番外編
※書きたかったけど書ききれなかったお話たち
―――ケンセイ
※本編のオチにくる予定だったお話
職員会議の都合で半日で授業を終え、部活も職員会議が終わってから始まることになった午後。
『午後休だわ』
会話の流れでそうメッセージを送れば、いつもなら色とりどりに並ぶ絵文字が一つもなく『行く』とだけ短文がすぐに返ってきて思わず口にしていた水を吹きだした。
「うぉい!倉持先輩汚えぇ!!」
沢村に向かって。
一言だけ謝罪しもう一度そのメッセージを見て、あいつ授業中なんじゃねぇのか?と思って打った牽制のメッセージは既読にはならない。
一瞬あいつの親父さんの顔が浮かんで頭痛がした…。
恐らくそろそろ着くであろう頃合いに部屋を出れば、案の定寮の入り口に群がるあほ面下げた部員ども。
「なまえ!」
「あ!よーちゃん!」
少し開いた人の間を抜けて俺のもとへ飛び込んでくる。
制服を着たままということは、こいつらは授業があったはずだ。
「お前入学したばっかだろ…相変わらず不良だな。授業サボってんじゃねぇよ」
黒染めされた髪はくるりと巻かれていて、前ほど濃いくはないけれど施された化粧、揺れるスカートは膝上丈。
むしろ不良のヤンキー卒業して今度はギャルに転職か?
「今日はこれでも清楚系だよ?」
「ビッチギャルにしか見えねぇ。チャラチャラすんのやめろ」
「やだ…よーちゃんまで口うるさい事言うー。可愛いって言えよー」
ひらりとスカートを揺らす。
おおーと上がる歓声に、重く溜息を吐いた。
ね?と振り返れば、頷く部員たち。
まあ、女に飢えてるこの寮にこんなギャル来ればそりゃ可愛くも見えるよな。
わからんでもない。
でもこの間まで、煙草吸って口から血を垂らしながら狂気の眼で男と喧嘩してた金髪ヤンキーだぞ?
いや、まぁあれはあれで鋭いキレイさがあったというか…ロックを解除した携帯の待受も最後に撮ったあのヤンキー時代のなまえだし………いや、このことはどうでも良いんだよ!
今はデレデレと鼻の下を伸ばした部員に感じる苛立ちを始末したい。
なまえの腕を引っ張り、腰を抱き寄せる。
自然と前傾姿勢になるから、きっと向こうの奴らからすれば短いスカートがきわどくスレスレ。
少しだけサービス。
「ヒャハッ!羨ましいだろ!俺の女だから触んじゃねーぞ」
自慢げに、見せるだけ。
なまえの色の白いすっと伸びた太腿に手を這わして、最後にきちんと睨みをきかせれば、デレッとした男共の顔が引き締まった。
肩越しに「よーちゃん!」と恥ずかしそうに上げた声は無視して、連行した。
―――オソロイ
※本編の後始末のお話
「おやすみ、よーちゃん」
ようやくみせた素の笑顔に安心した。
けれど、なまえの腫れた頬をみればふつりと沸く一つの感情。
そっとその頬に触れる。
「…ちゃんと冷やしとけよ」
「心配してくれんの?」
「当たり前だバーカ」
なまえは悪戯っぽく笑ったくせに、すぐに照れて顔を赤くしそっぽを向いた。
もう一度おやすみとまたねを聞いて今度こそみょうじ家の扉を閉めた。
あーぜってぇ言わねぇけど……可愛いやつ。
カサリとなるコンビニの袋。
元来た道を引き返す。
警察に捕まっていなければ、きっとまだ近くにいるだろう。
静かな住宅街を歩きながら、耳を澄ます。
