×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
僕が願うきみの幸せな日常
※フォロワーさんのお誕生日用に書いたSSの詰合せです。



□月●日

 なんかさ、いつもより気合の入ったオシャレされていると緊張するっていうか。いつものシンプルな感じと違って、華やかさのあるワンピースに高いヒールの靴。女度が高いというか。ゆるっと巻かれた髪も、口には出さないけどめちゃくちゃカワイイじゃないですかぁ。こんなのデートじゃん。いや、いまからまさしくデートなんですけど! 俺と!

 そんなわけでいつもと違う綾香のせいで、すっかりタイミングを逃してしまった。
 アレが肩にかけたショルダーバックの奥でいまも眠っている。予定では会ってすぐ「誕生日オメデト〜」とサラッと軽く言って渡すつもりだった。でもすっかりいつもと違う格好に圧倒されて「雰囲気違うじゃん」と言ってしまった。「似合う?」と照れたように笑っていたからそれもあながち間違いではなかったみたいなんだけど。なんでか、そこから普通の会話になってしまってすっかり言いそびれた。

 午前中は映画観たから少し遅めのランチ。注文を待っているタイミングでって思ったのに、見計らったようにかかってくる仕事の電話。戻って来た時にはちょうどよく運ばれてくる料理。……大丈夫。まだ俺には食後のタイミングが残っているし、渡そうと思えばいつだって。

「噂通り美味しいね、ここのご飯」

「おー」

「彩りもきれいだし」

「うん」

「……鉄朗、つまんないの?」

 そんなことまったくない。さっさと渡さなかったばかりに妙な緊張しているだけで、いまがつまらないわけではない。


「んなことねぇよ」

「ふーん」

「なに」

「鉄朗が何考えてるか当ててあげようか?」

 にんまりと笑ったなまえにドキリとした。焦りの意味で。しかし今日という日にデートして、彼氏の様子が不自然だと感じたならさすがに誰でも察するか。自分の態度が甘かった。ばれているのがわかっていても「なんでしょう」と笑うしかない。

「素敵なプレゼントでしょ?」

「正解。くそー空気読めよなぁ」

「まず大事な言葉をもらっていいかな」

「誕生日おめでとう。これ、この前一緒に見に行ったやつだけど」

「……」

「……」

「…………へ?」

「は?」

 てっきり満面の笑みで返される「ありがとう」だと思ってたんだが?
 数か月前のデートで立ち寄ったアクセサリーショップで、キラキラした目で可愛いと言っていたものを選んだ。綺麗にラッピングされたその長細い箱をテーブルに置くと、それと俺を何度も見比べて「あ」とか「え」と声を詰まらせる。それはどうみても喜んでいる様子ではなく、思っていたのと違ったという雰囲気。ついには唸りながら顔を覆った。え、なにその反応。なんなの? じっと見ていたら、首から耳まで見てわかるほど赤くなっていた。

「今日、誕生日、おまえの。違った?」

「や、ちが……ちがうの。ちがうくないんだけど…………待って!」

「ははーん? もしかして勘違いしたんスか、なまえさん」

「ちがっ、ちがいますー……て、鉄朗がわるい! だってあんなにソワソワしたり誕生日にデートしようなんていうから!」

「大事な彼女の誕生日にプレゼント渡すの緊張するっしょ。いつもと雰囲気違うカワイイ格好してきてるし」

「だっ、かわっ……もう! なにいってるの!」

 いやだってその期待は嬉しすぎでしょ。実質オッケーもらったようなもんじゃん。こっちまで照れやらなんやらで熱くなるし笑えてきた。

「ご期待に添えずすみませんねぇ」

「な!? 違うってば! 嬉しい! ネックレスかわいい!」

「声でけぇよ」

 周囲を見回し慌てて口を噤み、いつの間にか運ばれてきていたデザートのアイスを口に入れながら納得がいかない様子。そういうところも可愛いなぁと思ってしまうんだよねぇ。惚れた弱み。

「まぁあれだよ。記念日は被んねぇほうがイベントたくさんで楽しいだろ」

「……どうせすぐに祝わなくなるよ」

「そりゃ毎年あるんだから。そういうのって飽きたわけじゃなくて、二人にとって当たり前になった≠チてことだろ」

 いつか死が二人を別つまで。せめてなまえが飽きるまで、誕生日くらいは毎年祝ってやろう。







△▽月◇日

 しんと部屋は静まり返っていた。外から秋雨の音が聞こえるばかりで、お互いのことは気配でしかわからない。なまえがソファーで膝を抱えているから、俺はベッドに座ってスマホをいじる。いじっているフリ。実際は視界に入ってくる情報のほとんどを理解していない。
 深く吐出した溜息ばかり大きく部屋の中で響いた。

