- ナノ -
01
 一年の女の子に告白されたらしい。
 放課後。職員室へ行ってしまった出水公平を待っている男に私は捕まった。部活にも入っていない私の放課後の選択肢は帰るのみで、急いでいるわけではないが、話の中身については察しがついていたので少し戸惑った。
 さて陽介が私へ話そうとしている内容、彼にとっては二年に上がって二度目の出来事であると私は把握している。というのも、彼はいつも自慢げに私へ話すのだ。

「可愛い子だったんだけどさー」

「ふーん」

 それなら付き合えば良かったのに。思っても喉過ぎることはない。いつもなら「どうして断ったの?」とか「他に好きな子でもいるの?」とか聞くが、今日はそうも言ってられなかった。
 可愛かったけど、でも違うんだよな。彼の言い訳へ相槌を打ち、じわっと手に汗が滲む。どのタイミングだろうかと見計らうが、そんなものもう三年も逃し続けている。今さら三分や十分待てないわけがないが、もう待たないと決めたじゃないか。

 私が米屋陽介に出会ったのは中学に入ってからだった。同じクラスになったのは中学二年の時。ちょっと話したら馬が合って、一緒にバカやるようになって、遊んで、楽しかった。
 陽介は優しい。バカだし、アホだし、変なやつなんだけどさ。ちょっとした瞬間に優しさとか、男らしさとかが出るわけ。本人がわざとそうしているわけじゃないとは思う。男子と対して変わらないノリで絡んでくるくせに、ちゃんと女の子としても扱ってくれる。中学の頃なんてそういう曖昧な部分で混乱して男女間が拗れて恋愛だったり疎遠になるってこともよくあることだと思う。けど、私達はそこを上手く理解していて、曖昧な距離をずっと保ち続け、今日までこの友情を崩さずにやってこれたのだ。

 それが一変したのは(一方的に私の中で、だけど)、陽介が界境防衛組織ボーダーに入ってから。陽介は放課後一緒に遊ぶこともなくなったどころか、居残りさせられることもなくなった。そのボーダーに入っているからという理由で居残りは免除されるようになったし、ランク戦とかいうのがとても楽しいらしい。
 すっかり取り残された私は、寂しくないわけがなかった。もしかしたら、女子の友人より仲が良かったかもしれない存在なのに。……ううん、私の中ではそうだった。
 そう気付いたのは、彼が私から離れてから。


「――あのさ」


 恋愛なんて向いてねーんだよなぁと言いかけていた彼の言葉を私が遮る。
 離れた、というには語弊がある。だって、私たちは中学二年の時から今まで、なんの運命かずっと同じクラス。ずっと変わらず仲の良い友人だった。この関係に踏ん切りがついたのは、高校一年の時、陽介が一瞬だけ彼女を作ったから。それからの私は片思いに満足できなくなったのだ。米屋陽介は、私だけの陽介じゃなくなるんだって。
 放課後の陽射しはすっかり夜向きに変わりつつあった。

「なんだよ、改まって」

 片眉を器用に上げて、「オレになんか相談?」と軽い気持ちで聞いてくれる。こっちは寒くもないのに声が震えそうだというのに。
 「あのさ」ともう一度声に出してから息を吸い込んだ。
 教室は残ってる生徒がまだ大勢いて喧騒が私たちの他愛もない会話をかき消している。


「私、陽介のこと好きなんだ」


 聞こえただろうか。一つの机に肘をついて向かい合って会話してるのだから、聞こえてないわけないか。さっきまでご機嫌そうだった陽介の表情が固まっている。じっくりとその表情を堪能してから視線を外した。
 返事も声も聞こえない間、心臓の音とクラスメイトの山ちゃんの与太話だけが耳に入ってくる。

「は、マジ? なに言ってんの? 冗談、だよな?」

 彼にとってどっちがいいのかはわからなくても、私にとっては陽介が好きと言う気持ちが大事なのだ。伝えたかったほどには。

「なんの罰ゲーム? 出水となんか謀ってんの?」

「違うよ」

「んなわけねーじゃん。だって……」

 そう。だって、私たちは三年間くらい普通の友人だった。でも私の中では友人じゃなかったの。ごめん。
 陽介の表情はマジだとは受け止めなかったらしい。いつも通りのヘラヘラとした表情へ戻った。戻らざるを得なかったのかもしれない。

「なまえは知ってんじゃん。ボーダー最優先のオレに恋愛なんて無理だって」

 もちろん知っている。むしろボーダーは当然最優先でなければならない。たかだか彼女程度のやつが、地球の存亡かけて戦っている彼の職務を邪魔していいわけがない。
 上から順番に大切なものを並べていって、まぁまぁ大切ってぐらいの立ち位置でいい。陽介のやりたいことの後でいい。

「わかってる。わかってるんだけど。良かったら、私のこと少しだけ視野にいれてくれないかなぁ」

 ダメって言わないでとしか祈れない。私の片思いはようやく殻を剥いだばかりだ。
 気が付けば周囲のざわめきは少しばかり落ち着いていた。

「悪ぃ、待たせた米屋ー!」

「あー、ああ」

「なに? なんかあった?」

 教室へ戻ってきた公平は歩み寄りつつあった足を止める。私たちの空気は察せられるほどに異様だったのだろう。
 一生一代の告白のつもりだったのに、ちっとも甘い雰囲気ではなかったなぁと思い返しながら、私は席を立った。

