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04
 週末に歩き疲れた足が痛んだ。ちょっと気取って履いたヒールの靴は気分を上げてはくれるけれど、一日歩き通すには向いていないなぁ。そんなこと最初からわかってはいたことなのに、それでもヒールを履いた理由は簡単でとても単純。
 好きだと言った日の前日が陽介の誕生日だった。誕生日の時はまだプレゼントを渡せるような関係ではなかったから用意していなかったが、せめてクリスマスと陽介の真ん中日になにか渡せればと思い立った。それだけでなんでもない日が特別な日に思えてくる。
 至急付き合っている友人たちやネットでリサーチ。マフラー、財布、香水、アクセサリー。まだ彼氏でもないのにそんな高価なものを渡して、重たいとか言われ、もしフラれでもしたら……。その考えを払拭するためにヒールでテンションを上げたのだ。
 高価過ぎず、重すぎず。陽介の欲しがりそうなものを、と考えていられる時間は楽しい。

 米屋陽介という男を観察すると、結構いい持ち物を持っている。靴はスタイリッシュなやつでメーカー品だし、何気なく背負ってるカバンも学校指定のではなく有名なカジュアルブランドの物。かといって、新しい物にとっかえひっかえするでもなく、長く大事に使っていることも知っている。マフラーだって去年も見たやつだし、陽介は良い物を長く使うタイプなのだろう。
 だからそれらは贈らないと決めていた。それに陽介が今使っている物と同じレベルの物を買おうにも、とてもじゃないが予算が間に合わない。しょせんただの高校生だ私は。毎月のお小遣いとは別に、母に頼み込んでお年玉の前借りをさせてもらわなければならない。

 陽介への贈り物云々を語ると、私の中でこれ以上の試行錯誤を披露できるがここら辺にしといて。
 とにかく痛む足を労わりながら、自分の選んだプレゼントを信じて陽介に話しかける。公平との談笑を邪魔して申し訳ない。

「陽介」

 陽介が付き合うことに乗り気でないことは百も承知。最近話しかけないようにされていることもわかっているが、ネガティブなことを考えすぎてもよくない。一ヶ月は猶予をくれると言っていたのだから、私にできることはここで猛アピールをすることぐらい。
 こちらを向いた陽介は、前みたいに「どしたー?」と明るくは笑ってくれないけれど。

「陽介、今週の金曜の夕方は用事ある?」

「あー……わるい。その日はボーダーで」

 私からの誘いを断るもっぱらの定型文。前は放課後も二人だったり、公平や三輪くんと一緒だったり、よく遊んでいたんだけどな。けれど今日ばかりは気にしないふりをして食い下がった。
 事情を知っているのか知らないのか、公平も口ごもる。

「ボーダーが終わってからで良いよ。〇〇駅で待ってるから」

「それはダメだろ。なまえ一人で、んなとこいてなんかあったらどうすんだよ。お前女子だろ。危機感持てよ」

「大丈夫だよ。今は無人だし、警戒区域近くだから人通りも少ないし」

 こちらをじっと見つめるだけの陽介とは反対に、公平のほうがダメだと言い張る。それに対して私は「大丈夫だよ」と笑って見せるしかなくて。

「二十時までは駅で待ってる。来なかったら帰るから」

「……ダメっつっても聞かなさそーだな」

「うん」

「おい! 米屋!」

 他の日じゃダメなのかとか、別の場所でとか陽介ではなく公平に言われたけど無理を押し通してみる。陽介は諦めたように溜息を吐いて「わかった」と。

「時間になったら絶対帰れよ?」

「ありがとう」

 待ってるね、とまではとても言えなかった。笑わない陽介も帰れよと念を押した陽介も、きっと時間通りには来ないだろうなってわかってしまったから。
 でも、もしかしたらって思わずにはいられないから。一縷の望みでも、私には胸の中を温めるほどの光。

 陽介がすき。

 想うだけで溢れそうな感情。堰を切ってしまったからには、出し尽くすまでは止まらない。





 雪は降らないが、風を受けると頬がぴりぴりと刺されるような寒さになってきた。きっともういつ初雪が降ってもおかしくないだろう。
 星空へ向けて煙のような白い息を吐き出して、過ぎていった時間と残りの時間を考える。ぼんやりと時折思い出したように、カラオケで歌い慣れた歌を口ずさみながら。

 ダメなのかも、とは思いたくなかった。考えないように必死に誤魔化しているのに、寒さが余計に憂いを煽る。
 もう少し、もう少しだけ。何度もそう言い訳して約束の時間はとっくに過ぎていた。でもそんなこと陽介にはわかるはずないんだから、自分の気の済むまでここにいよう。
 初恋どころか普通の恋でさえ叶えるのは難しい。孵化した恋心も、いっそ生温かった殻へと戻りたいと感じる。

 手に持っていたカイロがさすがに冷たくなってきて、ようやく立ち上がる決心がついた。廃駅の僅かばかりの街灯の下を抜け出ると、星の光では足元を照らすには心許ない。長いこと居たものだから、怖いとかそんなものはいっそ吹き飛んで親しみさえ感じ、駅構内を抜ける遠回りの道を選んだ。

 次はどうしようか。困ったなぁ。万策尽きた。プレゼントもどうしたらいいんだろう。今日が記念日というわけではない、ただ真ん中日だからって理由なのだから来週にでも渡せばいいか。
 ダメならせめて陽介にちゃんとフラれないと気が済まない自分がいて、迷惑だなぁと苦笑う。すぐには諦められないかもしれないなぁ、なんて。


 まさに“とぼとぼ”って感じ。明るい気持ちにはなれないまま、家路へ向けて暗い夜道を歩き出していた。
 廃墟通りが続く道が大きな通りへと繋がる。こちら側は街灯も少なく、人通りなんてないほど物静かなものだから、風吹く音以外ならよく聞こえた。

「――っ!」

 はっとして足を止めた。もしかして、という希望に顔を上げて。けれどそんなものは、とっくに……。

 すぐに踵を返して元来た道を戻り、別の角を曲がる。遠くに見えたのは確かに私が待っていた陽介の姿。けれど、その周りには多くの仲間も共にいて。楽しそうな姿が予想以上に眩しかった。自分が決して混ざることのできない輪は、私もボーダーに入ってれば良かったとさえ思わせた。
 こっちを振り向いてくれるんじゃないかとか、少しは気にして駅の方へ来てくれるんじゃないかとか。そんなの自分の押し付けがましい期待なだけ。陽介は来ないってこの間暗に伝えてくれていた。

 ぴんと張った糸の上からするりと自分の足が滑り途方もない底へ落ちていく気がした、時刻は二十二時二十五分。

 陽介はいつもこんな時間まで頑張っているのか。
 平気、平気。今までだってこんなこといっぱいあった。
 なんてことないよ。
 せめてこのプレゼントは渡したいな。
 来週どう言って渡そうかな。

 何度だって自分に言い聞かせるのに、込み上がってくるものが夜道を滲ませる。涙の足跡を残しながら私は絶鳴のように喘ぎ泣くしかなかった。
 好きを諦められるわけではないけれど、好きでいることに疲れることもあるんだね。





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