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「#お仕置き」のBL小説を読む
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疑問符方程式
 米屋陽介は好きなものに対するこだわりが強い。お気に入りの缶バッチ。お気に入りのジュース。お気に入りのお店。彼のお気に入りはたくさんある。
 かといって新しいものに挑戦しないわけではない。新しく始まった漫画。新しく買ったゲーム。新発売のジュース。ひとまず手を出してみるのも陽介の特徴。それはすぐに“好きなもの”と“そうでないもの”に分類される。
 面白い。つまんない。好き。嫌い。欲しい。必要ない。陽介の中の線引きはとてもはっきりとしていた。そして好きの分類に入れなかったものはいともたやすく捨てられる。陽介の視界から思考から消される。

 陽介とは現在恋人という関係にある。片思いだとばかり思っていたのに告白したらあっさりと付き合うことになった。といっても「マジ? じゃあ今からオレなまえの彼氏か〜」とヘラヘラと笑っていて、玉砕覚悟のあった私は呆気にとられる。傍目には喜んでいるように見えるけど、その深層部分はよくわからない。
 だから私は自分が陽介の中でどう分類されたのかわからない。もし“好き”の分類に入れなかった場合、飲み捨てられた紙パックのようにゴミ箱へ投げいれられてしまうのだろうか。

「え、いいの……?」

「なにが?」

「私と付き合うってこと?」

「そうじゃねぇの?」

「あ、え……そう、なんだ?」

 疑問符ばかりが浮かぶ会話。陽介は「よろしく」と笑うのに、私の中ではどこか腑に落ちなかった。
 私は陽介に好きだと伝えた。けれど陽介まで同じ気持ちだとは当然思ってはいなかった。だから玉砕覚悟で伝えるだけ伝えたかっただけなのに、まさか付き合う話になるなんて。
 恋愛経験の乏しい私は男女が付き合うということに詳しくない。なけなしの知識が導き出す解答は卑猥なのだったり酷いものだったり……。いやいや、米屋陽介がそんな男なわけないだろ。自分が好きになっておいて疑うなんて失礼だ。ふざけた性格だがそんな最低な男ではないことを私は知っている。でもそれなら、陽介が私と付き合うことにした理由はなに?



 付き合う、つまり彼氏彼女の男女交際が始まったわけだが、付き合うとはどういうことをすればいいのか。頭の中にある理想はあくまでも理想で、そこへ至るための手段や手順などは皆目見当もつかない。こういうのはその場の流れで、となるのかもしれないが、私には陽介の気持ちがわからないから“その場の流れ”というのもわからないでいた。
 今までは、出水とか三輪とか他の男子とか女子とか一緒に帰ったり、暇な日に遊んだりしていたのが、二人きりになってしまうといつも以上にその“その場の流れ”という題目の空気は読めない。

「あれ、出水は?」

「先に帰ったよ。なんか用事できた、とかで……」

 ごにょごにょと語尾を濁す。陽介が教室からいなくなった時、出水にこっそり「ゲーセン? それお前ら二人のほうがいいんじゃね?」と笑われ、私の言った「そんなことないよ」は言葉通りの意味で捉えられなかったらしい。二人でいるのは緊張するけど、好きな人と二人でいることを望まないわけでもない。でも出水たちがいてワイワイするのも楽しいから、どっちでも良かった。変な気づかいは無用だった。たぶん。
 人の減った教室の自席でスマホを弄って待っていた私のところへ陽介が来る。

「ふーん。じゃあ二人で行く?」

「あ、……うー、うん」

「え? それどっち?」

 どっち? え、どっちだろう。どっちにしたら正解なのか。陽介は笑っているけれど、私はこの一瞬の間にフルスピードで解を探していた。
 二人で行くって言ったほうが可愛げがある? 陽介の「ふーん」は出水がいなくてつまんないって意味だったかも? じゃあ早く帰るほうがいい? だって陽介は私を駅まで送ったあとボーダーへ行くのだから。
 一緒にいたい気持ちはあるけど、気のきく彼女でありたい。今までは友だちだったから自由奔放に振る舞ってこられたけど、いまは無理。だって陽介の気持ちがわからない。つまり、私の態度次第でどっちにでも傾く可能性があるということ。陽介に好きになってもらうためにはいい女でいなければ。
 導き出した解を見直す余裕はない。

「あー、えーっと、なら帰ろっか」

 どんな表情で言ったらいいセリフなのかわからなくてとりあえず笑顔を作る。陽介もたぶん笑ってるし。声音がそうだった。「わかった」と自分のカバンを取りに行ったから正解はわからない。正解のないわからないことばかりが積もっていく。
 踏み出せない私を振り向いた陽介が「帰ろうぜ?」と笑っているから、ようやく安心して追いかけた。

 コンビニへ寄って、肉まんとジュースを買った陽介が隣を歩いている。自分もホットのジャスミンティーを買って手を温める。

「もしかして今日なんか用事あった?」

「ううん。なんにもないよ」

「そっかー」

「うん」

 ボーダーにも入っていなくて、部活もやってない私に用事なんてあるわけない。たまに友だちと買い物行ったりカラオケ行ったりするくらいで、それ以外はできるだけ陽介の都合に合わせられるよう空けてあったりする。重い女みたいで言わないけど。

「陽介はこのあとボーダーに行くんでしょ?」

「おう」

「頑張ってね」

 ボーダーでなにを頑張るとか、なにをしているとか、私は知らない。ネイバーと戦うために頑張ってるってことぐらいはわかるよ。活動の中身が表面的なことしかわからないだけで。陽介や出水いわくボーダーは悪いことしてるわけじゃないけど言えないことが多いらしい。
 陽介はそんなボーダーでの活動を最優先にするくらいだから、それは大好きの部類なのだとわかっている。だから私は邪魔しない良い彼女である努力をする。

