- ナノ -
01
※倉持と倉持にフラれて不良になってしまった女の子のお話です。
ヒロインの言葉遣いが悪かったり、直接的ではないにせよ年相応ではない表現が含まれています。
それらの行為を助長するお話ではないことを予めお断りさせてください。





「よーちゃん」

デレっと笑った顔は今でも時々思い出す。
外遊びなのにフリルのついたお姫様みたいな可愛い格好してきやがって。
いつからなんて覚えてねえほど幼い頃から、なまえは団地のやつらと遊んでたし、気がついたらそこにいる存在だった。
後々聞けば、団地の近くの立派な豪邸になまえは住んでいた。
金持ちが可愛い服ばっか着やがって。
腹が立つからわざと、木登りしたり川遊びしたり。
それでもついて来るし、大事な服が汚れたと泣くし、正直……鬱陶しかった。
でも、「たすけてよーちゃん」と泣きわめかれたら渋々にせよ手を差しだしていたのだから、結局俺にとってなまえは可愛いお姫様だったのだ。
なまえにとっても「よーちゃんはなまえのヒーローだよ!」なんて煽てるもんだから、実はこっそり嬉しかった。



「しかたねえなぁ…」

「ありがとう、よーちゃん」

そう高くはない木に登らせたら細い枝に髪が引っかかって降りれないと泣く。
泣きすぎて体の水分なくなるんじゃねえか?
他のやつはとっくに降りて来たのになまえだけ一番手前の枝に座ってビービーうるさい。
ため息まじりにそこまでよじ登って、足を掛けた。
ミシリ…、あまりよろしくない音が聞こえるも、なまえ一人では対処できないこの状況。
俺が来たことでボロボロの顔に安心の笑顔が見え、あ、本物のヒーローってこんな気持ちなのかななんて馬鹿な考えが過る。
こうなりゃ腹括ってシュッと掴んでシャッだな、とイメトレの甲斐は虚しく、シュッとやってる間に枝はポッキリ折れて俺となまえは地面に落下。

「痛ぇ…!なまえ!?大丈夫か?!」

掴むことも抱きとめることもできなかった。
こんな時に泣きもせず痛みに耐えて大丈夫だよと顔を歪めやがって。

「助けてくれて、ありがと、よーちゃん」

助けられてねえよ。
この時足を骨折したなまえは、親に怒られ二度と俺たちと遊ぶことを禁じられた。
申し訳なさから、俺は毎日なまえの家に行くが当然のように門前払い。

「うちの娘に関わらないでくれ」

泣きながらなまえの父親に言われたことは、俺からヒーローマントを容易に奪っていった。

それが小学校三年の出来事。
それ以降、時々見かけても声を掛けることもできず、なまえはいつもつまらなそうにピアノや塾のカバンを持ち親と歩いていた。
せめてお前からでも声かけてくれよって、願ったってその時はやってこない。
俺の中で溝が深く深くなっていくばかりだった。



久しぶりにきちんと顔を見たのは中学三年の時。
なまえは中学一年になったらしい。
他校の、有名な女子校の制服を身にまとったなまえが校門に立っていて俺を待っていた。
あの時の幼かったなまえの面影はすっかり“女の子”へ変貌。

「よーちゃん!」

そう呼ばれるのも、その満面の笑みを向けられるのもずいぶんと久しぶり。
その“ずいぶんと”の中で俺たちにはたくさんの変化があった。

「洋ちゃん、だれ?この可愛い子?まさかカノジョ?」

「バカ!洋ちゃんにカノジョがいるわけねーだろ!」

それはどういう意味だコラ。
取り囲むやつらに物怖じひとつせず、俺だけをじっと見ている。
ああ、こいつの中身は変わってねえわ。
その時の俺にはその事実が、ひどく居心地悪くて目を背けた。
だって今のこいつを見れば、俺何やってんだろって思わざるを得ないから。


