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きみと僕の日常が幸せであるように
※フォロワーさんのお誕生日用に書いたSSの詰合せです。



〇月×●日

 今日の彼女を引っ張り出すのは申し訳ないなぁという気持ちになる。一昨日まで論文提出で徹夜が続き、昨日急遽シフトが変わって、夜勤の防衛任務に入り、さきほどそれを終えたばかりだ。けれど前々から秘密裏に企画していたことだし、今さら主役無しで事を進めるわけにはいかない。
 まさか当の本人は今日という日のことを忘れているだろうか。……ありうる。他人のことには大仰な彼女であるが、自分のことにはとんと疎い。加えて、ここ数日の多忙さを思えば、きっと抜け落ちているだろう。それが好都合とも言えないこともないが。
 案の定、彼女のいる作戦室へ入ると、ベイルアウト用のベッドへ突っ伏していた。そっと覗き込むと、穏やかな寝顔で思わず笑みをこぼしてしまう。起こしてしまうのは忍びなくなってしまう。柔らかな髪を梳き、頭を撫でながら声をかける。

「なまえ」

「…………ん、んー……じゅんくん?」

 舌足らずな声でなんとか重そうな瞼を持ち上げてくれる。まどろんだ表情もかわいくて、指先で頬を撫でた。そしたら擦り寄ってくるものだから、思わず目的を忘れそうだ。

「起きてくれないか? 緊急事態なんだ」

「え、なに? どうしたの? またアフトクラトルの侵攻?」

 眠そうに何度も目を瞬かせ体を起こす彼女へ脱ぎ捨てられていたパンプスを履かせる。それから立ち上がった彼女の手を取り「急いできて欲しいんだ」と言うと、照れやら焦りやらで困惑した表情を見せられ、笑いを堪えるのに必死だ。きっと忘れているだろうから悟られはしないと思うが。できるだけ真剣な顔で「急ごう」と言って、そのまま手を繋いで本部の廊下を走った。

「まって、准くん! て、手っ!」

 聞こえていてもわざと聞こえないふりをした。きっと彼女なら「こんな公共の場で手を繋いで走るなんて何事だとみんなが心配する」と言いたいのだと思う。あとは「准くんはボーダーの顔なのに」とか。そんなことはどうだっていいのに。大事なのはなまえであって体裁じゃない。自分よりも小さくて折れそうな繊細な指先を大事に握った。
 足を止めたのは弓場隊の作戦室。今日の企画を相談すれば快く「こっそり準備したいなら俺のとこを使え」と弓場と藤丸が言ってくれた。迅や生駒も手伝って、ケーキや飾りつけもばっちりだ。
わけもわからず連れてこられ、不安そうな表情の彼女に向き直り、スイッチを押して作戦室の扉を開けた。

「なまえ、誕生日おめでとう」

 どんぐりみたいに目を真ん丸にして、俺と扉の向こうを見比べる。弾けた音のクラッカーが鳴って、彼女の瞳にはみるみる水が溜まっていく。

「え、なに!? ――今日、だっけ!?」

「やっぱり忘れていたんだな」

「だって、准くん、緊急事態だから、急いでって……ああ、うそ、信じられない……!」

 何度も嬉しいと信じられないを繰り返しながらも笑った彼女が、今年も世界で一番かわいい。






×月△日

「准くん」

「どうした?」

「……きょう、つかれた」

 彼女の部屋のソファーの上。膝を抱えたまま口を尖らせて無言を貫いていた彼女が、ようやく口を開いた。
 なにがあったのかは大体知っている。今日おこなわれたB級ランク戦、勝てばなまえのチームは中位入りできたのだが、結果だけ述べるなら、彼女たちは負けてしまった。そしてその責任が自分にあると自己嫌悪に陥っているのだ。
 嵐山隊の任務の都合で途中からの観戦だったが、もちろん彼女の明らかなミスもありはしたものの、それを抜きにしてもチーム全体が緊張で動きが硬くなっていたように思う。だから彼女ひとりを誰も責めはしないし、彼女のミスが敗因の決定打だったとしてもしかたない≠ニしかいいようがなかった。

