- ナノ -
02
 いつも戦闘のことでしか動かない頭が、珍しく授業中にぐるぐると回っていた。そろそろ知恵熱が出てもおかしくない。だってもう何日もこうして悩んでんだから。

「陽介のこと好きなんだ」

 なまえの告白の言葉は確かこうだった。オレが信じられなくてもしかたないと思う。だって、あいつ、告白にしてはやけにあっさりと言ってのけたじゃん? 恋愛としての好きっていうより、ライク的な意味っぽい告白。
 それを受けて、オレはさぞかし間抜けな面をしていたことだろう。予想もしていなかったし、あの日まで微塵もそんな空気なかった。
 好きだなんて突然言われても、あの日話していたように、オレには恋愛なんても向いてない。今はボーダーでワイワイやってるのが楽しいし、彼女なんていう存在に日常を束縛されんのは気乗りしない。
 一年の時に初めて付き合った彼女は、メールを返せとか週末ぐらい私との時間を作ってとか、そんなことを言われて疲れてしまったことは今でも心に傷。オレが悪いのはわかっているようないないような。
 オレには無理だなと思うから、それ以降オレは彼女を作るという夢をあきらめている。


「ボーダーを優先するのは当然でしょ? 陽介はA級とかいうすごい人なんだから」


 率直に「ごめん、付き合えない」とは言えなくて、昨日遠回しに「ボーダーが最優先なんだよな」と言ってみた。そしたら、ニコニコしながらボーダー優先で良いと言うもんだから、そんな好条件あるはずないだろって思わずつっこみたくなった。でも少しだけ、なまえならそう言うかなとも思った。

 中学の頃。仲良くなってからは、オレの戦績ぐらいは話していた。ボーダーのことだからあんま詳しくは教えられないけど、今全体の人数がいくらいてオレの順位はこの辺で、とか。順位が上がるたびなまえに報告していたのは、あんまりにもあいつが嬉しそうに「陽介すごい!」と言ってくれるからで。
 ついボーダーでのことを言ってしまうくらい仲が良い友人だと思っていたから、告白されて戸惑いしかなかった。

 オレのことをそれなりにわかってんのに、なんで……。

 友達でいたかったんだと思う。彼女になんてなまえがなりでもして、二度と友達に戻れなかったら、なんとなく……嫌だ。
 中学の終わりごろ、オレはなまえのことを好きかもって思ったこともある。でも一緒に学校を行き帰りしても、運動会や文化祭ではしゃいでも、一つもそんな恋愛めいた雰囲気にはならなかった。だから諦めたというか、時間が経つにつれて気持ちが薄れたというか。たぶん、周囲がそういう色恋沙汰に色めき立ってるもんだから、オレもちょっと興味がでただけ程度だったんでねーかなー。
 みんなが恥ずかしがっているキスだとかセックスだとかをなまえとするとこ考えてみても、あっさり想像できてしまう。好きな人って、たぶんそうじゃなくない? 好きな人って存在がよくわかんねえから断定できないけど、オレにとってなまえで妄想するのは簡単なことすぎて、好きな人っていうのとは違う気がした。
 とにかくオレたちは近すぎて、そういう関係じゃないんだろうなって、その頃から納得している。




 答えは出ている。それなのに斜め前の席に座っているなまえの背中へ視線を向けながら、ぼんやりと考え込んでしまう。
 好きかって聞かれたら間違いなくライク。それはいつかラブに変わるのか?
 スカート縁から際どく見える太腿、そこから伸びる白い脚。きれいにセットされた髪型。薄く施された化粧。どれをとっても普通に可愛いと思う。実際他クラスの男子がなまえを可愛いと誉めてんのを聞いたことさえある。
 そういえば過去に、好意あり気な態度でなまえに連絡先を聞きに来たやつを、丁寧にバッサリと断っていたのを見かけたこともある。

「えげつねーなー。もっと優しくフッてやれねーかーねぇ」

「気がないのに優しくするのは、そっちのほうが酷いよ」

 それもそうだ、と当時は笑って適当に流していたけど、思い起こせばあいつは真剣な顔だった。
 あの頃もオレを好きだったのだろうか。だから断ったのだろうか。他にもたくさんあったはずの出会いを、オレのために――。
 むずむずとしてくる感情から顔を背けた。