「悪かったって」

 もう何度目になるかわからない謝罪の言葉に感情がこもるはずもない。喧嘩して無視決め込むとかガキかよ。


 次の日が休みなもんだから、昨日は会社のやつらと飲みに行っていた。ついでになまえんちが近いし『今日泊めて』とハート付きで連絡を入れておく。すぐにきた返事が『いいけどアイス買ってきてね』で、うんうんわかったと画面の向こうで相槌をうつ。返事はしていない。返事がないのは肯定ってことになるよな? なんない?
 なにも返事をせず飲み会終わりのご機嫌な状態で家へきたら出迎えと同時に非難轟々。
 いま何時だと思ってるの? アイスはどうしたの? ずっと起きて待ってたのに!
 アイス買ってくるのは忘れたけど、人が飲んで気持ちよくなってる時にぐずぐず言わなくてもいいだろ。適当に謝って風呂に逃げ込んだら、上がってきた時にはふて寝してんの。明日は二人でコンビニ行ってアイスなりケーキなり好きなもの買ってやれば機嫌直るだろうと深く考えずに一緒の布団で寝たわけ。


「いつまでそうやって不貞腐れてんだよ」

「……」

「なぁ」

「……」

「いい加減無視すんのやめようぜ。謝ってんじゃん。お前のそういうとこどーかと思うよ」

「……っ悪いのは、自分なのによく人を批判できるね! 信じらんない!」

「悪かったって何度も言ったし。聞かないのはそっちだろ」

「悪かった≠ヘ謝罪じゃない!」

 ようやく無視をやめたかと思えばまだ怒っていて。これ以上お手上げなんすけど。なにをどうしたら受け入れてくれて、ご機嫌取りさせてくれんの?
思わず深い溜息を吐いていた。

「ハァ……」

「なによ」

「べつに」

「そんな溜息つくくらいならもう帰って」

「…………あーそー。んじゃそうするわ」

 感じ悪い。でも取りつく島もないんじゃどうしようもない。せっかく今日は二人でのんびり過ごすものだと思っていたのに、くだらないったらない。確かに連絡返さなかった俺も悪かったし、ここへ来たのは午前一時を過ぎた頃だったし、適当に「ごめんごめん」とか言ったし、頼まれたアイスを買ってこなかったのも悪かったけど……あー、結構悪いことしているな。
 玄関までの短い距離のなかで床を踏み鳴らしながら思い返すと、込み上げてくる申し訳なさ。でもそれは俺がなまえに甘えているって証拠で、愛情の裏返しというか……って取って付けたかのような言い訳。自分が悪いと理解はしていても、今は何を言っても聞いてもらえないし夜にでも電話をかけて謝るしかない。
 足先に引っ掛けた仕事用の皮靴。その時小さく聞こえた「ばか」という涙声。もう一度吐出した溜息は自分への呆れ。

「――ごめんっ」

 ソファーで膝を抱え小さくなっている体をあらん限りの力で抱きしめた。バカだなぁ。ホント。

「ごめん! ごめんなさい! 連絡も返さず、夜遅くに来て、アイスも忘れて、本当にごめんな」

 プライド? そんなのこの女の前で立つわけがない。絶対王者でなくても亭主関白でなくても彼氏優先でもなくて、なまえが一番大事です。

「そうだよ! 鉄朗がわるいんだから!」

 十時間ぶりに合った目には涙がたっぷりと浮かんでいた。

「何時に帰るか返事もないし、帰ってきたと思ったら泥酔してるし、アイスも買ってないし、ちゃんと謝りもしないでお風呂に逃げて寝ちゃうし!」

「ハイ、ゴメンナサイ……」

「私っ……わたしっ、…………かわいいの着て、まってたのに」

「は?」

 思わず目が点になる。はい? この子いまなんて? 見覚えのある寝巻がかわいいの≠ナはないだろう。だとしたら考えられるのは、その下に着ているものがかわいいの≠ナある。
 泣いているのか怒っているのか、はたまた恥ずかしいのか。怒っているようにも見える表情と涙目と紅潮した頬は、どれが正解なのか困惑させた。
 怒っていたのは、自分が期待いっぱいに用意して待っていたのにいつまでも焦らされ、来たと思ったら俺が酔っぱらってそれどころでなさそうだったから? んで、恥ずかしいのは打ち明けた今もそれを着たままだからってことよな? ねぇ、これが正解?

