05
近づけた席。
今まではなんとも思ってなかったのに、なんでこんな緊張してんだ?
そりゃあんだけ口説き文句聞かされれば、誰だってこうなるだろ?
でも、できるだけそのそぶりを見せないようにしてたのに、みょうじの顔が締まりなさすぎて気が抜けた。
んな、嬉しいのかよ…。
彼女が広げているノートの端にペンを走らせた。
「…?!」
連絡先の交換ってやつ。
困惑した表情のみょうじ。
それもそうだよな。
俺はこいつの告白に、うんともすんとも言ってねぇ。
だからきっと、余計に俺の行動が理解できなくてその表情。
…何より俺が一番理解できてねぇわ。
それでも、みょうじははにかんで小さく「ありがとう」と呟く。
女子と話すの初めてなわけでもねぇのに、なんでこんなドキドキしなきゃなんねぇんだよ。
相変わらずみょうじは……ってさっきからなんでみょうじなんだよ!!
なまえだよ!!
俺はなまえって呼ぶって決めたんだよ!!
何度もその名前を心の中で呟く。
別に亮介が、そう呼んでるのが羨ましかったわけじゃねぇ!!
なんか腹立つ!!!
自主練終えて、風呂入ってようやく一息つく。
同室のやつはいるけど、3年間も過ごせば落ち着く我が部屋。
布団の奥へしまい込み、絶対に気にしないようにしていた携帯とようやく向き合う。
しかし残念なことに、通知はクソ姉貴からで……“残念なことに”ってなんだよ?
俺、今なまえから連絡きてなくて残念って思ったのか??
「ダァァァッ!!めんどくせぇぇえ!!!」
「どうしたんスか、伊佐敷先輩」
下のベッドから工藤が顔を覗かす。
「なんでもねぇよ!!黙って寝ろ!!」
俺がな。
もう夜の11時を回っていた。
きっと今日はこねぇだろうな…。
そう思いながら姉貴に漫画貸せと催促の返事を打っていたところで、手の中でそれは震える。
名前の表示されない見知らぬ番号。
なのに、瞬時に受話ボタンを押していた。
「あれ?伊佐敷先輩どこへ…」
「なッ、なんでもねぇ!!!母ちゃんから電話だ!!!」
寮から少し離れてからようやく携帯に耳を当てた。
『母ちゃんじゃなくてゴメンナサイ』
電話の向こうはクスクス笑っていた。
土手へ向かってゆっくり歩き出す。
思いの外冷たい夜の風に熱を冷まされながら。
「いや…その、なんだ……どうした?!」
『こんな遅くにごめんね。間違えて鳴らしちゃったの。すぐ切ろうと思ったんだけど…』
メッセージアプリとかそんなのでくると思っていた連絡がまさか電話がかかってくるなんて。
耳のそばで聞こえる声は、緊張気味なのか震えてる。
「ああ、そうかよ」
『……なんて。ホントは勇気出して電話鳴らしたんだったりして』
「っな?!おま、なに言ってっ…!!」
『ご、ごめんね?電話番号とかもらったら嬉しくて…我慢、できなかったの』
きっと電話向こうの相手の顔も熱いんだろう。
顔に当ててる携帯も熱ぃ。
足が止まってその場にうずくまる。
「はぁ…どんだけ好きなんだよ」
『あはは、ごめんね』
「謝んじゃねぇよ。悪いとは言ってねぇだろ」
『…うん』
大した会話してねぇのに、お互いギクシャクする感じ。
慣れなくて、でも、フワリと浮くような心地よさ。
なまえが今日のナイターの話とか振ってくるから、つい一方的な野球の話しちまったり。
「…あ、悪い、つい野球の話ばっか…」
『ううん、楽しいから!あ、でももうこんな遅い時間だけど大丈夫?寝ないと明日が…』
楽しいなんて、こいつ素直すぎて返す言葉に困る。
「ああ、そうだな。電話、ありがとな」
言いたいことが一つある。
電話がかかってきた時から探していたタイミング。
『こちらこそ、ありがとうございます!!』
本当に嬉しそうで調子狂う。
しかも時々敬語になるし。
「あのさ、…あー、えっと…」
言いたいのにまとまらない言葉たち。
でも、なんとか伝えたい。
なまえは続く俺の言葉を待っている。
「ああ!クソ!なんつって良いかわかんねぇよ!!その…アレだ!……友達から、…俺まだお前が俺を想ってるほど、お前のこと知んねぇから!!
だから…友達から、始めてぇんだけど…」
『…!!』
「ダメ、か?」
息を飲むヒュッという音と首を振ってんのか風をきる音が聞こえて、思わず笑ってしまう。
『お、お、お願いじまずっ!』
「泣いてんじゃねぇよ!!ほら、もう寝ろ!!じゃあな!!……おやすみ」
『…!!伊佐敷くん、おやすみ』
電話を切ってすぐまたその場にしゃがみこむ。
なんだよマジで。
全然動いていないのにバカみたいに早い心拍。
高揚感。
浮ついた気持ち。
深夜じゃなきゃ叫びてぇぇぇ!!!
耳元で聞こえていた声を思い出しては、胸が熱くなった。
AofD 伊佐敷くんと付き合うまで [ 05 ]