03
ほっそい体。
傷んだ髪。
あとタバコ臭え…。
なんでこうなっちまったんだ?
それなのになんにも変わってない中身で、あの頃のまま、よーちゃん、と俺を呼ぶ。
あの頃のまま、まっすぐ過ぎて色々見失ってんのか。
罪悪感を含むけれど、この満ち足りた思いはやっぱりそういうこと。
抵抗なんてさせず、強く、掻き抱く。
あの時、俺はなんでもっとちゃんと…
こんなになって初めて気付くとか遅えよ。
もう一度強く抱きしめれば、痛い、と胸を叩かれた。
「離せよ!やめろ!こんな風に、…されたら……もう、よーちゃんなんて…」
指に絡む金色の髪。
両頬をつかんで持ち上げれば青の瞳。
大人のように朱く塗られた唇の色は、子どもの俺たちにはまだ早い。
一緒に背負うから、一緒に大人になろう。
意味を込めて。
触れることで奪うのは、その唇の朱と、なまえが言いかけた言葉。
「ずっと好きだったんだな」
俺も、お前も。
くしゃりと髪を撫でて、もう一度欲しいままに額に唇を寄せる。
動かなくなったなまえを覗き込めば、赤くなって惚けた顔してやんの。
「ヒャハ!可愛い顔!そういうとこ変わってねえな」
「なっ…ばっ、…よーちゃん!!…からかわ、ないで…」
戸惑い涙目になるなまえは、変なとこ大人になったようで相変わらず子どものようで。
懐かしいこの温かな泣き虫を……もう鬱陶しいとは思わない。
民家の立ち並ぶ通り。
深夜すぎて起きてるやつもいない。
一定距離の街灯だけが照らす。
「からかってねーよ。ほら、帰るぞ」
困惑したままのなまえは、それでも握った手に引かれ素直に歩き出してくれる。
無言のまま歩いていれば、すぐに見えてくるなまえの家。
明らかに速度を落とす足取り。
「ねぇ…なんであのコンビニにいたの?」
「あ?…ああ、あれだ…お前のヒーローだからな」
言うにはひどく恥ずかしい。
そうなりたいと願っていたあの頃。
今もまた同じように思う。
「なにそれ、ダサ!もう守ってもらわなくても強いし」
声をあげて困ったように笑うなまえ。
「うっせぇつーの。女は黙って守られてろ。
ちゃんと、今度はちゃんと守ってやるから」
バカじゃないの、なんて呟くくせに、そんな嬉しそうに笑うなよ。
玄関のポーチライトが俺たちに反応し点灯するとその肩をピクリと諌めた。
塀の向こうに部屋の明かりが点いて、階段を降りる音が聞こえると、握った手が微かに震える。
んなビビんなくても、ちゃんと愛されてることぐらい気付けよな。
「なまえ!」
このヒーロー様が一緒に叱られてやるから。
駆け寄ろおばさんと後ろで見守る親父さんに、困惑するなまえの視線もすぐに「ごめんなさい」と涙を零していた。
ーーー
春。
ひらりと舞う桜とともにセーラー服のスカートがなびく。
中学もセーラーだったのに、高校になってもセーラーなんて最悪。
ブレザーが良かった。
よーちゃんと同じ学校ならブレザーだったのに。
あの日、よーちゃんが一緒に謝ってくれて、うちの両親もよーちゃんに謝ってくれて。
私は髪を黒に戻した。
カラコンも外した。
夜中にフラフラ出歩いたりタバコを吸うのもやめた。
授業もちゃんと受けた。
全部約束したから。
「なまえ」
校門の前に立つ彼は、可愛い薄ピンクの桜が似合わなくて笑えてくる。
「よーちゃん!」
「遅えよ!」
「入学式長引いたんだもん…。ね!可愛い?」
くるりと彼の前で回って上目遣いで見上げれば、頭上に手刀を落とされる。
「スカート短え」
そう言いながらも、ちょっと赤くなってる。
私は春から青道高校の近くにある女子高に入学した。
青道への入学は父さんに猛反対を食らったけど、金髪もカラコンもタバコも全部やめることを約束に、ここの全寮制の女子高なら、ということで。
それこそ朝からスカートが短いだの化粧するなだの髪を巻くなだのうるさくて敵わないけど、よーちゃんの近くにいるってだけで嬉しくて我慢できる。
週末には絶対試合の応援に行くんだ。
「ねぇねぇ!来てくれたってことは今日はこれから制服デートっすか?!」
「ちげえよ。顔見に来ただけ。部活あるからもう戻るわ」
「ちぇー!せっかくよーちゃんに会えたのにー」
少し拗ねたふりして、腕にまとわりつ。
自分から触れたくせに、触れればその熱が恥ずかしくてやっぱりすぐ離れた。
あまり得意じゃないことをするべきではないね。
「んだよ?」
「別に?早く部活行きなよ…」
「あそ、じゃあ行くわ」
もう、本当に何しに来たの?
いっつも期待させられてばっかなんですけど…。
「あー!私も合コン誘われてたんだった!行ってこよー!」
誘われたのは本当だけど行かないって断ったすでに過去の約束。
「へぇー気を付けて行けよ」
なんでそんな素っ気ない返事なの?
やっぱりあの夜のよーちゃんはニセモノで、キスしたことも、守るって言ったことも嘘なの?
また校門でフラれるのか…
なんてどんどん考えは悪い方向へ行く。
「んな不安な顔するぐらいなら、言うなよな」
ヒャハハと笑いだすよーちゃんは相変わらず無神経。
「バーカ、ガキが合コンなんて行ってんじゃねーよ」
パチンと良い音を立ててデコピンを食らう。
またバカって言われた。
やられっぱなしで腹立つ。
「子ども扱いしないで」
こういうのが一番子どもっぽいってわかってる。
でも、ひと泡吹かせたい。
よーちゃんの胸倉つかんで引き寄せた。
「好きだぜ」
驚くと思っていたのに…。
よーちゃんは、本当に卑怯。
私の方が驚かされた。
引き寄せたつもりが、よーちゃんのほうから少し屈んで、呟きは吟味する間も無く私の唇を塞いだ。
小さく音を立てて離れ、私のリップが移ったカサついた唇をペロリと赤い舌が舐める。
始終放心状態で目も見開いたままの私を、よーちゃんは癖のある笑い方で笑った。
「…〜ッ!よーちゃんのバカ!!私も好き!!」
悔しいけど敵わない。
手を伸ばせば優しく抱きしめてくれる。
ヒーローのキスで終わるなんて最高にハッピーエンドだよ。
AofD ヒールが憧れたヒーロー [ 03 ]