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年下彼氏を不安にさせ時は
「は?!告白された!?」

人が行き交う廊下で一際大きく聞こえたのは青道のスピッツと名高い人の声。
少し離れたとこで俺の足が止まった。
思わず廊下の角に身を潜める。
告白されたんだと言ったのは俺の彼女、みょうじなまえ。

「誰に?!」

「隣のクラスの…最近よく話しかけてくる…」

「……田中か…!?」

少し考えたあと純さんが発した人の名前は知り合いとして覚えはない。
まあ、隣のクラスって言ってるぐらいだから3年だろうし、野球部じゃないなら俺が知るわけない。
でも“よく話しかけてくる”と言った割には、彼女の口からそいつの名前を聞いたことがない。
彼氏の俺が。

「断ったんだろ?」

「あたりまえじゃない!けど…」

「御幸か?」

断った、という事実にはもちろん安堵した。

「うん、言った方が良いかな?」

「いや、言わない方が…」

純さんには相談しといて、彼氏の俺に言わないっていう選択肢、なに?
沸々と湧き上がる感情は決していいものではなく、これ以上聞いていられるわけもなかった。


「なまえせーんぱい」


「み、御幸…!どーしたの?」

なまえは一瞬純さんと目配せをし、動揺を押し込み何事もなかったように笑顔を張り付けた。
どーしたのじゃない。
お昼一緒にご飯食べようって言って呼んだのそっちだから。
なまえが隠すなら俺も隠す。

「いや、別に?…はい、借りてた辞書」

「御幸ィ!ラブラブ見せつけてんじゃねぇぞ!」

「はっはっは、うらやましいですか?まぁでも辞書返しに来ただけなんで」

調子に乗るなと怒られる。
俺が渡した辞書を手に取りなまえはようやく約束を思い出したのか、サッと血の気の引いた顔で謝罪を口にした。

「もう良いよ。俺戻るわ」

良いわけあるかバカ。
笑顔取り繕ってんの気付いてんの?


もと来た道を引き返した。
自信、なくすわー…。
好きって告白してきたのそっちじゃん。
もう飽きたとか、早すぎだろ。
部活忙しくて構ってないのも事実。
でもそれは、あっちだって受験勉強しなきゃだから一緒だろ?
メールのやり取りだって俺は得意じゃない。
でもだからって電話してきてくれるわけでもない。
俺もしないけど。

知らね。
考えないようにしよ。
そう思うのに、教室から見える窓の向こうでなまえが純さんや亮介さんたちと楽しそうに笑いながら移動教室へ向かっているのが見えて、一瞬苛立ちでかっとなったものの、すぐに冷えてやるせなさに変わった。
自分の中にあるかっこわるい感情とは向き合えなくて、俺はその日からなまえを避けた。



―――

「…御幸の様子が変」

気付いたのは数日前。
今時の高校生にあるまじき、まめに連絡を取り合うほうじゃない私たち。
でも、それでもたまには『おはよ』とか『おやすみ』とか『勝った』とか連絡くれる御幸だったのに。
一方的になり過ぎたくない私はいつだって控えめに返事をかえしていたし、三日、二日、二日、三日、一日、二日…という自分の中で決めた控えめに感じるだろうペースで御幸にメールを送っていた。
その返事さえ来ない。
会いに行けば、すれ違うどころか「用があるから」と避けられる始末。

「どうしたら…良いですか、純先生」

「知るかんなもん!」

その読んでる少女マンガに答え載ってないですか?
できれば適当にあしらわないで、真剣に聞いていただきたいんですが。
漫画>私、の状況で聞いてもらえると思った私が間違いだったし、結局のとこ御幸と話すしかないのはわかりきっている。

「御幸と話してくる」

「おーそーしろ。どうせくだんねーことで落ち込んでるだけだ」

なんだそれ。
見透かしたような言い方。
大したことじゃないなら良いんだけど…。
抱え込みやすい御幸のことだ、私なんかじゃ役に立たないかもだけど何もしないよりは声ぐらいかけても良いよね?
こういう時、いてもたってもいられない私は、昼休みや放課後なんて待てずわずかしかない休み時間に二年の教室へ走った。

「御幸!!」

「…!…なに?」

一瞬驚いたようだったけど、すぐに視線を手元のスコアブックに戻してしまった。
私は彼の腕を引っ張った。

「話が、したい」

「は?もう授業始まるけど?」

「良いから。お願い!」

ただならない雰囲気に周りの視線が突き刺さる。
それに耐えられなかったのは御幸のほう。
無言で立ち上がった彼の後ろを黙って付いて行った。


着いたのは廊下を最奥まで進んだ先の使用されていない特別教室。
机の隅に腰掛けて、で?、と要件を促される。
その視線は、おそらく最愛の彼女を見る視線ではないような気がします。

