クリームオアクリーム
※2017/12/5 赤葦B.D.
今日が特別な日という認識は自分の中にはない。
子供の頃はケーキやプレゼントが用意されていて、優しい両親には感謝していた。
でもだからといって特別かと言われれば、クリスマスなんかと変わらなくて行事のうちの一つ。そんな感じだった。
それが変わったのは、彼女と付き合い始めてから。うん、その自覚はある。
彼女を好きになったのはもっともっと前の話で、自覚どころか、心からガッサリ奪われて、今も返って来ないのだから、困っている。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
間延びした声は疲れの色を感じ、心配になる。年末もすぐそこまで迫っていて仕事が忙しないのだと、毎日くたくたになって帰ってくる彼女。
もう一度おかえりと言ってその背中にぎゅうと抱きつき、大好きな甘い香りを纏う。
「京治くーん!ただいまっ!お誕生日おめでとう!」
俺の腕の中でくるりと向きを変え、抱きつき返される。可愛くって愛しくって、自分でもおかしいと思うほどに口元が緩む。
「ありがとう、なまえさん」
「大切なお誕生日に帰りが遅くなってごめんね。ケーキ買って来たから食べよ!」
それよりご飯とお風呂済ませてください、と言えば文句を垂れながらも素直に従ってくれる。
お風呂と食事を済ませ、食器洗いはなまえさんの担当。俺はいつも彼女の帰りを待ちわびながら料理を作る。彼女は食器洗いだけじゃなく、休日は洗濯やお風呂掃除や時にはご飯だって時には用意してくれている。
これくらいはするから!と、仕事で疲れてるはずなのに、なんでこの人はこんなに甘えてくれないのだろう。
「食器洗い終わりー!ケーキ食べよ!」
ニコニコと嬉しそうに冷蔵庫からケーキを出してローソクを立て火を点けた。電気を消すと、やんわりとした光に包まれた彼女。
「京治くん、お誕生日おめでとう!それから、いつもありがとう!」
なまえさんがケーキをテーブルに置き、鞄から綺麗にラッピングされた、所謂プレゼントを俺に差し出してくれて、込み上げるのは嬉しさ。包みこむようなむず痒い温かさを感じる。
いつの間にか俺にとって特別になっていったこの日。それは間違いなく彼女のせいだし、彼女のおかげ。
「ありがとうございます。俺からも一つ良いですか?」
プレゼントを受け取り、テーブルにそれを置き、彼女の横に跪く。なまえさんは何事だと、動揺を隠せず揺れる炎と同じ様に視線を漂わせていた。
「いつも頑張りすぎですよ」
手を取り、チューブを捻る。彼女のお気に入りの匂いがするりするりと、手を滑らすたびに甘く広がる。
「え、あ、け、京治くん!!?」
職業柄、水に触れることの多いその手はどれだけハンドクリームを塗っても乾燥との戦い。くすぐったそうに恥ずかしそうに何度か名前を呼ばれても無視を決め込んで、その手に触れていた。潤いを与えられて、熱を帯び、なめらかになった手の甲や指先を形のなぞるように指先で感じれば、それだけじゃなく、それ以上に。
「京治く、ん!ケーキ!ケーキが、ね?!」
同じ様に耐えられなくなった彼女が無理矢理手を引っ込めて、ケーキに注目させられる。見れば、蝋が滴れて、ケーキを汚していた。炎もクリームに近づき熱く溶かす。
ふぅっとそれに息をかければ、光の奪われた暗闇。窓から入る街の光に目が慣れれば、ゆっくり辿る輪郭。膝を立て、下から彼女の唇に重ねる自分の唇。深く、滑らかに、熱く。
離そうとするのを逃さない様に頭を押さえ腰を抱き寄せれば、先ほど潤した手がゆっくり伸びて抱きつくように肩にまわる。なまえさんの口から漏れるのは、甘美な誘惑。
「…ふふ、もう。ケーキ、しまっとく?」
「はい」
距離を取りやわく漏れる笑いと、妥協の対応。そう、甘やかされてるのは俺で。甘やかして欲しいのも、俺で。この時この瞬間は、彼女の甘さが俺にだけ向いてるこの事実が何より幸福。
ひとなでクリームを掬ったフォークが口に向けられ、ぺろりと舐めとると甘く美味しい。ケーキを箱へ戻し冷蔵庫に片付け、戻ってきた彼女へと再び手を差し出した。
案内するのは、俺から与えるこのクリームのような甘い時間。それをわかってか期待していてか、困ったように笑いながらも色を孕んだ瞳。
本当に、俺の心、返す気ないでしょ?まぁ、返品されても困りますけど。
誕生日なんで、なまえさんの心も貰って良いですか。
二度目のキスはクリームの甘みを。
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