案の定探していたやつらはすぐそばの公園にいた。
「クッソあの女ぜってぇ許さねぇ!」
でかい声で吠えてりゃ悪目立ちしてくれて助かる。
三人仲良く捕まらずに居てくれたようだ。
「でもアイツの後にいるやつらが…」
「いや、アイツはどこにも属してないって…」
「んなの知るか!!良いか!!?さっきの男も誰か調べてこい!!」
「その必要はねーよ」
鋭い視線が一斉にこちらを刺す。
バッターボックスじゃ味わえない武者震いがゾクゾクしてキモチイイ。
二度と味わうことのないと思っていた高揚感に頬が緩む。
「お前ッ!!さっきの女は!!!」
「ヒャハハッ…っといけねぇ。今度は上手くヤらねぇとな」
思わずこぼれかけた笑いを堪え、地面を蹴った。
「死ねよクズ」
返り血が拳にべチャリと着いたのを見て、思わずまた小さく声を漏らして笑ってしまった。
血に沈む相手をみて溢れるアドレナリンが自分の痛みを忘れさせ、狂気に満ちた興奮へと変える。
傷付けたことを怒ってんのか、それともこの状況を愉しんでんのか。
飛び散る鮮血を見て、そんなこと考えても意味ねーななんて諦めた。
「俺、割と自分のモノ大切にするほうなんだわ」
もう聞こえてねぇかも知れねぇけど。
「勝手に触ったら殺すぜ?マジで」
動かなくなっても血は出るんだよな。
後ろの二人からは呻き声が聞こえ、チラリと視線をやるがやっぱり虫の息。
「ああ、いっそバカな考え起こさねーように今死ん……あ?」
振り上げた拳は落ちることはなく、ポケットで震える携帯に気を取られた。
跨った足の下で動かなくなったモノの服で適当に血を拭って受話ボタンをスライドする。
『もしもし』
「まだ寝てねーのかよ」
『お風呂入ったりしてたから。よーちゃん明日東京に帰っちゃうんだよね…?』
一度立ち上がって座り直せば小さく呻き声が聞こえた。
ああ、なんだまだ息してんのか。
携帯の熱で、当たってる側の頬が痛いのを思い出した。
一発殴らしたんだっけ。
「そーだけど」
『…見送りに、行っても良い?』
「ダメ。お前どうせまた泣いて離れねーから」
『そんなこと!…ないし…』
「来なくて良いつーの。んな時間あるなら勉強するか親孝行でもしてろちゃんと」
じゃあな、と強制的に電話を切った。
唇を舐めれば口内に血の味がしていたことにも今気づく。
携帯をポケットにしまって立ち上がった。
コンビニの袋どこ置いたっけ?
まぁ良いか。
今日はもう色々“お腹いっぱい”だわ。
あ、そうだ写真。
もう一度携帯を取り出して、着歴から一番上をタップした。
「言い忘れた。 お前の写真寄越せ」
それだけ言ってまた電話を切った。
早く寝ねぇと明日東京戻ったらまた野球漬けの毎日が始まるわー。
転けたで通じるかなー?ジジイと喧嘩したにしようか。
静かな公園を鼻歌交じりで抜けた。
―――オサソイ
※デートに行く話
「よーちゃん明日オフなの!?」
『おう』
「本当に!?」
『そうだつってんだろ』
「私も!明日!祝日で!!お休みなの!!」
『知ってるっつーの。どんだけテンション上がってんだよ』
嘘みたいだ。
よーちゃんが突然電話してくるから何事かと思ったら…まさかのオフ!!
ということは、デートに誘っても良いってことだよね!?
『行きてぇとこねーの?』
連れてってやろうか?なんて、もう!よーちゃん!!
