例えるなら君は白い花 2
※赤葦くんがとっっっても変態です
「赤葦くん、良かったら連絡先交換しない?」
まずはここからだよね。
一体なぜ告白された側の私がこんなこと切り出さなきゃならないのか。あまつ、この前「お前の体がスキ」宣言されたのに。臍で茶を沸かしたくなる。
遡ること二日前。私の元に銀色に輝く頭の先輩がやってきた。複数の部下を連れて。なぜか教室には赤葦くんはいない。
「みょうじちゃん、だっけ?ちょっと今いい?」
オシッコ漏らしそうなぐらいビビったことは今となっては苦笑い話。木兎先輩の真顔コワイ。それだけ言って返された踵はようするに、強制連行。クラスの注目の的となりながら教室を出た。
「率直に聞くけど、みょうじちゃんさぁ…赤葦のことどう思ってんの?」
細めたられた目が怖くて逃げられない。蛇に睨まれたカエルは返す言葉も見つからなくてググッと息を飲んだ。
「木兎怖えよ」
「みょうじちゃんごめんね?別に脅迫してるわけじゃないから〜」
「きょーはく?!してねぇよ?!怖くねぇよな?!」
そう言ってさらに詰め寄る先輩に後ずさる。怖いか怖くないかで言えば、お化け屋敷のど真ん中に一人置いて行かれた気分。気にして声をかけてくれたお化けでさえ怖い。
「木兎引っ込んでろよ。話がややこしくなる」
狐目の先輩は確か木葉先輩。
「最近さ、赤葦がすこぶる絶不調でさ。理由を聞けば、“みょうじさんに嫌われたかも”ときたもんだから…。」
自分の不調に私を巻き込まないでー…。思わず遠い目になる。先輩に心配かけるわ、部活に支障きたすわ、一体どういうつもりなんだ赤葦くん。
「恥ずかしい話、うちら男バレは赤葦が要を押さえてるっつーか、要っつーか…だから、赤葦の心配ごとは少しでも手伝えねーかと思って」
「木葉なに難しいこと言ってんだ?赤葦凹ます彼女見に行こうって言ってたじゃん!」
「おい、木兎黙ってろ」
「面白半分だったわけですね」
「ち、違うよ?!本気で赤葦とみょうじちゃんを心配してんだよ!?」
爆弾発言の木兎先輩に殴る蹴るの暴行を加えながら慌てて私にフォロー入れるが、面白がられてるということは間違いないようだ。
「赤葦さ、日常においてはポンコツだから上手くみょうじちゃんに伝わってないと思うんだけど、結構みょうじちゃんのこと大好きなんだよ!あー見えて!告白だって、あいつにしてはすごい勇気出したし!」
胸に突き刺さる矢がキリキリと音を立てる。
「ちょっと変態で頭オカシイとこあるけど、悪いやつじゃないからさ」
もう一回向き合ってやってくんない?と先輩二人に頭を下げられる。木兎先輩は伸びていた。こんなこと先輩に言われる義理じゃないし、二人の問題なのに口出すとか保護者かよ…なんて悪態吐きたくなった。
先輩たちのフォローの甲斐あってか、私の中に渦巻いていた毒素は出て行く、けれどその日から私は頭を悩ませて考えた。
正直、ここはこのまま別れるべきだったのかも知れない。そうできなかったのはなんとなく悔しかったのと、先輩にせがまれたからなのと、とりあえず優良物件だからという理由にしておく。
冒頭の言葉に戻れば、あ、わかりやすく赤葦くんの顔の周りが輝いた。
「赤葦くん部活忙しいだろうから、おはようとおやすみぐらいしか用ないかもだけど…」
付き合って一ヶ月に差し掛かろうというところで、ようやく互いの連絡先を交換。少しずつお互いを知っていきたいと提案すれば、またわけのわからないふわりとした表情で笑って「うん」と言ってくれた。
「ありがとうなまえ」
「名前呼び、許したわけではないんだけど」
勝手に名前で呼び始める赤葦くんは、いつもと変わらない表情なのに、雰囲気は明るくなった気がする。心臓の音ってこんなにうるさかった?私が緊張してるから?
