- ナノ -
01
朝6時10分発の電車に乗り込むと、だいたい見かけることができる。
車両もだいたい同じ。
いつも出入り口近くに乗って音楽を聴いているか、スマホで何かを見ている。
そのスマホには、人気キャラクターのクマのストラップが付いていて、スマホより大きいのが特徴。
他校の制服を纏った女子。

近くの女子高に通っていて、木兎が乗るより前の駅から乗っていて、木兎が降りるより一つ前の駅で降りる。

木兎自身、いつも見かけるからなんとなく顔を覚えているだけで、他に彼女における情報を何か知っているわけでも、求めているわけでもない。
ただ少し…

「……(今日も可愛いなぁ)」

とチラリと視線を向けるだけ。
一瞬見て、彼女が降りるのを視線で見送ってそれでお終い。
木兎の意識の中では、それ以上でもそれ以下でもない。


朝練を終え教室に入れば、始業までまだ少しある時間。

「おっはよー!」

「おー!木兎おはよー!
なぁ、聞いた?サッカー部の澤井、彼女できたらしいぜ。」

「マジか?!」

木兎が自分の席に着けば悪友が寄ってきて、“悲報”を告げる。
“悲報”というのも、この悪友と澤井と木兎の三人で、今学期、誰が一番最初に彼女ができるかという賭けをしていた。
残念ながら、負けた木兎たちは、澤井に食堂の昼飯を奢らなくてはならない。

「お前らよろしくなっ!」

噂をすればその澤井がやってきて、木兎たちの肩を叩く。

「はぁ…俺も彼女欲しー!」

「だなー」

二人で溜息を吐く。

「そんな溜息吐いちゃってるお前たちに朗報〜!」

そう言って、澤井がスマホの画面を見せてくる。

「俺の彼女ちゃんが、特別にお前らに友達を紹介してくれるってよ!
どっちか好きな方を選べ!!」

SNSのアイコンには、可愛い顔の自撮り写真をアイコンにしている子と見たことがあるクマの人形の写真。
はて、どこでみたやつだっけ…
木兎が悩んでいる隙に、悪友は自撮り写真の子を選んでしまった。

「うっわ、ずっりー!」

「ま!木兎、お前部活忙しいだろうけど、ちゃんと連絡しろよ。」

俺のメンツのためにも。
そう澤井に肩を叩かれれば、担任が教室の扉を開けた。

スマホに送られてきたIDを検索すれば、出てくるあのクマの写真のアイコン。
どこで見たものだったか必死に考えていたが、結局授業が始まるころにはバレーしてぇなぁなどと思考はすり替わっていた。

昼休みになって、弁当食べてから悪友と二人そろって紹介された子にメッセージを送る。

「やっべ…女の子とやり取りなんて久しぶり過ぎんだけど…」

緊張しながら何度か再考を重ねた文章を送ってから、木兎は落ち着きがなくなる。
その様子を見てケラケラと二人に笑われるも、バレーでは感じない緊張感が心を支配するのだからしかたない。
返事を待つ側というのは、ソワソワするもんだよな、と諦め半分でいると少しだけ震えるスマホ。



『初めまして、みょうじなまえです。よろしくね、木兎くん』



みょうじ、なまえちゃん…。
木兎は何度か心の中でその名前を繰り返し、少し高鳴る胸が期待を報せる。
午後も彼女とのやり取りをこっそりと机の下で繰り広げるものだから、授業なんて一つも聞いていない。

『なぁ、そのアイコンのクマ、俺どっかで見たことあるんだけど…』

『これ?これは、限定ので普通のとはリボンの色が違うんだよー!気づいた!?』

嬉しそうな返事に、そのクマのことはよくわかんねぇから良いか、と深くは追及はしなかった。
それでもポンポンと弾む会話は少なからず木兎にとって楽しくて、なまえに対する好感度は高かった。
数日そうやって続いた会話。

『おはよう、木兎くん。今日も部活頑張ってね!』

『おはよー!来週から他校との合宿もあるし、頑張るぜー!
なまえちゃんもバイト無理すんなよ!』

次第に日常になるやり取り。
毎日続くやり取りを、まったく苦に感じられないのは、木兎の部活中心の生活によって遅れる返事に対する寛大な対応のおかげ。

『ファミレスで女子会!』

添付されている写真に映るピースした指はきれい。

『うわ!俺もめっちゃポテト食いたくなってきたー!』

なまえ自身、夕方から夜にかけてコンビニのバイトをしているから、木兎の部活動時間には返事ができない。
お互いに顔も見たことなければ、声さえ聞いたことがない。

『じゃ、部活いってきまーす』

『うん、怪我しないように頑張ってね!』

なのに、その返信を見て緩む頬は、彼女からの返事に喜んでいる証拠。



赤葦と駅で別れて、電車に乗る。
合宿へ向けて気合入りすぎて、いつもより遅くなった帰路。
人もまばらで、座席も余裕で座れた。
走り出す電車の揺れに心地よさを感じながら、見やるスマホのディスプレイはまだ光ってはいない。

いつもならとっくにバイト終わってるはずなんだけど…。

少しだけ感じる不安も音を立てて開いた扉の先に視線を奪われた。
数人の人が乗り込んできて、最後に入ってきた女子高校生は、いつものように出入口のそばへ立つ。
少しだけ荒くなった呼吸を整える様子は走ってきたのだろう。

「…!!?」

カバンを少し漁って出してきたものを見て、木兎は声を上げそうになったのをなんとか口を両手で押さえることで止めた。
彼女はクマのストラップが揺れるスマホの画面を何度かタップして、再び大きく深呼吸をした。
手の中で揺れるスマホに視線を向ける。

『今日はバイト遅くなっちゃった。木兎くんは、もう帰ったかな?』

一回一回が馬鹿みたいに大きな音を立てて鳴る心臓が煩わしい。
ウソだろ?まさか…。
そんな思いと裏腹に熱くなる体温。

『お疲れ!俺も今帰り。この時間は電車空いてるのな!』

木兎が送信ボタンを押して、そう時間がかからず、彼女のスマホは受信を知らせた。
それを開いた彼女の頬が緩んで、スマホ画面を見て微笑んでいるのが暗い窓ガラス越しに見える。

『そうなんだ!木兎くんもお疲れ様。私の乗ってる電車もガラガラだ〜』

アイコンのクマと、彼女のストラップを見比べる。
限定色と言っていた、金色のリボンがクマの耳の前に付いている。

毎日やり取りが続いている“みょうじなまえ”は、おそらく今目の前にいる人物。

どんどん早くなる心音と呼吸に、木兎は話しかけるタイミングを見失っていた。
気づけば、自分が降りる駅。
電車が完全に止まってから立ち上がった。
彼女の横を数人が通り抜け、木兎はそれを見送り最後に降りた。

ホームの黄色い線の内側。
振り向いたら、ちょうど視線が合った。


「気を付けて帰れよ、なまえちゃん!」


違っていたらどうしよう、と心配していた感情は、彼女の驚いた表情によってやっぱりそうかという確信へ変わった。
閉まった扉の向こうで、揺れたクマのストラップ。
一緒に俺の心もぐらりと大きく揺れた。


HQ きみが揺らしたストラップ [ 01 ]