04
「それでまた逃げたの??」
朝一で投げかけられる友達からの辛辣な言葉に半べそを掻きながら机へと突っ伏す。
既に事情を知っている友達からも救いの手は差し伸べられず、2人して「木兎くんかわいそ〜」と私を責め立ててくる。
私だって逃げたくて逃げてるわけじゃないけど…
「だって、毎回いきなりなんだもん」
恋愛初心者どころか、男性と話すことすら不慣れな私には高すぎるハードルを、いつも突然目の前に置かれているような気分だ。
一旦引いて考えたとしても悪い事じゃない・・・と思いたいのに。
あの時
木兎くんから電車の時間を変えた理由を聞かれ、指先が凍るほど固まってしまった私はうまく言葉が出ず、事実も言い訳もできないまま立ち尽くした。
何か言わなくちゃと口を開けるものの、何を言ったらいいのかわからず閉じるを繰り返す私を木兎くんはどう見ていたのだろうか。
無言の時間に耐えられなくなったのか、木兎くんの方から何か言おうとしたタイミングで体育館からお呼びの声が掛かってしまった。
その後は木兎くんや私を引っ張って案内してくれた女の子たちから「もう少し見て行きなよ」と言われ、しばらく練習を見学させてもらったが、結局プレーする木兎くんをただただ見つめていたら時間になってしまった。
真剣に練習している人の邪魔にならない様にと、かなり端の方に居たし、あまり話す機会も得られなかったことを少し安堵する私がいた。
きっともう一度聞かれても、私は何も言えなかっただろう。
結局、私も答えを出せないまま、木兎くんが何を言おうとしたのかもわからないまま、有耶無耶に終わった。
そんな状態で友達の彼の試合が終わったことを理由に立ち去ってしまったものだから、メールなんて送れるはずもなく。
まして電車の時間を戻せるわけもなくて。
結果として今まで以上に木兎くんを避ける形になってしまった。
「このままじゃ疎遠になっちゃうよ?いいの?」
「・・・良くない・・・けど」
勇気がない。
もし会うなり連絡するなりしたら、今度こそ避けている理由を言わなくてはならない。
それはつまり、告白するってことで。
「・・絶対うまくいかない」
こんな意気地なし、私でも嫌だもん。
きっと嫌われた。
「あーー!腹立つ!!!」
私の突っ伏している机を叩きながら友達の一人が怒りを露わにする。
突然の事に反射的に大勢を起こした私に、掴みかかるほどの勢いで顔をよせる友達は真剣そのものだ。
「なまえは1人で悩んでればいいかもしれないけど、いきなり無視された木兎くんの気持ち考えた??」
「・・え?」
「仲良くなった子が急に避けたり無視したりしたら誰だって傷つくよ?自分のせいかもってなるよ?それなのに被害者みたいな言い方してさ、なんなの?どうせ無理ならちゃんと告白してガッツリフラれてきたら!?」
一気に言い終えて肩で息をする友達を、もう一人が落ち着いてとなだめる。
私は言われたことが正当過ぎて何も言い返せなかった。
「あのさ、なまえ。私も避けるのは良くないと思うよ?だから、明日は前の時間の電車に乗っておいでね」
「そうだよ!私達より後に登校したら許さないんだから!」
2人からの言葉はウジウジと腐りかけていた私の心に思い切り刺さった。
うん、と小さく返事をした私に絶対だよと念押しをして自分の席へ戻る友達たちの背中を見送る。
何やってるんだろう私。
木兎くん傷つけて、友達まで怒らせて。
こんなこと良くないなんて本当は分かっていたはずなのに。
自分の勇気が無い事を木兎くんのせいにして逃げたことが恥ずかしい。
今考えただけでも胸が苦しいけど、明日こそ、ちゃんと木兎くんと会おう。
会って、私の気持ち、ちゃんと伝えよう。
そう決意したはずなのに
(緊張しすぎて心臓出そう…)
早い時間の為、満員電車とまでいかない電車に揺られながら路線図を見つめる。
木兎くんが乗って来る駅まであと1つ。
そう思うと勝手に心臓が加速していき、緊張を煽ってくる。
駅に着く前に違う車輛へ逃げそうになる足を、昨日の友達の台詞を思い出しながら必死に抑える。
アナウンスが駅名を伝え、私が立っている方とは反対のドアが開くのを見つめる。
人の背中越しでも、なぜか木兎くんだけ色がはっきりと見えてすぐに見つけることができた。
思わず手にしていたスマホとストラップを握りしめる。