「わたし、がんばった」

「そうか。偉いな」

「准くん」

「ん?」

「ぎゅってして」

「いいぞ」

「もうちょっとつよく」

「なまえの骨が折れるからダメだ」

「いいよ。すきって気持ちぶん、ぎゅってして」

「…………それは卑怯な言い方だなぁ」

 好きの気持ち分抱きしめたら本当に壊してしまう。抱きしめていた体を少しだけ持ち上げて自分の脚の上へ彼女をのせた。彼女もそれに応じて大人しく正面から抱きしめてくれる。……悪くはないが、密着しすぎているな。
 よぎるやましい気持ちも、肩口に埋まった彼女からすんっと鼻をすするような音を聞くとなりを潜めた。

「じゅんくん……がんばったけどね、……ほんとは、がんばれなかった」

「そうか」

「いっぱい練習したのに、いかせなくて、なにもできなくて」

 頑張っていることは知っている。滅多にこうして二人の時間がとれないのに、時々彼女のほうから「今日はもう少し訓練頑張りたいから」と断られることもあるぐらいだ。同じ防衛任務を担う隊員として応援する気持ちもあるし、彼氏としては寂しい気持ちもある。けれど本人が望むものを選ぶことが一番いい。それに、いまなまえは俺を選んでいる。

「っ、くやしいよ……」

「そうだな」

「もうがんばれない」

「そんなことない。なまえはきっとまた頑張れるぞ」

「がんばれない!」

「なまえならできる」

「できない! がんばれない!」

「――なら、ずっとここにいてもいいぞ」

 頭を撫でていた手も背中を撫でていた手も、そっと鎖のように彼女の体に巻きつく。何もかも嫌なら、ずっとここで俺の手の中にいてくれたらいいのに。マイナスのことなど一切ない環境でただきみを愛でよう。
 でも、そうではないから、なまえはもろく、しなやかで、愛おしく尊い。

「……やだ。まだ、やだ」

 俺にふさわしくないからまだ嫌だという。ふさわしいとはなんだろう。まだはいつかいまにかわるのだろうか。
 距離を取るように俺の胸へ手をついて離れた彼女の瞳は「ふさわしい」とか「まだ」を渇望した色で燃えている。
 しかし、俺はまだきみにふさわしい男で居られているだろうか。
 こぼれる涙を一晩中拾い集めながらそんなことをふと考えていた。





△月〇×日

「よお! 嵐山! 寒いのに悪いね〜」

「お疲れさん」

「久しぶりだな、迅。生駒もお疲れ」

 まだ雪が降るほどでもない季節。けれど寒さは服を重ねさせた。着ていた上着を脱ぎ、迅と生駒の向かいの席へ座る。昼下がりのコーヒーショップは思いのほか多くの人がいた。

「こんなところに呼び出すなんて珍しいな。本部のほうが良かったんじゃないか?」

「友だちとこういうとこ来るぐらい普通やろ。たまにはええやんな?」

「な!」

 二人が顔を見合わせているのを見て笑う。確かに普通の大学生ならこういうところで話したりするのが常なのかもしれない。今だってここにいるほとんどが同世代に見えた。ボーダー隊員でいることが多いせいか、ときどき世間一般でいう普通≠ニいうのがわからなくなってしまう。
 挨拶代わりの会話は、最近起こったことや次のランク戦、新入隊員はどうかとか、やっぱり普通の会話ではないな、とひとり心の中で笑った。


「――それで、なまえとはどうなの?」

 カップの中のコーヒーは半分まで減っていた。迅にはきっと何か視えているのだろう。普段なら人のそういうところは決して視ないし口を挟まない男だが、声をかけてくるとするならなにか良くないことが起こるからだと思ってしまう。そして自分にはその良くないこと≠ノ思い当たる節があった。