「その、最近、御幸が元気ないかなー…と思ったから」

「別に」

ほら、それですよ。
二人でいてもそんな笑うほうじゃなかったけど、そこまで冷たい目はしていなかった。

「…部活の、こと?良かったら、話、聞きたいなー?」

それでも負けないようにその顔を覗き込む。

「なまえ先輩に相談することなんてありませんけど?」

…っぐ、ほんと可愛くない。
なんだよ。
いつも呼び捨てで呼ぶくせにこういう時だけ“先輩”付けて。
あ、でも今の聞き方は、私先輩ぶってたかも…。

「…ああ、そうですか!頼りない彼女で頼りない先輩で悪かったですねー」

可愛くないのは私か。
御幸の前で可愛い彼女になりたいのに、年上だからっていうプライド。
一つだけしか違わないけど、高校生の私たちにとって大きな一年の差。

「いいよ、わかった。御幸は私には何も相談できないし何も話せないってことだよね」

「は?そんなこと言って…ってかそれは、なまえだろ?」

「なんで私なの?私はちゃんと、御幸に…!」

言いかけた言葉ははたと止まる。
だって、御幸に言っていないことがある。
後ろめたいとかそんなわけじゃないけど…でも言いにくくて言っていないことがあった。

「この前、隣のクラスの田中って人に告白されたの誰だよ」

「!?…なんで、知って…」

「廊下で純さんに相談してただろ」

辞書を返しに来たあの時…。
何食わぬ顔で来たからてっきり聞かれていなかったと思ったのに…もう御幸の表情を読み取ることはできない。

「年下で、頼りない彼氏でゴメンネ」

「ちがっ…そんなつもりじゃ…なかったの」

思わず御幸の袖を掴む。
こんなみっともない自分をさらけ出すのはためらわれた。

「だって、御幸と…喧嘩とか、したくなくて…」

結局今こうして、喧嘩することになってしまっているけれど。
少しでも諍いになるようなことは避けたかった。
御幸は多忙な野球部のキャプテンで、私は受験生でお互いに一緒にいれる時間は少ない。
その限りある時間の中で、高校生活も残すとこわずかな私にとっては余計に…

「喧嘩、したくない…」

もう一度そう呟いて、御幸を見上げた。

「…じゃあどうしたら良いと思うわけ?」

ため息交じりに、でも、ようやく少し笑ってくれているその顔に、バカみたいに安心して堪えていた涙がこぼれた。

「は!?ちょ、え、なんで今泣く?!」

慌ててその掴んでいた袖で拭ってくれる。
普段ほとんど取り乱したりしない御幸が慌てている様子にまた安心するって言ったら怒られるかな。

「ごめんね。今度から、ちゃんとなんでも話します」

頭を引っ張られて、御幸の胸におでこをぶつけさせられた。
ドキドキが早いのがわかる。

「頼むよ、マジで。俺さ、こう見えてもホント余裕ないんデス」

ゆっくり彼の腰に両手を回せば、同時にぎゅっと抱きしめられた。
その腕のぬくもりがたまらなく愛おしい。
こんなつまらないことで喧嘩なんてしている場合じゃない。

「あのさ、お願いがあるんだけど」

御幸は改まって向き直る。

「いい加減、名前で呼んでくんない?」

女々しいのはわかってるけど、と少し恥ずかしそうに俯く。

「呼んで…良いの?」

「むしろいつになったら、呼んでくれんの」

何も言わないから、このままのほうが良いのかと思っていた。
ずっと心の中では練習していた。

「かずや」

「…うわ、めっちゃ照れ臭いわ。やめよ」

「え!やだ!ダメ!もう、一也って呼ぶ!一也!」

「わかったから、連呼しないでなまえせんぱーい」

その大きな手が私の顔を覆う。
指の隙間からは、やっぱり照れた一也がいた。

「一也も、ちゃんと言ってね?頼りないかもしれないけど、私、一応彼女だし…」

「やだね」

「なんで!?」

「なまえにかっこ悪いとことか、見せたくねーもん」

なんだよそれ、私なんかよりめっちゃ可愛い。
可笑しくって一也の胸に擦り寄った。

「全部含めて大好きだから大丈夫だよ」

手を伸ばし、一也の髪を掬って頭を撫でる。

「…っ!…ほんと、その顔卑怯だから」

強引に唇を奪われて、何度目かの角度を変えての激しいキスの後、はむと唇を甘噛みされた。


「じゃあさ、嫉妬、しちゃうからもうちょっと距離を開けて。他の男と」


キスのせいで色っぽい顔した一也がすぐ目の前でそう警告した。
他の男もなにも、一也や純たち以外とはそんなに…

「あー…同じクラスの野球部男子のこと?」

肯定の意味を込めてだろう、眉間に皺が寄る。
そんな表情を浮かべたその端正な顔立ちの一也に、無言でじっと見つめられるのは辛い。
それはつまり、一也はずっと純たちと話してる私にヤキモチを妬いていたということだろう。
そんなこと今までだって一度も言ったことないし、態度に出してさえこなかった一也が、だ。

「…ハイ」

不機嫌そうな彼の表情をうかがうかぎり、Yesしか用意されていない。
でも、一也がそんなに好きでいてくれている事実には嬉しくて思わずはにかんでしまい、ムッとした彼にもう一度唇を噛まれ、そのまま甘く蕩けるキスをした。



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