「考えて、ほしいです」

「…………あ、ハイ」

 カバンを持った後は背筋をぴしゃんと伸ばして、陽介を見た。返ってきたのはあっけにとられた様子での生返事。二人の視線に見送られ、私は教室を颯爽と抜ける。逃げたのだとはバレないように。


 いくつかの教室のを抜けて階段の踊り場に出た時、隠れるように背を壁に付けて息を吐き出した。

「は、はは……好きって、言えた」

 ここに来るまで何一つ思い返さないようにしていたけど、それももう限界。自分の言ってしまった言葉たちを思い返して頬が異常発熱。
 好きって言えた。三年ちょっとの片思いを頑張って進展させた。自分で自分の殻を剥いだ。こんなすごい自分を評して、フラれるかもしれないは、とりあえず今は考えないでおいた。





 さて、陽介に告白した私だが、好きになってもらうためにはどうしたらいいだろうか。

 好みのタイプを聞く? 可愛い子。
 趣味を合せる? 戦闘。

 米屋陽介は難攻不落か。戦闘って。凡人の女子に何言ってんだ。考えるだけで目眩がした。
 女の子らしくとか可愛くっていうのは、そんなのずっと前から頑張っている。高校デビューと人は言うが、中学の冬頃から髪の巻き方やメイクの練習頑張ってましたぁー。制服の着こなしだって野暮ったくならないようにスカートは短め。この秋冬、萌え袖丈の黄金比を算出して選んだベージュのカーディガン。日々可愛いを研究している。
 自分の中では頑張っているつもりでも、陽介に伝わらなければひとつも意味をなさない。ボーダーにいる女の子はみんな可愛い。彼女たちに引け目を取らないように、飽きられないようにしなければならないと私は必死だ。

 実際、陽介に可愛いと言われたこともある。この夏、体育の時間がさすがに暑くてポニーテールにした。この頃は色気を研究して常に髪は下ろしていた。

「なまえのその髪型珍し。そーういうのも似合うじゃん」

 あれ、可愛いじゃなかった。自分の回想を改ざんしていた。
 可愛いではなかったが褒められたことには違いない。暑苦しくて適当に結んだだけだからとっても雑だったのに、陽介に褒められたものだからこの夏はポニーテールにする頻度が増えた。
 さすがに冬が近づくにつれて首元が寒くなって下ろしたけど、たまには結ってみている。話題のくるりんぱな髪型にしてみたり。
 なにが良かったのか、あの時以来髪型を褒められることはないけどね。


「おはよう。陽介」

「お、おう。はよ」

「昨日はボーダーだった? 面白いテレビあったんだけど」

「あー……いや、見てない」

「それが昨日あの番組で、陽介の好きな芸人さんがさぁ」

 好きになってもらうって難しい。あの手この手考えてみるし、できることはやり尽くした。あと私にできることとはなんだろうか。
 色々考えてみたけれど、結局できることはいつも通りでいることしかないと、変わらない態度で接することにした。私の気持ちを知った後と、知る前ではきっと陽介にとって私という存在の見え方も変わるだろう。多少は意識してもらえるんじゃないかと信じるしかない。

「うわ、まじ? 再放送だろ、それ。録画しようと思ってたんだよなー」

「そうなの? 録画しといたから、DVDに焼いてあげようか?」

 うず、とした表情をする陽介に「じゃあ、明日持ってくるね」と笑いかける。陽介が好きな芸人さんはチェックしといて良かった。
 ありがとう、と言ったあとの彼にまじまじと見つめられ、照れてしまう。そんなに嬉しかったのかな。今夜もテレビ欄しっかりチェックしなきゃ。
 陽介のほうから「なんかさ」と切り出した表情は苦笑い。

「いつもと変わんねえのな」

「そう? 私の中では違うよ。陽介に好きって伝えてるしね」

「う、ウン……」

「うん」

 私の中では気持ちを伝えていない昨日と、伝えている今日とでは全然違う。これでも意識しているし緊張もしている。

「改まって言われると変な気がすんじゃん」

「変な気、とは?」

「なんつーか…………わるい。やっぱわかんね」

 暫らく考え込んだあと、複雑な表情で口を尖らせ背を向けられてしまった。
 ホームルームの始まりの予鈴も鳴り、自分の席へと戻る。少しだけ順調かもしれないなんて呑気なことを考えて口元を緩ませた。




2019/11/29のお誕生日ということで、中編です。
米屋くんに恋しない理由と対作品として、米屋くんが恋しない理由。
ですが前作とはまったく別のお話です。
米屋くんのことがずっと好きだったんだけど、友達からなかなか抜け出せなかった、ちょっとサバっとした夢主。
夢主に振り回されたりする米屋くん。
そんな二人の、米屋くんお誕生日からクリスマスぐらいまでのお話です。





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