人の流れに沿って車内に入ってきた木兎くんは、誰かを探すようにこちらを見たのですぐに視線が交わった。
「っっっ!」
私の周りはすでに人が多かったし、木兎くんも人波に流されるように離れてしまったため会話ができる距離じゃなくなってしまう。
それでもずっとこちらを見て、とても嬉しそうに木兎くんが笑顔を見せるから、私の耳が心音以外を拾わなくなるほど胸が高鳴った。
あんなに避けたのに木兎くんが笑ってくれた。
その事実が素直に嬉しかった。
緊張でずっと握りしめている手が震える。
しばらく見つめ合っていたが、ふいに木兎くんが視線を外し、何か下の方で手元を操作する動きを見せた。
外された視線を不安に思っていたら、私の震えとは違う、機械的な震えを手の中で感じ、慌てて視線を下げた。
ずっと握りしめたままのスマホが木兎くんからのメールの受信を知らせている。
『おはよう!会えた!』
たったそれだけの文字。
避けた理由も、メールを返さなかった文句もない文面に木兎くんの優しさを感じ目頭が熱くなる。
『おはよう!避ける様なことしてごめんね。でもどうしても会いたくて』
震えているせいか普段よりはるかに文字を打つスピードが遅い。
長文でもないのにやっとの思いでメールを送れば、すぐに木兎くんがスマホへと視線を落とす。
その動作一つ一つにドキドキしてしまう。
メールを読んだ木兎くんが、驚いた顔でコチラを見て来る視線に耐えられず俯くと、すぐさまスマホが震えた。
『俺も!会いたかった!』
読んだ瞬間、全身を何かが駆け抜けた。
きっと動物みたいに毛が生えていたら逆立っていただろう。
そのくらいの衝撃だった。
散々無理だの嫌われただの思っていたはずなのに、都合のいい脳はもしかして…なんて理想を期待させる。
『木兎くんにどうしても言いたいことがあって』
本当ならちゃんと口で伝えたいけど。
それでも今を逃したらまた逃げ出してしまうかもしれないから。
『ちょっと待って!』
続きのメールを打っている間に木兎くんから返信が来て、慌てて顔をあげたら、いつの間にか次の駅に着いていたらしく人の動くタイミングで木兎くんが傍まで来てくれていた。
周りの人から少し怪しい目で見られたが木兎くんは気にすることなくちょっと誇らしげに笑った。
「よーし!これならしゃべってもいいな!」
「シ―っ!!木兎くん、さすがに小声じゃないとだめだよ!」
あまりの普通の声量に慌てて注意すれば、ヤバって言いながら口を抑える木兎くんが可愛らしくて私も自然と笑ってしまった。
「やっぱり同じ電車になまえちゃんがいると嬉しいな。安心するわ」
「え?」
「本当はさ、前からなまえちゃんの事この電車で見てたんだよな、俺」
木兎くんからの信じられない告白に、言おうと決意していた台詞がどこかへ飛んでしまった。
別にストーカーしてたわけじゃないからな!と慌てる木兎くんだけど、そんなことは気にならない。
というか、気になるはずがない。
私も同じなのだから。
「私も・・・本当は木兎くんの事知る前からずっと見てたの」
「・・・マジで?!」
驚く木兎くんに頷き返すと、暑すぎるのか展開についていけないのか、少しクラリと頭が揺れた。
「…俺が怖くて避けてたとかじゃねーの?」
「違うの!その、自分の気持ちに気づいたら恥ずかしくて…」
嫌な気分にさせてごめんなさいと謝る私に、木兎くんはたっぷりの間を取ってからゆっくりと私を抱きしめた。
「・・それ、都合よくとっていいか??」
抱きしめながら耳元でささやかれ、電車内で恥ずかしいとか、人が見てるとか、もうすぐ降りる駅だとか。
そんなことは脳裏を掠めるだけで留まることはなく、ただ木兎くんの声と体温が私を支配した。
こんな奇跡みたいなことが実際に起こるなんて
抱きしめてくれている木兎くんの背中に、私もそっと腕を回す。
「うん。私・・・木兎くんが好き・・です」
震えてとても小さな声になってしまったけれど、密着してるからしっかりと木兎くんの耳に届いたようで抱きしめる腕の力が強くなる。
「俺も。なまえちゃんが好き。すっげー好き」
そう言ってギュウギュウ抱きしめてくれる木兎くんを、同じように強く抱きしめ返す。
しっかりと抱き合って動かない私達。
握りしめたままのスマホに付いているクマのストラップだけが、2人を祝福するようにしずかに揺れていた。
END
by 朋様
HQ きみが揺らしたストラップ [ 04 ]