リップのついた唇で甘いシューを 2
朝からなんだかソワソワする。及川たちが、プレゼントなんだと思う?とか、女子の手作りケーキテンション上がるけどあいつらが作ったのなんて……とか話していたけど、全然会話が頭に入ってこなくて、適当な返事を繰り返していた。
「花巻、どうかしたか?」
松川からそう声がかかれば、振り返る他の二人。
…ダメだ。
こいつらにはまだ言えない。言った先に、からかわれたり、パーティーで変な空気にされたら、きっと困るのはみょうじ。
「ナンデモナイ」
ポケットにしまい込んである小さな物に指先が触れた。
インターホンを鳴らせば騒がしく出迎えられる。二階にあるみょうじの部屋にみんなが通されるなか、一人キッチンへ戻るみょうじの後をこっそりと追った。
「みょうじ」
「わっ!どうしたの?花巻も二階に上がってて良いよ?」
視線を合わせず軽く笑いながら、リビングテーブルに広がる調理器具を片付け始める。
「あ、昨日のことならもう良いから。本当に忘れて!……改めて、フラれるとか、恥ずかしいし」
まだ何にも言ってないのに、恥ずかしそうに俯いたまま。
ふと、気になるのは、彼女の唇。今日はそのままの薄桃色。
「今日は塗らないの?」
彼女が自身で触れた唇は柔そうな弾力。
「結局昨日ので使い切ったみたいで」
シンクで、スポンジに洗剤を泡だてながら、気に入ってたのにな、というつぶやきに内心はガッツポーズ。ポケットに入れたまま、アレを掴む。
昨日あれから俺は、ドラッグストアに戻り、みょうじが“これ”と言っていた新色リップを持ってレジへ並んだ。包装なんてしてもらえるはずもなくて、しかたなく、今日そのまま持ってきてしまい、どうやって渡すかなんて考えてなかった…。
「昨日の話…」
ガシャン!
シンクの中にボールが落ちる。ごめん、と謝罪を口にしながら掴もうとするも泡で上手く掴めずに落ちる。もしかして、動揺してる?
かぁっとみょうじの顔が赤くなるものだから、おかしくて…つい、いたずら心が沸く。
「なぁ、こっち向いて?」
「い、や、ごめん、ムリ」
思い切り顔を背けられた。その距離を近づけ、彼女の隣に立つと慌て逃げられる。
泡や水が床にぽたりと滴を垂らすのも気にせず、彼女はその背中を冷蔵庫にぶつけた。
「俺の話、聞いて欲しいんだけど?」
「いや、いいって、」
「ねぇ、目、閉じて」
突然そう言えば、は?と首を傾げられる。俺の行動がさっぱり読めず、混乱している様子が可笑しい。
そりゃ、わけわかんねぇよな。クスクスと笑いが漏れた。
もう一度、目を閉じてと促すと、観念したようにおずおずとその瞼を閉じた。
「っ!!?」
その唇に、昨日買ったばかりの薄紅色のリップを塗る。思った以上に柔らかで上手く滑らないから、顎を掴めばビクリと揺れる肩。わずかな距離は、呼吸を頬で感じるくらい。震える睫毛が長くて可愛い。
「ん?なんか昨日のより紅い」
昨日、みょうじがこれだと選んでいたものを買ったつもりだったけど、違った?
「はははなま、きっ!?」
「はい、これ。俺からのクリスマスプレゼント。わりぃ、色間違えたかも…」
彼女のエプロンのポケットにそのリップを入れ、どければ顔を赤くし放心状態のみょうじ。その反応、うん、満足。
「俺もお前のこと好きだから。昨日、すぐ返せなくてごめん。」
「う、そ」
「ホント」
みょうじは慌てて手をタオルで拭いてリップを確認する。
「色、合ってる!ありがとう、花巻!」
嬉しそうにはにかんでリップを見つめる姿に、思わず俺も顔が綻ぶ。ま、結果オーライってことで。それなりにかっこのつく返事の仕方だったと思うのだけど。
「あの、実は私も花巻のためにプレゼント、あるの」
「え?」
再び冷蔵庫の前に立つと、ニヒっと笑った彼女が冷蔵庫を開ける。その扉がゆっくりと開くとその真ん中に鎮座する
「うお、めっちゃシュークリーム!!」
たくさんのシュークリームたちが、ツリーの様に高く積まれ間からはイチゴが覗いている。
「これがクロカンブッシュ。シュークリーム好きな花巻なら知ってるかと思ってた」
「すっげー!!!これ女子たちで作ったの?」
思わず手が伸びるも、ダメと静止される。
「みんなに手伝ってもらって。花巻、喜ぶ、かなと思ったんだけど」
なんなの?みょうじめっちゃ俺のこと好きじゃん。
二人で冷蔵庫に顔突っ込んでるから、恥ずかしそうに笑う彼女の顔が、思いの外近い。先ほどリップを塗った唇は、塗った時とは色が変わってみょうじに合う薄紅色。
水分量がどうのとかセンサーカラーって言ってたのは、こういうことかと納得する。ぱちりと上目遣いの視線と目が合えば、その唇とそろって誘惑してるとしか思えない。
「シュークリームはまだ我慢するから、こっちちょーだい」
冷蔵庫の扉を押え逃げ場をなくし、そっと顎を上に向かせて、重ねる唇。ほんの少しの時間。
先ほどリップを塗った時にも思ったけど、みょうじの唇って本当に柔らけぇの。リップの感触もそんなに悪くないし、ハマりそう。
「ありがと、なまえ。これから、よろしく」
「花巻、っも、急すぎるから!」
一生懸命に動揺を隠そうとするも、こんだけ近いと早い心音ダダ漏れ。きっと俺のも、聞こえてるかも。
彼女の手が俺の服の裾を掴んで、もう一度見上げられる。
「…よろしく、貴大」
あ、今、俺心臓止まったわ。
きつく閉じ込めた腕の中と、扉が閉まった冷蔵庫の向こうで、にやけた馬鹿たちと視線が合った。
HQ short [ リップのついた唇で甘いシューを 2 ]