「あっ……まって、まって! てっ、てつろ、いまじゃないっ……!」

「え、じゃあいつ?」

 首から始まるジッパーに手をかける。

「っい、いまじゃない! ダメ!」

「なんで?」

「なんでって……調子のらないで!」
 首から下へジッパーが下がらないように両手で握りしめ、こういう必死にツンとした態度をとるところもかわいいなぁとか思っちゃう。

「俺のために着てるんだろ?」

 憎たらしい返事の言葉を探すために視線を逸らしていても、これだけ近ければバクバクと素直な音を立てているのが聴こえていた。さっきまでのイライラも今はすっかり別の感情。
 力の抜けた隙にするりとジッパーを下げると今まで見たことがないやつで、そりゃなまえが緊張して待つのも頷けた。適当に羽織っていた寝巻を脱がせてまじまじと全貌を見つめる。こういうのベビードールっていうんだっけ。エロ本なんかでみる透け透けのレースではなく、白いつるつるとした布に薄ピンクの刺繍。胸からのスリットがレースで覆われ、逆にこっちのほうがシンプルにいやらしい。

「……鉄朗すっごい意地悪な顔してる」

「え? いまから昨日のお詫びも兼ねて超優しくしてやろうと思ってますけど」

 こんなことされて喜ばない男いると思ってんの? 素直にごめんって言って良かったって、いま自分をとっても褒めている。だってもしかしたら、なまえのこんなかわいいの二度と拝めなかったかも。







×月〇×日

 迎えたばかりの一年があっという間に一ヶ月過ぎる。ゆっくりと進む季節の中で、真っ白い息が口から漏れるようになった。彼女と過ごす何年目かの冬で、そろそろ彼女≠ニして過ごす最後の冬になるだろうなとぼんやりと考えている。
 偶然仕事の終わる時間が重なって、駅前のコンビニで彼女と待ち合わせをしている。職場の近い俺が先に着くだろうと思っていたのに、どうやら彼女のほうが先に着いていたらしい。窓に貼られたおでんの宣伝ポスターの隙間から雑誌を読んでいる姿が見えた。髪の色、身長、マフラーの色。おおよそが見えなくてもそんなことで判断できる。
 そんなに待たせてはいないだろうが少しだけ足早になった。が、その時、彼女の隣に誰かが立ったことで思わず足が止まる。見たことない男。にこやかな胡散臭い表情で話しかけているではないか。自分が知るかぎり彼女の友人にあんな男はいない。邪魔なポスターのせいで表情が見えにくく、コンビニの入り口に立ってもこちらに背が向いていてわからない。

「なまえ。悪い、待たせたな」

 俺のかけた声に「あ、鉄朗」と振り向いた彼女の表情がほっとしているように見えた。不躾な態度で「この人だれ?」と聞いても彼女も曖昧に笑って首を横へ振った。これで確定。ナンパ野郎なわけだ。笑顔で「うちのになんか用でしたか?」と聞いただけなのに「いえ」と慌てて店を出ていった。おいおいせめてなんか買ってけよ。

「いまの人、絶対高いハンコ売りつけられると思ったよ」

「あ?」

「鉄朗の顔怖かったもん」

 そりゃ怖くもなるだろ。おかしそうに笑っているこの女は状況を理解してますかねぇ。少しはお前にも怒ってるんですけど。なに簡単にナンパされてんだ。
季節外れにも彼女は二個分のアイスをかごへ入れ「お願いね」と笑って俺に持たせた。良いですけど、別に。お高いアイスぐらい。

 いくら街中に住んでいるとはいえ、冬の夕暮は街灯がなければ夜と遜色ない。俺のアパートへ向かいながら綾香は機嫌が良さそうだった。

「なんか言うことねぇの?」

「え?」

「さっきのこと」

「あー! 可愛い彼女でごめんね」

 小首を傾げてちっとも可愛くない。不満な視線を向けてもまだ嬉しそうに笑う。

「高校三年の時さ、鉄朗はバレーで全国行ったじゃん?」

「話をすり替えないでくださーい」

「まぁまぁ聞いて。――あの頃さ、私と付き合ってるってきっとみんなが知ってることだったのに、後輩とか他クラスの子とかみんなが鉄朗のことかっこいいって言ってて」

 ……ああ、人生最大のモテ期でしたね。けれどそんなのは一瞬だし、今思えばそうだったかもしれないって程度。

「鉄朗めちゃくちゃ告白されてたよね」

「そうだっけ」

「なのに鉄朗は誰に告白されたとか、そんなことちっとも私には話してくれなくてさ。いま思えばそんなこと報告されも困るんだけど。だけど、なんとなく、私じゃない子のところに行くかもって勝手に不安になってたんだぁ」

