックを外したことは許さない。
「クソ変態メガネ」
「慰めたし、サービスしてくれても良いだろ?」
「弱味につけ込んでんじゃないよ」
「案外簡単に外れるもんだね。気をつけろよ?」
「お前にな」
御幸、みょうじと呼び合うようになった友だち記念日。
――
その後、友達とは無事に仲直りできた。
彼女の方から言いがかりだったねごめん、と謝罪をもらい事は丸く収まった。
だけど
「みゆ…「御幸くーん」」
声をかけようと思えば違うところからかかる声。
「何?」
振り向きかけた御幸は胡散臭い笑顔を、呼んでる女子のほうへ向けた。
胡散臭すぎて思わず目を疑う。
ちょっと私にもたまにはそんな笑顔向けて欲しいんですけど。
胡散臭くても、その爽やかイケメンに見える笑顔は少し羨ましく思っちゃう。
御幸を取り巻く環境は少しずつ変わった。
野球部は目覚ましい活躍を魅せ、クラスでも注目を浴びるようになった御幸一也。
話しかけたくても話しかける話題もなければ、話しかける隙もない。
男子だけじゃなく、女子に囲まれ始めたから。
野球が上手くて、イケメンで、初対面優しい御幸くんだからそりゃモテますわ。
それ取り繕ってる優しさですよ女子のみなさーん!
また女子の面倒ごとに巻き込まれたくない私は、休憩時間になるとそそくさと退散。
話しかける努力をすることさえやめてしまった。
会話することのなくなってしまった日々は、まるで色褪せたかのようにさえ感じる。
倉持くんや私以外に友だちできて良かったね。
…もう、私は友だち、でもないかな?
たくさんいる女子の友だちの一人かそれ以下。
友達だと思っていたはずの御幸は、私の中で違う立ち位置にいた。
好き。
気付いた時には、彼を遠巻きにみてることしかできなかった。
話しかけ方も忘れちゃったよ。
「ねぇ、なんで最近俺のこと避けてんの?」
私の隠れ家にしていた校舎裏の隅っこへ、図々しくノコノコやってくる薄笑いメガネはあんたぐらいだ。
「み、ゆきっ…」
「うわ。また泣いてる」
ハグしてあげようか、なんてニヤニヤ笑いながら両手広げてくるウザさは全然変わってない。
一ヶ月ぐらいまともに口きいてなかったのによくその距離で詰めれるね?
「ほっといて」
乱暴に涙を拭い、教室に戻ろうと足を出しかけたその時、はぁ、と深いため息が聞こえたのも束の間。
ダンッと御幸の両手が、私が背を預けていた壁を押さえた。
逃げ場を奪うように。
動きも涙も呼吸も即座に止まった。
「一生友だちでいてくれるつったのそっちじゃなかった?」
「…え、キショいとか言われたし」
「でも、俺友だちでいてやるって言わなかった?」
肩に御幸の顎が乗ったんだと思う。
髪の毛が首筋に当たってこそばゆい。
「友だちだろ?話聞くから、避けてる理由と泣いてる理由教えてくんない?」
切羽詰った声が耳のすぐ近くで聞こえる。
「お前に避けられるの、結構心が傷つくんだけど」
驚いて顔を上げれば、向き合う形。
しかも思ったより、真剣な御幸の顔が近い。
御幸と壁に挟まれ両サイドは腕で塞がれていて、逃げ場なんてない。
大きく体中で鳴り響く音は空気を伝って、相手とのこの短い距離に届いてしまいそう。
「もしみょうじの答えが最悪だったとしたら、このまま一生友だちでいて欲しいんだけどさ……俺、お前のこと、好きなんだわ」
だからほっとけねーよ?と決まり悪そうに苦笑いを浮かべた御幸。
「話しかけたくてもお前最近すぐどっか行くし、ノート見せろとも言わなくなったし。すっげぇ寂しかったんだけど」
今度こそ呼吸ができない。
ねえ、もしかして御幸もほんとはずっと私と話しかけようとしてくれてたの?
すれ違っていた日々を思えば込み上げる切なさ。
「…っ、私も!私も好きだ、バカ!!」
「バカって言う?普通、この状況で」
距離をゼロに詰めたのは御幸で、背中に回された手から感じる圧力。
思い切り、力の限り抱きしめるものだから苦しいし痛い。
どうにか腕を御幸の背中に回せば、少しだけ緩まった力。
「…やっば」
「なにが?」
「すげぇ嬉しい」
声音だけでわかる、きっと胡散臭いあの笑顔じゃなくて本当に笑ってくれてるんだろうな。
なんて思った矢先、その笑顔はいたずらっぽく口を歪めたのも一瞬。
強めに押し付けられた唇。
離れてもなお意地悪げに笑ってるのに、顔が少し赤い。
「バカ!バカ!変態!!照れ屋!!」
「うるせー」
自分だって赤くなってるのわかってるけど、見られたくなくて、御幸の胸板に顔を埋めた。
今度は優しく抱きしめ返される。
きっと顔を上げたら、もう一度。
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