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「#お仕置き」のBL小説を読む
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- ナノ -
05
 出水にやいやい言われなくても、酷い事している自覚はある。でも、なまえが諦めるためにはいっそこのくらい冷たくしなければならない気がして。

「んなに時間が気になるなら帰れよ」

「んー。今日の東さん結構攻めてんなぁって思ってるだけ」

 出水は目敏いなー。ちょっと時計見ただけじゃん。
 B級ランク戦で東隊、二宮隊、生駒隊が戦っている。面白くないわけがない。あの東さんが珍しく攻め手に周って今日の弾数は過去に比べるとはるかに多い。押され気味の二宮隊が見られる試合なんてそうそうないだろう。

「……絶対待ってるぞ」

「犬飼先輩な。浮き駒落とすのえげつないほど得意だもんなー」

「ちーがう!」

「あーはいはい。でも約束の時間は過ぎてっから」

 とっくに二十一時を過ぎているし、さすがにもう帰っただろう。そうでなかったら困る。警戒区域付近は人も少なく、廃駅ともなれば寄りつく人も少ない。危険はないだろうが、万が一って場合もある。何も脅威的存在が近界民だけとは限らないことなんてなまえだってきっとわかっているだろう。
 それから出水は何も言わないけど、ちょいちょい視線はきつい。逆にその存在がありがたくて、行こうかなって気持ちを抑制してくれる。つまり、これは意地というか、くだらないかっこつけ。


 それでも一応は、待ち合わせ場所だった駅に向かう。試合が終わって適当にみんなに挨拶して、ひとり足早に本部を出た。
 寒いし暗いし。ぽつぽつとしかない街頭ぽっちで、なまえが待っているはずないと思いたかった。実際、そこへ着いた時にはその姿は見当たらなくて、ほっとしたようなちょっとガッカリしたような。
 頑なにこの日を指定して、待ってるって言っていたのに。

 制服の下に着たパーカーとマフラーだけの防寒着では寒すぎてポケットへ手を入れる。指先に触れた無機物の携帯が体温で温かい。
 遠目でいないことは確認した。でもこの寒い中あいつを待たせたことに変わりはないから、謝罪の連絡しようかと思って携帯を取り出してやっぱりやめる。画面に映った時刻は二十二時十八分。取り返せないほど時が経っている気がした。

 それでも、もしかしたら。ついさっきまではここに居て、家へ向かって歩いているかもしれない。走ったら追いつくんじゃないだろうか。あ、でもあいつのことだからってどうしてもと思ってボーダーの近くまで行ってるかもしれないから――
 思考に沿って早歩きだった歩調は走りに変わって、元来た道を戻る。走り出すより前から心臓は煩くいそげと急かしていた。


 けど、結局今頃本部から出てきた出水や他の隊員たちと出会ってしまい捕まると、急く気持ちにストップをかけられる。

「で、会えたわけ?」

「いんや」

「はぁ? じゃあなんで戻ってきたんだよ?」

 忘れ物なんて言い訳は通じないだろう。だから「なんとなく、お前と帰ろうかなぁって」誤魔化した。そんな引いた目で「きっも」とか言うなよな。
 きっと帰ったよなとか、こんな時間まであの寒くて暗い中はさすがに一人で待てないだろうとか。そんなのオレの身勝手な憶測にすぎない。なまえは好きだと言ってくれていたのに。

 走った後の呼吸はとっくに落ち着いているのに、心臓だけはいまだ煩さく主張する。






 明けた月曜日。週末の間中はっきりとしない、見えるような見えないような胸につかえたものの正体を探していた。とにかく金曜のことを早くなまえに直接謝りたい。それなのに今朝は先週までやってた待ち伏せもなく、教室の片隅でまだやって来ないなまえを待ちながらモヤモヤとさせられている。
 さすがに呆れただろうか。
 嫌い、ではないにしても好きからは遠のいただろうか。
 過るのは不安で、焦燥。戻りたかったはずの関係からどんどん遠ざかっていくような感覚に焦らされる。

「なまえ」

 いつもより遅くやってきたなまえに朝いちは声をかけ損ない、一限目が始まる前、教室を出たなまえが戻ってきかけているところを捕まえる。
 一瞬あった視線も笑った顔して逸らされた。

「おはよ。陽介」

「金曜のことなんだけど」

「ああ。気にしないで、私こそ無理言ってごめんね」

「……待った、よな?」

「大丈夫。ちゃんと帰ったから」

「そっか。ゴメンな」

 初めてなまえとの間に流れる沈黙が苦しいと思った。周りの騒がしさばかりが耳に入って次の言葉を探せないでいる。それでもなまえが笑ってくれるから、まだ元の関係へ修復はできるんじゃないかって、バカだからそう思い込むしかできない。

「そいやさ、お前今日化粧濃いよな。誰かとデートでもすんの?」

 そうでなきゃ、冗談半分で一緒に帰ってあげてもいいなんて上から目線で言うつもりでいた。きっとなまえも「一緒に帰る!」と笑ってくれると甘い考えで。


「こんなでも、かわいいって、言ってくれる人がいればいいんだけどね」


 真ん丸とした目がこちらを見つめ、すぐに睫毛で深い影を落とす。渇いた笑みで微笑んだあと、「今日の英語予習してないや」と横をすり抜けていった。
 いつもならこいつの表情の変化とか、言葉の強弱とか、そんなことを気にしたことない。今になってそういうのがわかる。わかったところで、どう声をかけるべきかはわからない。
 もう、戻れないほど壊れているんだって嫌でも理解しなければならなかったのに、認めたくはなかった。

 そうか。オレはとっくに――






「なまえ、一緒に帰ろうぜ」

「え? えっと、今日は……」

「いいから、いいから」

 LHRが終わってすぐ。一番に行動を起こした。持って帰るものなんてないから、日直が終わりの号令をかけるより早く筆記用具だけ適当に詰めて、カバンへ手をかけた。一直線になまえの元へ向かい、その背中を無理矢理押して学校を出た。

「なに、なに? どうしたの?」

「この間、待たせちまっただろ? お礼にドーナツおごってやるよ」

「それは……気にしないでって」

「いいじゃん。最近遊んでなかったしさー。あ、ゲーセンも行こうぜ」

 行動に移したところで何か考えがあったわけではない。本当にただゲーセン行ってゆるかわな人形とったり、なまえの好きなドーナツ屋の新作チョコレートのドーナツを食べたり。最初こそ戸惑っていたなまえも少しずつ笑ってくれるようになって。それだけで目的は達成ってかんじ。

 冬の夕暮はあっという間に沈んで、今はもう夜と同じ。この間の金曜の夜もこのくらい寒かったと思う。寒そうにマフラーへ口元を埋めているなまえを見て、足を止めた。こいつんちまではあと少しだし。

「あのさ」

「うん」

「金曜、本当にごめんな」

 いつもがどんな笑顔だったかなんて思い出せないほどそれが当たり前だった。眉を下げて首を振るなまえを見て、改めてあの日の用はなんだったのかは聞けない雰囲気。
 
「ドーナツ美味しかった! ありがと」

「おー。また行こうな」

 バイバイ、と手を振って家へと向き直るなまえを見送ったあと、吐出す息は真っ白で、揺れて消える。
 困ったな。思ったより難しい。背中を向けてから始まる一人反省会は半分浮かれた気持ち。


「かわいいって言えなかったなぁー」






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