- ナノ -
リップのついた唇で甘いシューを 1
「花巻聞いてる?」

え?なんだったっけ?視線はみょうじの唇に夢中だった。艶々とした薄紅色は、合成的でもなく不自然でもなく、彼女の唇を彩っている。
女の子が好きなグロスだっけ?あのねっとりとした…あんなイヤラシイ感じでもなくて。

「なぁ、その唇どうなってんの?」

「やっぱり聞いてない…。なに?唇がどうかした?」

「いや、綺麗な色だなぁと思って」

深いところは言えないけれど、素直にそう感想を伝えれば、大きく見開いた目とそっぽを向く染まる頬。

「CCリップ」

「ごめん、わかんない」

「センサーカラーリップティントって言って、自分の唇の水分量によって、色が変わるの。グロスみたいにベタつきもなくて、でも口紅よりは艶っぽく自然な発色で…」

その説明はさっぱり入ってこないけど、要するにそのリップは彼女のお気に入りらしい。確かに艶っぽくて、妙に色気を感じてしまう。

「……また聞いてない」

「ごめんごめん、そもそも明日のクリパの買い出しの話だったよな?」

男バレ、女バレの三年で部活お疲れ様でした会をクリスマスパーティー兼ねてやることになった。場所はみょうじんち。それで、買い出しを手伝ってくれないだろうか、と誘われたところまでは覚えてる。
呆れられ、いいから付いてきて!と袖を引かれる放課後。



「そーいえば、午前中のうちに女子たちがケーキ作るんだっけ?」

商店街を通り抜けながら、先ほど買い物し自分が持たされてる荷物の中身が何になるのか、ようやく理解した。

「うん、そう。花巻は、甘いの好きだよね」

自分のこと知られているむず痒さと、ふふっと笑う姿に少しだけ乱れる心音。
至って冷静を装うけど。

みょうじは同じクラスで同じバレー部だからか、よく喋る間柄。女子の中では比較的仲も良くて…って言っても本音は、仲良くなるための努力をしたっつーか。
2年の終わり頃から良いなぁと思い始めたら、彼女に向けて転がる下り坂。
好かれてはいると思う。でも、踏み出すきっかけは見当たらないって感じ。

「好きだけど、美味しく作ってくれよ?」

「クロカンブッシュ」

「ん?くろ?なにそれ。なんか今日お前の口から謎な言葉ばっかり聞いてる気がする」

みょうじが呟いた言葉はまたも俺には馴染みのない言葉。きっとケーキの名前だろとは思うけど、クリスマス用のケーキなんだからクリームのたっぷりついたホールケーキだろうと予想した。

「あ、ドラッグストア寄っても良い?」

お店の出入り口に、人気商品と大きくポップされた場所に彼女の横に並んで立つ。

「荷物」

商品を取るのに邪魔そうにしてたから、そう声をかけたのだけど

「ありがと」

やんわりと笑うその顔が、とてつもなく可愛いと感じてしまうのは、きっとナントカの病ってやつ。

「これだよ!さっき言ってたCCリップ!もうすぐで無くなりそうなんだよねー…新色が可愛いから買っちゃおうかな」

買おうか悩んでいる様子で、手に取った薄紅色をそっとまた棚に戻した。

「いや、やっぱ良いや。今回、プレゼントに力入れちゃったし」

付き合わせたのにごめんと謝って、苦く笑う。みんなでプレゼント交換することになってるから、その話のことだろう。俺も先週及川たちと買いに行った。

「ふーん」




商店街を抜ければ、彼女の家まで目と鼻の先。

「そう言えば、俺、甘いの好きって言った?」

確かに好きだけど、誰もが知ってることではない、はず。それを知られているって、どういうこと?
歩きながらずっと悶々としていた疑問を投げかける理由は、わずかな期待。


「え?ああ……私、花巻のこと好きだからね。知ってるんだよ。それによくシュークリーム食べてるじゃん」


「……え?」

「シュークリーム」

「いや、そっちじゃなくて!」

あっさりと、シレッと、表情一つ変えずに彼女の口から出てきた言葉に身動きが止まる。今なんつった?
脳内で何回巻戻し再生しても、「花巻のこと好き」が響くのは聞き間違い?

「花巻のこと好きなの。あ!でも、別に付き合って欲しいとか、そんなこと、高望みしてなくて……別に今まで通り友だちで良いから!」

耳まで赤くなっているみょうじに、荷物を奪われる。何か言わなくちゃとそう思うが、みょうじに言われたことが嬉しくて、出てくる言葉はない。
え?いま?なんでこのタイミングなんだよ?
確認しなければならない疑問は溢れ出るというのに、どうしよ。嬉し過ぎる…!

「じゃあ、また明日」

そう言って、玄関の門を潜った彼女を呼び止めたのは、反射。


「みょうじ!……俺も、お前のこと、可愛いと思ってて」


必死に続く言葉を探すけど、突然過ぎてなんも出てこねぇよ!言いたいことはこれであってるのか?

「あはは!ごめん、そんな気にしなくて良いから!でも、お世辞でも嬉しい。ありがとう。また明日ね」

結局、本心は彼女の胸まで届かなかった。
試合の結果を左右するラストサーブが俺の手に委ねられた時のような緊張感。心臓は煩く鳴って、体は熱いのに指先だけがいやに冷たく感じる。酷いパニック状態と冷静さの繰り返し。
こんな状況でまともな判断つかねぇよ!あの一瞬になんて返せば、俺の心がかっこよく伝わったわけ?

グダグタ考えても、サーブを打てるのは、俺だけ。

突っ立っててもどうにもならないから、足早に元来た商店街へ戻った。


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