「…………二人は、嫉妬ってしたことあるか?」

「「は?」」

「他の男の近くにいて欲しくないとか話して欲しくないとか」

「いやいや准さん。嫉妬ぐらい誰でもわかるわ。彼女おらんからって、なんもわからんわけやないぞ」

「なら、みんなそう思うものなのか? そういう時どう対処したらいいんだ? 彼女に師弟関係を解消しろなんて言えない……。言いたいわけでもない。でも、いやだなって思う時は」


 隊員たちが出入りする玄関口で、偶然にもなまえと出会ったのは何週間か前のことになる。すぐに俺に気づくと駆け寄ってきて「今日は寒いね」なんていつものように笑いかけられたが、笑顔で言葉を返すことはできなかった。彼女の肩にかけられたコートはどうみても男物だし、彼女の隣りに立っている男は自分ではなかった。隣りに立つ彼は最近彼女が自分で選んだ弧月の師匠。
なんとか我に返って適当な言葉を交わしたが、ほとんど内容は覚えていない。でも自分の中に広がっていた薄かった雲が雨雲のように黒く重くなっていくのを確かに感じていた。


 事情を話せば二人は「あー」と納得を示す。

「俺はいつかなまえにひどいことをしてしまいそうで……こういう時、普通の男はどうするんだ?」

「え、えっと。つまり嵐山は嫉妬してるってこと?」

「それで自分、なまえちゃんをここ最近避けてるん?」

 頷いて顔を覆った。二人で話し合うには自分の心の狭量さに嫌気がさすし、黙認するにしては我慢も続かず。申し訳ないと思いながらも答えを見いだせるまでと自分に言い訳してなまえを避けている。
 こんなことこの二人でなければ相談できなかっただろう。しかも自分からなんてとても切り出せなかった。二人ならこれに答えをくれるか、俺を窘めてくれるはず。

「――だってさ」

「良かったなぁ、なまえちゃん」

「!?」

 どこへむけてその言葉を投げているのかわからず、慌てて顔を上げる。二人の視線は自分たちの後ろの席に向いていた。後ろ姿のほとんどが椅子の背もたれに隠れていて、大よそ髪色だけで彼女だと判断できるわけがない。
 彼女は小さく「ごめん」と呟きながら、椅子の背から顔をのぞかせた。

「ほらな、大したことじゃないって言ったろ」

「嵐山、嫉妬に狂ってひどめにあんなことやこんなことしてなまえちゃんを束縛したいんやて。良かったなぁ万事解決やで」

 ひどめ? あんなことやこんなこと?
 突然の登場に驚きのあまりすっかり反応が遅くなって、生駒の言葉を真に受けたようになまえが頬を染め、もう一度椅子の向こうへ沈んだ。違うと今さら否定しようにも、本当に否定できるのか自分でも疑わしかった。

「じゅ、じゅんくん……ごめんね、私、わかってなくて……」

 あとは二人で、と迅と生駒は笑いながら立ち上がった。これは迅の視た最善の展開なのだろうか。面白半分で選ばれた展開ではなくて?


 二人が店を出た後、顔の熱が少しだけ引くのを待ってから向かい合って座りなおす。これからのお互いの予定なんてわからない。今日は珍しく迅が誘うものだから午後の予定をあけてあった。彼女もそうとは限らないだろう。
 窓の外を見れば、行き交う人の厚いコートや薄い灰色の雲が寒さを思わせる。注文しなおした二人分のコーヒーからは温かそうな湯気。彼女はそれを手に取りゆっくりと口をつけた。

「……准くん」

 両手に持ったコーヒーカップへ視線を落とした彼女の瞳は中身が揺れるように、揺らいで見える。頬は温もったように赤く、伸ばしていた足先に彼女のつま先が触れた。こちらの心情を見透かされたようで心臓が跳ねる。しかし隠そうとしても、迅と生駒によって心情は暴露されたようなもので今さら遅い。みっともない自分さえも受け入れられたらしいことはなんとなく察せられるけれど。
 こんな時間を無為に過ごすぐらいなのだからきっと彼女にもこの後の予定はないのだろう。コーヒーを飲み干して、「行こうか」と立ち上がり差し出した手に重なる手。熱を帯びたそれを離さないように握りしめた。