「よーちゃん、私、よーちゃんが好きです。小さい頃からずっと」


だからそのまっすぐ刺さる言葉も、思いも、赤く恥ずかしそうな表情も、すべてがその時の俺には……鬱陶しかった。

「帰れ」

「よーちゃん!」

横を通り過ぎようとすれば、制服の裾を掴まれる。


「うぜぇよ。とっと消えろ。もう二度と俺の前に顔見せんな」


もう一度小さく名前を呼ばれたような気がしたけど、振り払って歩みを進める。
あの頃の俺でも、あの頃のなまえでも、もうない。
きっとこれからは混ざり合うことのない人生をお互い歩む。
なまえはその制服に見合った道を進むべきなんだ。

あの日から、俺はもう、お前のヒーローじゃねえんだよ。




そうして経過していった中学三年は苦い思い出の多い年となった。
高校二年の冬。
その記憶は、久しぶりに地元へ帰ると否応なく少しは思い出される。

母親のご飯じゃ食い足りなくて、深夜のコンビニへと足を向けた。
小さな頃から歩きなれてるその道も、ほぼ一年ぶりの帰省となるとさすがに様変わりしている。

一番近いと思っていたコンビニよりも、さらに近くにコンビニができてんじゃん。
そこで良いかと思って近づくと、狭い駐車場のブロックに腰掛けてる黒いスウェットフードを被ったヤンキー。
昔は俺もあんなだったな、なんて自嘲気味。
目深にフードを被って、一人ぽつんとこちらを見向きもしねえで宙を見つめていた。
誰かを待ってんのかなんなのかしんねえけど、こんな時間にこんなとこ座り込んで柄が悪いことには変わりがない。
関わるつもりもないし、関わってくる気もないようで容易にそばを通り抜けた。

美味そうなラーメンやおにぎりなどを吟味し買い込んで、レジを済ませながらふと外を見れば先ほどのフードは何人かに囲まれていた。
おいおい嘘だろ…タイミング悪いなぁ…
あの横を通り抜けんのは面倒くさそう。
だって明らかに黒フードは胸倉をつかまれている。

「はっ…マジかよ面倒くせえ…」

店員もそれに気付いたのか、オロオロと外の様子をうかがっている。
よく見ると、黒フードは少し小さい。
むしろ…スウェットで多少誤魔化されてはいるがどう見ても華奢。
何か口論になっているようで…といっても明らかに相手の方が激昂しているのに対し、黒フードはなされるまま胸倉をつかまれていた。

「おい!聞いてんのか!?」

さすがにその大きな声は、BGMのうるさい店内まで聞こえてきた。
ゆさゆさと揺れて、はらりと外れたフード。

「…は!?女!?」

フードの下に隠れていたのは、顔まではよく見えないが長い金髪。
いやいやいや…さすがに女に手を出すのはよくないだろ。
思わず一歩だしかけた足は、また意外な展開に止まる。

三十秒もかからなかった。

女は、くるりと身を翻して鮮やかな回し蹴りを掴んでいた男の顎にに食らわし、一発KO。
やり返そうとしてきた連れの男のパンチを交わしてそのまま鳩尾へ膝蹴り。
他の男が繰り出してきた逆平手は食らったものの、臨戦態勢よろしくファイティングポーズ。
喧嘩漫画か何かの華麗な流れとしか言いようがなくて。

チラリと横を向いた時に見えた口は弧を描き端から血を垂らす。

「け、けいさつ!!」

店員が慌てて控室に戻って行った音で、俺の思考も現実に戻った。
面倒事に巻き込まれるわけにはいかねえから帰ろう、そう思ってその場を通り過ぎようと思ったのに


「…うそだろ…おい…」


口の血を拭い恍惚の笑みを浮かべていたのは、あの頃、俺をヒーローと呼んでいたお姫様のようななまえとは似ても似つかなかった。
けれど、色濃く施された化粧とカラコンでブルーの瞳になっていたとしても、見間違うことのないあの泣き虫。


「…なまえ…?」


キロリとこちらを見た瞳は鋭い。
一瞬止まった空気もパトカーのサイレンに動き出す。
俺は何を思ったか、なまえの腕を引っ掴んでその場を逃げるために走り出していた。


AofD ヒールが憧れたヒーロー [ 01 ]