 気がないのに優しくするのは酷い。ごもっとも。いつまでもこんなことやっていられない。早く元に戻りたい。

「なまえ、ちょっといーい?」

 呼び出し方はあっていただろうか。
 昼休み。残る時間は十五分程度。オレはなまえを連れて近くの特別教室へ入った。
 人気のない部屋特有のひんやりとした空気が余計な緊張感を誘う。なまえのほうは緊張なんて感じさせない態度で、適当な椅子に座って「どうしたの?」と首を傾げる。どうしたのじゃない。今のオレたちがこんな改まって話せることなんて一つしかなくない?
 「この間の話」と切り出せば、ようやく身動きを止める。

「考えたけど、ボーダーもあんのに今は恋愛とか、そんな気になれねぇわ。悪い」

 一息に言いたいことはまとめた。なまえが悪いとかではない。オレに今その気がないだけ。

「お前とオレが恋愛とか、やっぱなんか違うくね?」

 ボーダー内ならまだ考えられなくもないかもしれない。でも非ボーダー隊員のなまえとは学校以外での生活時間が合わなければ休日も合わない。オレからしたら話せないこともたくさんあるし、彼女を二の次にしていることに心だって痛む。そういうのって付き合ってるっていえるのか? オレじゃない誰かと付き合ったほうがなまえにとっては絶対楽しいし思い出もたくさんできるだろう。
 理由はたくさん並べた。それだけ諦めて欲しかった。円満に終わって、明日からいつも通りくだらない会話できる関係でいたかった。
 なまえにとって、告白には違いなかったわけだから、……傷つけちゃったよな?
 さっきまで冷たいと思っていた教室も今では少し熱くも感じる。

「時間は陽介に合せる。陽介が話せないなら、私が他のこと話すよ。ボーダーが最優先で良い。陽介のやりたいことの次で良い」

 なあ、お前いつの間にそんなマジになってたんだよ。


「私がすきって言って、陽介にも少しぐらいその気があるなら――陽介と、付き合いたい」


 なまえの必死さばかり伝わってくる。淡々と喋っているくせに、その言葉には熱がこもっている。A級のこのオレが一歩引きたくなるような気迫さえ感じる。

「それとも陽介は、私がいや?」

「そういうわけじゃ……」

 ない。とはっきりと言えない。嫌なわけではない。むしろ嫌なところなど今までだって何一つなかった。
 まっすぐ見つめてくる視線には敵わなくて、そっと息を吐き出す。情けないことに、今のオレにはこれ以上こいつを拒むこともできない。ずっと意識してこなかったのに、今目の前にいるなまえは間違いなく女で、弱々しい小動物みたいな表情で見上げてくる。
 連絡先聞いてきたぐらいで「ごめん。あなたに興味ないから教えられない」って突っぱねたこいつはどんだけフルメタルハートなんだよ。いっそフラれた男に同情するわ。

「んならさ。ひと月」

「ひと月?」

「そ。ひと月。オレはお前が諦められるようにする。それ以上は勘弁して。なんかオレが振り回してるみたいじゃん」

 どっちかっていうと、オレが振り回されてね? とは思っている。
 ひと月、こっちから話しかけなかったらさすがに諦めるだろって作戦。少しずつ距離が開けば、中学の時のオレみたいに気の迷いだったかもってなるはず。
 本当はこんなの気乗りしないのに、友達やめたいわけじゃないからしかたない。

「つまりさ」

「ん?」

「ひと月は私のこと考えて、友達として以上に向き合ってくれるってこと?」

「はぁ? うーん……一応は、まぁ……」

「やったぁ」

 この日ようやく緩んだなまえの表情は寒さも吹き飛びそうな朗らかさだった。
 予鈴が鳴る。なまえに背中を押され促されるまま廊下へと出ると、教室へ向かう足音が、なんでかわかんないけど、楽しそうに聞こえた。
 あんまりにも嬉しそうに笑うもんだから、ちょっとドキッとしちゃったじゃん……。







―おまけ―


「どうかした?」

「べつにぃー」

「自販機でジュース買っていこーよー」

「授業遅れんじゃん」

「陽介今さらそんなこと気にするの?」

「……しねーな。買ってこ。喉渇いた」

「サイダー買ってー」

「自分で買えよ」

「だってお財布持ってこなかったんだもん。後で返すから、ね?」

「あーもー……しゃーねーなぁ」

「ありがと!」

(こいつ、いつからこんな可愛い顔するようになったわけ?)





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