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不確かな好きを確かめる
大学生設定



先輩たちの引退試合が終わった。涙を呑む結果ではあったけれど、先輩たちの熱い思いを引き継いで新体制でまた頑張っていこうと思える試合だった。
中でも、今期の新キャプテンに選ばれた山形くんの、リベロとしての安定感がこの試合を支えていたし、新チームのこれからも支えてくれるといっても過言じゃないプレーには目を惹くものがあった。普段は頼りがいのある面白い彼だけど、どことなく抜けてる部分があって、それを支えていければ良いなとマネとして改めて自覚する。

「みょうじさん、何笑ってんだ?」

突然覗きこまれた顔は近くて、歩みが止まった。
あなたのちょっと抜けてるところを思い出して笑っていたよ。なんて言えるわけもなくて、でも試合の時の緊張感のある顔と違って、きょとんとしている山形くんの顔が少し可笑しくて吹きだしてしまった。

「ふふ、ごめん。なんでもないよ。ビール重くない?もう一袋持とうか?」

この大会が終わった後、知り合いのつてを使い格安で借りた海辺のコテージ。先輩お疲れ様&就活頑張ってくださいを兼ねた送別会をするのが毎年恒例行事。
先輩たちが夕暮れの海で泳いでいるのを横目に、買い出しの物をコテージへ運び込む。

「みょうじさんが笑ってたことの方が気になる」

また歩き始めた私の横に並び、少し口を尖らせる。

「気になる?大したことじゃないよ」

「んー…?俺の事考えてたなら良いなって思ったんだけど」

少し照れくさそうに、にひっと笑った山形くんはそれ以上は言わず、先に行ってしまった。彼の言葉の真意はわからないけれど、今の笑った顔にはドキンと心が跳ねて驚いた。
普段からなにかと気にかけてくれるし、優しい山形くんからそんなこと言われると、もしかして……なんてちょっと期待してしまいたくなるじゃないか。



私もみんなと海ではしゃぎたっかたけれど、ふわりとした気持ちのままコテージの中にある台所で、夜のバーベキューの用意をした。他のマネたちと準備していると、海から戻ってきた部員も何人か手伝ってくれる。その中に山形くんもいるものだから、変な意識をしてしまわないように気を付けた。

「ヨシダさん、これってどうやって切るんだ?」

後輩の子に指導を受けながら野菜を切る山形くんの手つきは危なっかしい。けれど、助けを求められたのは私じゃなくて後輩のヨシダさん。

「やだー!隼人先輩、包丁の持ち方から怖いんですけどー!」

「え、悪ぃ。こうか?」

「違いますよ、もー」

楽しそうに野菜を切ってる二人を見て、吐いた小さな溜息に自分では気付かなかった。
さっきのあれはきっと冗談というか、きっと山形くんなりに何か気を遣っての発言だったに違いない。そうだ。ニヤニヤ笑ってた私を気持ち悪いけど気遣ってくれたんだ。そうだそうだ。
そう自分を納得させながら、そっと視界からフェードアウトして、盛られたお肉や野菜たちの乗った皿を外へと持って出た。だって、自分がモヤモヤしてる意味なんてよくわからないのだから。



外にセットされたテーブルに適当にお皿や箸を並べた。すっかり暗くなってきた空には一番星が輝いているし、夏の終わりを感じる風が頬をくすぐる。
海で遊んでた先輩たちも戻ってき始めていよいよパーティーは始まる。

「みょうじさん」

不意に後ろからかけられた声に驚いて紙コップを落とす。

「あ、山形くん。手は切らなかった?」

彼が持っていた野菜が盛られたお皿をもらい受ければ、彼がコップを拾ってくれた。歪なお野菜たちだけど焼いてタレつければまぁ美味しくいただけるだろう。

「ああ。向いてないから代わってもらった」

「できると思ったの?」

あまりにも真面目な顔でそう言うから笑ってしまった。普段は寮生活してて、高校時代も寮だったという彼が、料理ができたらそれこそ驚きだ。

「包丁は力を入れすぎず、刃に近い柄のところを優しく握って、猫の手にするんだよ。抑えてる左手の高さより刃を上げたらダメ」

「ふーん。やっぱりみょうじに聞けばよかったな」

「ヨシダさんもちゃんと教えてくれたでしょ?」

さっきと同じだ。期待しちゃダメだし、彼はなんなら無意識でこう言ってるのだから。どくどくと鳴るのが耳障りで冷静さを欠いてしまいそう。


「俺、みょうじさんのこと好きなんだと思う」


こっちが必死に冷静になろうとしてるのに、次々と爆弾を投下してくる山形くん。
また、ねぇ、それはいつものジョーダンでしょ?
しかも不確定なその告白はどういうつもりなのか。考えすぎて考えられなくて、私の出した答えは、逃げ、だった。