「それと、もし良かったら今日の放課後部活終わるの待ってても良い?一緒に帰ろ」
私告白されたほうね?もう一回言うけども。
付き合うと決めたのだから、せめてもう少し彼氏彼女らしいことをしてみるべきだと思った次第のお誘い。けれどこのお誘いは丁寧に断られた。木兎先輩の自主練が終わらないと帰れないから、何時になるかわからないという理由で。
だけどまぁ待つよね。さすがに時計が夜の21時を回れば辺りはとっぷりと暗闇に沈んだ。待ってる間に今日の宿題終わっちゃったよ。多分学校に残ってる生徒はこの人たちだけ。
だから良いか、と思って男子バレー部の部室の前に座って壁にもたれて携帯をいじっていた。
「本当に遅い」
怒りよりも呆れて笑ってしまう。噂には聞いていたけど、赤葦くんって淡白に見えてあれで結構熱い男。こんな時間まで先輩に付き合って自主練とか本当に尊敬するし、強豪校って言われる理由は努力にあるんだなってつくづく思う。二年なのに先輩たちからもすごく信頼されてるみたいだし、赤葦くんって変わってるけど実はすごいんだねー…。
バレーボールが床を弾く音が心地よく響いていた。
「なまえ!?」
随分と慣れた感じで呼ばれたけれど聞き慣れない。ゆさゆさと揺さぶられて、驚いた。どうやら寝こけていたようで、赤葦くんと木兎先輩の顔が覗いていた。
「あれ…あ、おつかれさま…」
「何やってんの?何時だと思って…しかもこんな所に一人で…」
無理矢理に腕を引っ張られて立ち上がった。あれ?赤葦くんなにか慌ててる?怒ってる?
寝起きの思考じゃ考えつかない。
「あっかあし〜愛されてるぅ〜!」
木兎先輩に冷やかされたことだけはよくわかる。
とても冷たい声で「ちょっと待ってて」と言われ、ぼんやりとした頭で部室の外に立ち尽くす。笑い声が漏れていた部室からすぐに電気が消えて、木兎先輩と一緒に出てきた赤葦くんは、先輩を先に帰らせ部室と体育館に鍵を掛けた。
「あ、あかあしくん、ごめんね?あれかな…木兎先輩との時間を邪魔したから怒ってる…?」
無言のまま歩き出す。どうして私の家の方向知ってるかなんてもうなんとなく突っ込まない。
「違う。それ変な勘違い」
「スミマセン」
「ご家族の方が心配するし、校内って言ってもこんな時間に女子が一人でいるのは危ないだろ。何かあったらどうするんだよ」
淡々とした説教に“スミマセン”“ゴメンナサイ”を連呼した。そんなに怒らなくても良いじゃないか。
「ごめん。赤葦くんと彼氏彼女っぽいことしたくて…」
足を止めて素直に頭を下げた。理由はどうあれこんなに怒らせると思っていなかったから。付き合うって難しいね。世間の男女はどうやって上手くやってるのか…。
「シたいと思ったの?俺と?」
「“シ”が違うよ“シ”が。普通に付き合いたいし、赤葦くんのこと知りたいと思っただけ!それ以上はまだ考えてない!」
赤葦くんのキョトンとした顔はすぐに片手で覆われた。そう、あのよくわからない表情。頬を染めて眉間にしわ寄せて口を引き結んでる。言っとくけど、こっちだって恥ずかしいから。
「か、帰ろっ!」
二人してこんな赤面して突っ立ってたって、帰りが遅すぎると親に怒られるだけだし、なんなら警察に補導し兼ねられない。
三歩前にいる赤葦くんを早足で追い抜こうとしたら、伸びてきた手に引き止められた。
「なまえ」
なんで引きとめるんだよ!掴まれたところが熱いし、顔も熱いし、思考も熱いし!心臓がこんなに早く動くからだ!!
「名前で呼んで良いって…言ってない」
始まったばかりの私たち。好かれる努力も必要なのに、可愛くないのはわかっている。でも今の私の気持ちをなんて誤魔化せばいいのか。
「まだなまえって呼んじゃダメ?」
「…………良いけど」
「良いのかよ」
ふふって笑う赤葦くんはまるで白いチューリップが綻んでいるかのよう。
この心乱される感じも、伝わる柔らかな空気も、悪くないなと思ってしまっている。
ただ…
「そろそろ二の腕揉むのやめてね。今いい雰囲気だし…」
「ああ!道理で柔らかいと思った」
さも今気づきましたみたいな嘘くさい顔と二の腕を揉む手がイヤラシイのには溜息がでるけれど。離れた手は、今度は指先に絡まってぎゅっと握りあう。
こうして私は赤葦くんのことを好きになっていったのだった。
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