◇月●日

 春の日差しが窓から射し込むのをレースのカーテンが和らげていた。朗らかな気温と天気、それから満腹感に誘われて部屋のソファーですっかり二人とも眠りこけていた。多少の身動きに、右肩へあった重みが軽くなる。

「あれ……すっかり寝ちゃってたね」

 見ていたはずの映画はすっかり停止し画面も真っ暗。彼女が大きく空気を吸い込む音だけが聞こえる。しかし、また右肩へ重みが戻る。それを不快に思うはずもなく、愛おしさに自分の頭も重ねた。ふふ、と漏れる笑い声に、というのはおかしいかもしれないが彼女のいるこの空間、この状況にどうしようもなく溢れるものがあった。

「なまえ」

 戯れに抱きついてくる彼女を抱きしめかえすと嬉しそうに首へ擦り寄ってくる。こんな二人の時間は珍しくて、素直に甘えてきてくれる彼女を愛おしいと思わないではいられない。それどころかそれ以上。
 少しだけ離した体を密着するように埋めて、啄むようなキスから食べつくそうとする本心が隠れたキスをする。力のあった手もそのうち縋るものへと変わった。とろりとした視線が何かを望むようにこちらを見つめる。
 合図のない始まり。昨夜から共に過ごし一歩も家を出ておらず、ゆったりとした薄手のワンピースに下着しか着けていないなまえはまるで無防備。隙間から入り込む手がなめらかな肌を愉しむ。昨夜の痕が色濃く残っているのに、さらに深さを増させるように重ね付けた。
 恥ずかしさも照れも今は素直さのほうが勝っている。彼女の恥部を触れても、押し殺すような声より、甘く喘ぎ「きもちいい」と身を震わせている。その姿があまりに可愛くて、こんな真っ昼間からと止める理性も行方をくらませてしまうほど。ベッドまでの距離さえ何キロもあるような気がしてならないが、強欲さも醜さもひた隠しに我慢して嵐山准らしく「ベッドへいこう」と冷静さを装った。

「ねぇ、准くん」

 動きを止めさせた彼女の問いかけは砂糖菓子のように甘く、真夏のように熱を帯びている。「ん?」とわざとらしくならないよう微笑んで答えると控えめな声で「がまん、できないよ」とねだられた。彼女から始まるキスは脳から体中へ甘くない速度で広がっていく。押し寄せてくる。
 それでもわずかな理性で、彼女を抱えてベッドへ連れて行く。口を尖らせて「鉄壁の理性ね」なんて小言を言っているが、はたしてそうだろうか。彼女を前にして何度失ったかわからないものを思い返しても恥ずかしいだけだ。今だってそう。彼女の体を気遣うだけの余裕がない。昨夜ほど優しくしてやれる自信もない。

 薄暗くなった窓の外から冷えた風が入り、ベッドの上で目を覚ます。時計を確認しても六時という時間が朝方なのか夕方なのか曖昧だった。ぼんやりとした頭で隣を確認すると彼女の姿はない。彼女が起き出したことにも気づかなかったなんて。携帯を確認すると日付は変わっていないし、弟から今日は帰るのかという確認のメールがきていた。
 寝室を出るとキッチンで料理を作っている姿が見え、そういえば昨日「ご飯を作ってあげたい」と言っていたことを思い出す。懸命な後ろ姿とその言葉と、振り向いた彼女と目が合って「准くん」と微笑む姿を見て――

「なまえ」

「あ、准くんおはよ! いまご飯できるから」

 その小さな体を後ろから抱きしめる。さっきまで腕の中にあったものと変わらない。甘えているみたい、と言われるが、甘えているのだ。

「好きだ」

「うん。私も好きだよ、准くん」

 本当は好きよりももっと、愛おしい。






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