「ホント好き!!」
『…んだよ突然!明日までに決めとけよ』
なんて電話を一方的に切られても全然気にしない。
だって、急いでよーちゃんに可愛いって思ってもらえるような服と髪型を考えなければならない。
寮の小さなクローゼットに詰めた服をすべて引っ張り出してファッションショーを始めた時には、時計の針が十一時をすでに回っていた。
「おはよ!」
「…はよ」
朝ももちろん早起きして髪のセットも化粧も、今日はディファインコンタクトも入ってぱっちりお目めで可愛くなれたと思う。
服だって張り切りすぎに見えないシンプルなのを選んだつもり。
ジーンズのショートパンツに、子供っぽく見えないように黒のオフショルはくるりと緩く巻いた髪とよく似合う。
靴は少し踵の高いグラディエーターサンダルを履けば、いつもよりよーちゃんが近くで見えるはず。
待ち合せより早すぎても遅すぎてもダメだと思って、きちんと計画通り時間丁度に待ち合わせ場所に来たら、よーちゃんはもうそこで待っていた。
「じゃあ行こっか?」
どうだ?
今日の私は完璧なんじゃないかな!?
よーちゃんの好みは清楚系ギャルだと把握してる。
研究に研究を重ねた上目使いを駆使して見上げるけれど…ん?機嫌悪い?
昨日の電話までは、よーちゃんも楽しそうにしていたと思っていたけれど…。
「ねぇ…よーちゃん今日具合悪い?」
「んなことねぇ」
「じゃあ嫌なことでもあった?」
「ねーよ」
「じゃあ、なんでそんな機嫌悪そうなわけ?!」
「悪くねー」
「悪い」
「悪くねーよ」
「わ る い !」
「うっせぇな!!ちょっと来い!!」
怒りたいのはこっちだけど?
控えめに聞いたのに、イライラした言葉で返されて押し問答。
強い力で腕を引かれれば喧騒から少し離れた路地へ入る。
急な展開にちっとも頭は付いて行かなくて、こういう時って普通どうなるんだっけ?
確か、“壁ドン”されるやつじゃない?
予想通り背中を壁に押し付けられて、見上げれば…あれ…?
「お前なぁ…」
いつもとは違う余裕のなさそうな表情。
少し顔赤い?
どういうこと?
やっぱり風邪引いてた?
そう思った矢先に塞がれる唇はいつもとは違う大人のやつ。
ねとりと舌の感触が追い回して、慣れないそれに奪われる思考。
呼吸のタイミングもわからないままの長いキスは濃厚すぎてクラクラした。
「んっ…よ、ちゃ…!」
ようやく離れたかと思えばその唇は、赤い舌を出して首筋を舐める。
鎖骨、肩、ちくりと刺すような痛みには思わず抵抗した。
「…よーちゃん、もしかして、可愛いと思ってくれた?」
「はぁ?」
距離が開けてようやくその表情が見れたのに、心底飽きれた表情。
「違うの?だから…余裕、ないのかと…思って…」
言ってて恥ずかしくなってきた。
なんでこんなこと言っちゃったんだか。
熱くなる頬を隠したくて俯いて、お前こそ余裕こいてんじゃねぇよって心で突っ込みを入れた。
「ヒャハハ! 思ってるね」
「へ?」
「お前は俺の余裕、なくさせてぇの?」
悪い笑顔なのに、心臓が異常な音を立ててしまうのはなんで?
彼の人差し指が首筋を撫で下り、オフショルの胸元を少しずらされた。
ぞわりとした感覚は、内太腿をするりと撫でる手によるもの。
「っぁ…ま、まって!」
耳元で「なぁ」と囁かれれば、全身が沸騰するように熱いし、よーちゃんの指先が辿る場所に神経が集中してしまう。
胸元の襟をずらされたことで覗く程度に露わになった胸の渓谷に吸い付かれる痛み。
優しくてちょっと悪いところもあるけど意外と紳士なよーちゃんにまさかこんなことをされるとは思ってもみなくて、私の脳内は警告音を響かせているのに本気では鳴っていない。
けれど、それらの手も舌も突然離れて重い溜息へと変わった。
「待って欲しかったら今度は服装選び間違うなバーカ」
ふいっと背を向けられてしまい、その表情は見えない。
でもまだ私の心臓はどくんどくんと強く波打っていて、この熱の治め方を知らない。
だから、助けて欲しくて手を伸ばす。
「よーちゃん……」
今日の予定は全て白紙で良いから…
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