「き、気のせい、なんじゃないかな?部活で、一緒にいるから気になってる、とか……ね?ヨシダさんだって、“隼人”先輩って呼んでるしすごく慕ってると思うよ?」

よく考えてみてよ、そう言って誤魔化せば、眉間に皺を寄せて何も言わずにこちらをジッと見つめたまま。私が嫌だと言っているように聞こえてしまっただろうか。でも後先考える余裕も私にもなくて、曖昧に笑う。
気まずくてどうしよかと思っていたところで、戻ってきた先輩たちがガヤガヤと外へ出てきてくれて助かった。

「お疲れ〜!みょうじちゃんも準備ありがと〜」

「あれ?もしかして邪魔した雰囲気だった?」

「あ、いえ!先輩たちビール持ってきますね!」

ニヤニヤした視線が引っかかるけど、放って中に逃げ込む私を呼び止める声は無視した。
さっきまで感じていたどきどきは気付けば、ズキズキと苛むような音に変わっている。





どんちゃん騒ぎが始まってしまえば、二人で話してる暇もなくて。私も先輩マネや後輩の子とお酒を飲んだり、同時進行で片付けたり。いつもより早いペースで進むお酒。
季節外れのコテージにほかのお客さんはいなくて、どれだけ騒いでも怒られないから周りを気にせず騒げる。といっても、騒ぐのは主に男性陣なんだけど…。みんなで大声で歌ったり、お酒入ってるのに鬼ごっこ始めたり。

「本当あいつら子どもなんだから…」

「えー?先輩も混ざりたいんじゃないんですか?」

「なわけあるか。ところで、ヨシダは?」

そう言われて見渡すと、彼女の姿はなくて。私はなぜだか一抹の不安のまま、山形くんを目で探していた。先輩たちと楽しそうに飲んでる姿が見えて少しホッとしている自分。
どうしてなのか、なんて考える間もなく山形くんとパチリと視線があってしまう。偶然の一瞬だけど、彼は、持っていたお酒の缶を少し持ち上げ小さく首を傾げて笑った。
酔っているのか少しだけトロンとした目。

やだ。

まだじくりと心から音がして、息が詰まるみたいに酸素を吸えなくなる。飲みすぎているお酒のせいで顔だって熱い。
自分から視線を逸らしたくせに、もう一度見るともうこちらを見てはいなかったことを少し寂しく思ってしまっていた。

「ヨシダ、呼ばれたらしいよ」

先輩の声で現実に引き戻される。聞けば、引退する先輩に呼び出されて二人で抜けたらしい。ヨシダさん可愛いからな。
始まる恋愛トークに私は適当な相槌ばかりで「眠いの?」と笑われた。



そこからは酒の肴に女の子の下世話な話が広がって楽しく飲みすぎた。結局朝日が昇る少し前、空が白み始める頃に部屋に戻って寝ることになる。何人かはすでに外に倒れているけど、寒くもないし起こしても起きないので放っておくことに。先輩ごめんね。

男女別々に〜なんて言ってたのに、先に入った順でバタバタと床に雑魚寝していくみんな。
寝静まるのもあっという間で、何人かのイビキが大合唱だけどもう気にしない。これだけ泥酔いしていたら変なことも起こり得ないよね、とお酒と疲労から眠気には勝てない頭でそう思いながら、片っ端から持ち寄ったタオルケットなんかを適当にかけて回った。

私も早く寝よう、そう思って空いた狭いスペースにタオルケットに包まって横になる。
床で寝るのは少し辛いけれど、眠気には敵わない。
すぐにうとうととし始めたのに、誰かの動く気配。しかもあろうことか、その気配は私の前にやってきて私のタオルケットの中に入ってくる。
重い瞼を少しだけ開けて、相手を見て、思わず声が上がりそうになった。なんで、と叫びかけた声はなんとか飲み込んだ。

「シッ」

眠そうな目をした山形くんが、立てた人差し指を口に当てた。
鼻と鼻がくっつきそうなほどの至近距離にその顔があるのだから、声も上がりそうになる。目を見開いたまま瞬きもできない私を見て、相変わらず重そうな瞼の山形くんはふわりと優しく笑った。

「俺、やっぱお前が好き」

目覚まし時計のように鳴り響く鼓動がうるさい。それは、今度こそ本気で言って、る…?
考える隙もない。山形くんの手が私を体ごと引き寄せ、近づけた。視線はずっと私を見据えたまま。
ゆっくりと触れ、小さな音を立てて離れた。
柔らかく触れたそれがなんなのか、気がついたら唇に指先で触れている。顔中熱い。いい加減目も乾いて、ぎゅっとつむってまた開いた。

「なまえ」

嬉しそうに呼ばれた名前に顔を上げる事も出来ず、もう一度引き寄せられて、彼の胸に顔をぶつけた。その声はもうずいぶんと寝言に近い。早鐘を鳴らしていた心音は彼のそれと入り混じる。ドキドキするのに、温かな抱擁が微睡みへ誘った。

おはようの代わりに「私も」を言おう。




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