 思わず「は!?」と大きな声が出た。青天霹靂。俺が誰に告白されてもどんな女子に呼び出されても興味ありませんって態度を貫いているのだと思っていた。何も言わないし、いつも通りを決め込んで。俺ももちろんあの頃から綾香が一番だから疑われる必要もなかった。
 足を止めてなまえを見ると、今度は悪戯っぽく笑う。

「あの頃ずーっとヤキモチ妬いたり不安だったから、ちょっとは仕返しできたかな?」

 彼女から「ごめん」という言葉が引き出したかった。危機感を持ちもせず、嫉妬させられて、それを笑う彼女が憎くて。でもよく考えたらなまえはひとつも悪いことしてないよな。あえていうなら

「ハァ……彼女が可愛いから困ります」

「そうでしょうそうでしょう」

「今までもさっきみたいなことあったわけ?」

「まぁ、たまに?」

「今度から待ち合わせには遅れてきて。あと変な男に声かけられたらすぐ逃げて。頼むから」

 はいはいと適当に返事をしているが、本当にわかっているだろうか。何かあったらハンコ売りつけるどころじゃ済ませられないから。
 人の嫉妬が嬉しいのかニコニコしながら手を握ってくる。冷たい手。指先を絡め軽く握る。細い薬指のことを考えているなんてわかってないんだろうなぁ。






〇月××日

 ここ最近続く水害レベルの雨ではなく、しとしとと梅雨らしい雨が降っていた。

「どうする?」

「どうするもなにも……こっからタクシーで帰るの?」

 お互いに苦笑いを浮かべながら雨のやみそうにない空を見上げた。見上げたところで止む様子もない。
 隣町へデートに行って帰ってきたのだが、朝から微妙な曇り具合に二人とも傘を持ってはいなかった。夕方まではもつだろう、もたなくても必要ならビニール傘を買えばいいと思っていた。しかし駅内のコンビニに立ち寄れば一本だけしか残っていない傘。「ないよりはましでしょ」と買ったけれど、雨足はさっきより強くなっていた。
 駅から俺んちまではほんの少しの距離だからと一本の傘を買ったが、これはどう頑張っても濡れるのを避けられそうにない。こんなところで無駄に時間を過ごしてもしかたがないし、覚悟を決め二人で雨の中を踏み出した。

「相合い傘なんて高校生の時を思い出すね」

「お前付き合う前からよく傘忘れてたもんな」

「あれは少しでも鉄朗に近付きたかったから忘れたふりしてただけ」

「うわ〜可愛いと思ってたのに実はあざとい女だったんだな」

「なっ、違いますう。恋する乙女の作戦だし」

 雨粒が傘へ当たる音が次第に大きくなって会話もままならなくなってくる。上半身はあまり濡れなくても足元は水浸し。こうなったら何もかも諦め、すこしでもなまえが濡れないように彼女側へ傘を傾けていた。そのせいで前が見えなかったのか、前方から走ってきていた人に気づくのが遅れなまえがよろめく。相手もこっちのことなんて全く見ていなかったようで、雨から逃げることに必死で謝罪もなく去っていってしまった。こける寸前でなんとか抱きとめることができたから良かったものの、こけていたら大惨事だったよ。主に俺の怒りで。

「悪い。声かければ良かった」

「え、あ……ううん。ありがと」

「足捻ってない?」

 デートだからと気合を入れてヒールのある靴を履いてくれるのは可愛いけど、こういう時本当に危ない。それともこれもあざとい女の計算のうち? だとしたらかなり効果抜群だけどさ。そんなことで怪我までしてくれなくていいから。
しかし、数秒待ってもなまえは抱きとめられたまま動きもしなければ返事もない。

「は? なに? 本気で足捻った?」

「ちがう。なんでもない」

 こっちが本気で心配しているのに、なまえときたらぱっと離れてそっぽ向いて歩き出してしまう。足を捻ったわけではないようで安心しながらも、その様子にピンときて口の端が上がった。自分に計算されてない可愛さが十分あることに気づいていないのだろう。

「あれ? もしかして俺、あざとかった?」

 さっきよりも傘の中の距離が縮まった。






HQ short [ 僕が願うきみの幸せな日常 ]