「……」

 足を止めた陽介に合わせて自分も足を止めれば、じっとこちらを見ている。深い色の瞳の中に自分がいると思うと、なんだか落ち着かなくて前髪を整えるふりして視線を逸らした。

「なんかさ」

 改まった言い方に思わず身の竦む思いで陽介を見返す。周囲の雑踏も素肌に当たる冷えた風も全てが不安を掻きたてる材料。言葉の続きを待つ時間は長さよりも心臓の音がうるさすぎた。

「――二人でいんのイヤ?」

「へ?」

「出水とかとゲーセン行きたかった?」

 申し訳なさそうに「つまんねぇ?」と眉を下げて笑う陽介に胸がずきりと痛む。そうではないのに、否定するためには陽介がどうしてそう言っているのかまず理解しなければならなかった。てっきり自分が「帰る」と選んだ選択肢は良い彼女としての正解だったと思っていたのに違ったのだろか。残り私が持っているのは積りに積もった正解がわかっていないものばかり。
 私が再び解を導き出すのを、陽介が待ってくれているように見える。

「陽介は、二人で良かったの?」

「あたりまえじゃん。他に人がいたら手も繋ぎにくいし」

「え。陽介、私と手を繋ぎたいの?」

「は? 逆に聞くけどなまえはイヤなの?」

「イヤじゃない!」

「あれ、もしかしてオレいま無理矢理言わせた?」

 さっき以上に心臓がどきどきとうるさい。それから振動が指先まで震わせて体中熱い。買ったばかりのジャスミンティーはもう冷えてしまったのかと思うほどに。
 答えの近くにいて見えているのに、それが正解だと言える自信はない。

「陽介が手を繋ぎたいとか思ってると思ってなかった」

「……おまえオレをなんだと思ってんの?」

「だって、そういうのって恋人とか好きな人同士がするものだと……」

「ちげぇの?」

 体中の熱がいっきに顔へ集まる。違うくない。私と陽介は現在付き合っている。だから二人きりでも手を繋いでも、なにをどう思っていても問題はないのだけど。でもそれは“好き合っている”という前提条件があってこそでしょう?
 素直になりたいような、なれないような。

「――陽介は私のことすきなの?」

 ここぞとばかりに流れる二人の間の沈黙。道端に突っ立ったまま、刺さるような視線が痛いのは周囲からではなく目の前の彼氏からのもの。

「私が告白したけど、流れで付き合うってなっちゃったし。だから陽介はまだ私を好きじゃないと思ってるんだけど。それでも少しずつ好きになってくれたらなって……あ、もしかして今は少しぐらいは好きになってもらえてるのかな?」

 なんて、調子のりすぎの発言だろうか。急いで「冗談だけどね」と笑って誤魔化した。早くなんとか別の話題を探さなければこのまま「調子のんなよ」とか言われたら傷つくどころの騒ぎじゃない。
 駅はすぐ目の前にあるのに何百キロも先の幻覚オアシスみたい。

「好きに決まってんじゃん」

 陽介はきょとんとしていた。と同時に私も目を見開いて微動だにもできなかった。さっきまで耳に入っていた雑踏も消えた。

「マジでなまえはオレをなんだと思ってんの?」

 いつもみたいに笑いながら「好きじゃなきゃ付き合わないって」と言っているが。
 次第に不貞腐れた気分になってくる。

「……だって、すきって言われてない」

「え、言ってなかった?」

「言われてないよ! 本当はからかわれてるんだと、ちょっと思ってたぐらいで」

「そうだったかー。わりぃ」

 肩の力が抜けていくのとは逆に顔に熱がのぼっていく。好きって言ってくれれば、私の中のモヤモヤは解決できていたのに。

「手でもつないどく?」

 おどけた口調とポケットから差し出された手。私の中で用意した選択肢は、恥らいながらその手を取るかと、嬉しさ満面でその手を取るか。どちらにしようか天の神様に決めてもらう時間もなく、陽介が勝手につかんだ。ぎゅっとつかんで、ゆるく解いて、解けないように絡めて。
 引っ張られたら不慣れなもので肩がぶつかりあう。お互いの温かな指先の感覚にギクシャクする私とは違って、陽介の持ったビニール袋がカサカサと楽しそうに揺れていた。
 オアシスの蜃気楼のように遠くへ見えていた駅は、いまとなっては遊園地の出口にも見える。都合のいい解釈だ。

 二十歩くらい歩いただろうか。いつも別れる駅への入り口。二人とも足は止まったのに、解けそうもない指先がいまを惜しんでいることを教える。

「もう帰んの?」

「……もういっかい好きって言ってくれたら帰らない、かも」

 そんなすぐに色々変わらない。友人から始まった関係だから恥ずかしさや照れくささがまだ先立つ。それはきっとお互い様なのに、できればもう一度陽介から甘い言葉が聞きたかった。
 いまの雰囲気なら言ってくれるかなってちょっとは期待してたのに、陽介は顔を隠して肩を震わせ始める。爆笑しているのだ。

「帰る」

「ごめんごめん! わりぃって! あんまりにも可愛いこと言うもんだからついね」

「っか、かわい……かわいいとか思ってたら普通“つい”で笑わないでしょ!」

「そー? じゃあキスでもしとけばよかったかぁ」

 意地悪く笑う陽介を睨むが恥ずかしさが増すばかり。言わなきゃ良かった。なんだか悔しくて顔を背けたら、陽介がこちらに顔を寄せていたことに気づかなかった。

「すーき」

 気づかなかったから、耳元での囁きに飛び上がりそうなほど驚いた。調子にのって言って欲しいなんて言ったけど、これはとてつもなく心臓に悪い。それでもその解を私は求めていた。





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