- ナノ -
02
その後、まさかの伊佐敷くんに教科書を借りるという羞恥プレイをなんとか乗り切った。
舌打ちは食らったけれど、そこもかっこよくて気にならない。
それに、ありがたいことに、ノートは鞄に入っていたし、教科書はあまり使わずにすんだ。
ラッキーなんだか、なんなんだか…。
でも次の日から、朝の挨拶を交わすようになれた。
少しだけ会話もできるようになった。
進歩!!


「おはよう、伊佐敷くん」

「おう」

「昨日の中継みた?」

野球のことはさっぱりわからないし興味もない。
けれど、彼との共通点を作るためにはこれしかなくて。

「見た!清重すごかったよなァ!あのバッティングは…」

伊佐敷くんの話をうんうんと笑顔で聞いているけど、言葉の意味は何一つ理解できない。
誰の話かもわからない。
最近見始めたプロ野球中継も、ルールもわからなければ人もわからないから、ちっとも集中して見れたことない。
けれど、最初に、本当に些細な一般常識でメディアにもよく出る人を「わかる!」と言ってしまったばかりに、彼は私が野球に興味があると思ってしまったらしい。
でも今さら否定もできなくて、こうなったら、知ってるフリ…。

「そんで、あそこで満塁のとこを4番が決めるとこがさぁ!」

「…う、うん!かっこよかったよねー!」

私、最悪じゃん…。
楽しそうに笑う彼にひどく罪悪感。
好き、って気持ちだけじゃダメだ!
好かれる努力をしろって誰かが言ってた!!


「そういうわけで、春くん!野球教えて!」

「久しぶり、なまえちゃん。え?拒否かな」

お兄ちゃんそっくりかよ!
わざわざお昼休みに恥ずかしさを惜しんで一年の教室へ来たというのに、内容も理由も聞かずに断られたよ!

「同じ学校で同じクラスにいるのに全然話しかけて来ないって、兄貴が不貞腐れてたよ?」

小湊兄弟とは、母方の従兄弟。
小さい頃は親戚が集まる度に一緒に遊ばれていた。
“遊ばれていた”
ここ強調。

「話しかけたらオモチャにされる」

「俺はオモチャにしない、と?」

「…しないでぇ!!しないでよぉぉぉ!!春くぅぅぅん!!!」

思わず大声で泣き出せば、口を手で塞がれる。
春くんは亮介よりはマシ…だと信じてる。
あ、私のせいで恥ずかしいからか顔が赤い。
こういうとこ可愛い。
言ったら怒られるけど。

「うるさいから!!てか、なまえちゃん、あれだけ試合観に来ててまだルールわからないの?」

「うん?ルールはなんとなく…プロ野球とかの選手とか、何がどうなったらすごいのかとか…」

「どうして今さらそんなこと聞くの?」

本当にごもっとも。
中学の頃も、何度か小湊兄弟の試合を観に行ったことあるし、なんならキャッチボールだってしたことある。
キャッチできたことはないけど。

「…不純な動機だって怒らない?」

「怒る」

「亮介に言わない?」

「絶対言う」

「春くん、そんなとこまで亮介の真似しなくて良いんだよ?」

やっぱり、春くんでもダメか…。
本とかネットの知識っていまいち解り辛いから聞いてるのに。
まぁ動機が不純だよね

「好きな人のためっていうのが…」

「本当に不純な動機じゃん」

「え?今、口に出てマシタ?」

にっこり笑った顔は可愛い顔に似合わず極悪。
私は座っていた椅子からそっと立ち、ゆっくりと後退さった。
見送る視線も酷く笑っていた。

明日からの人生終わった…。

「絶対に、亮介に、言っちゃ、ダメだから、ね?!」

それだけ強く言い残し、走り去るように教室へ戻った。


もうダメだ…
亮介にバレたとなれば、本人にバレるのも時間の問題。
それか、それを人質ならぬネタ質に泣くまでおちょくられ、パシリにされる人生が、始まる…。
泣いてもやめてもらえないけど。
さようなら伊佐敷くん。
今日は他の教室でご飯食べてるのか、空いてる隣の席を見る。
さよなら私の心のオアシス。
私の、大切な、恋…

「うぅ、そんなの辛すぎる…怖いよぉ…りょうす」

「誰が好きなの?」

「ひぃぃっ!?早くない?!春くんバラすの光速すぎません?!」

「ねぇ、教えろ。従兄弟だろ?」

これが恐喝です。
久しぶりに面と向かって顔見たけど、めっちゃニヤニヤしていらっしゃるわ…。
変わってないわ。

「お前ら従兄弟なんか?」

そしてこんな時に、まさかの!!!

「い、い、いさしき、くん!!」

よく見ると亮介の後ろに立っていた。
今の話はどこから?
最初からいたに決まってますよね。
知ってました…

「で?野球好きの好きな人って誰?」

「りょ、…ちが、ちが…ちがうよ?!違うからぁぁぁ!!亮介のバカぁぁぁ!!!」

「は?」

真っ白になった頭で後先考えることもできず、亮介を突き飛ばしてその場を逃げ出した。
二回目のみょうじなまえ脱走事件として、伊佐敷くんの心に軽く印象に残ってしまったことだろう。
こんな印象辛い…
ていうか忘れて、欲しい…

使われてない教室へ逃げ込み、扉を閉めればズルズルと崩れ落ちた。
バレないはずない。
わかっていたことではあったけど、覚悟ができていたわけではない。

フラれる覚悟が…

言葉として認識すれば、余計に落胆してポロポロと溢れる涙がスカートに染みを作る。
私はこの日初めて授業をサボった。


AofD 伊佐敷くんと付き合うまで [ 02 ]