- ナノ -
アンジェリカのミニチュアガーデン2
少し前に友人と見た話題の海外ドラマのヒロインがこんな様子だったのを私は思い返していた。
目の前にいる隠岐くんはニコニコといつもと変わらない表情でみんなの気持ちを代弁する。

「みょうじさん、いつからイコさんと付き合うてるんですか?」

スクールライフをド派手にエンジョイしていたヒロインことアンジェリカは、学校で人気者のイケメンな男の子に告白され付き合うことにしたら、次の日には学校中へ噂が広がっていた。結局アンジェリカにとって四人目の彼氏となったそのイケメン男が、未来の結婚相手となったというオチ。
その時一緒にそのドラマを見ていた友人とは「学校とか狭い空間ってすぐ噂広がるよね〜」とか「元カレが三人も学校にいるとか苦痛」とか笑っていた。

ボーダーに元カレはいないが、アンジェリカが他人事ではなくなった。



「なんでみんなしってるの……」

「そりゃ、太刀川さんたちがこの間の映像みてたからやな」

推理もなにも必要ない。犯人一発特定。
食堂で出会った水上くんと隠岐くんの影へ、私は他の視線から隠れるように座った。
あの日、自分の事で精一杯すぎた。とっても動揺していた。だからあの場にエンジニアさんに紛れて太刀川さんや迅さんたちがいたことなどまったく気付きもしていなかったのだ。あの空間での出来事を、ありがたいことにモニターで一部始終見守ってくれていたらしい。
更に戻ってきた私が周囲へ気も配らず、水上くんへ勢いのまま話したことへもきちんと耳を傾けてくれていたのだとか。

「言うとくけど、みょうじの声大きすぎ」

わかっている。自覚している。でもだからって、付き合うことになって数日後のラウンジで多くの人に振り返られ「生駒さんの……」と囁かれるなんて予想もしていなかった。それが三日も続けば、さすがに少しだけうんざりしている。
ドラマの中でもアンジェリカはみんなに囲まれ問いただされたり、遠巻きに指を差され、私のように驚き困惑していた。そしてその次に始まったのが、イケメン男のことを好きだった女の子たちからのいじめではなかっただろうか。ありがちな女の子の嫉妬ってやつだ。足ひっかけられたり、物を隠されたり。
三人でランチを食べながらそんなことを考え込んでいたら、思わず口に出ていた。

「ないないない。たぶんそれはないよな。うん」

「なんの話です?」

「生駒さんと付き合ったから、生駒さんファンからいじめられるかと思ったんだけど」

「「「ないない」」」

思わず三人で声を揃えて笑ってしまうほど。
隠岐くんにモテるだなんだと突っかかっている彼へ女の子のファンがいれば、私なんて端から用無しだ。ありがたいことに彼へ男のファンはいても、女の子のファンがいなかったばかりに私は選ばれた。

いこまさんに、えらばれた……

突然自分の中に浮かびあがたパワーワードに殺されるとは思わなかったよ。ゴンっとテーブルへ額をぶつける私を「唐辛子みたいに赤い」と例える水上くんの足を下で踏みつける。

「にしても、イコさんようやっと片思い成就したって感じですよね」

「え、そうなの?」

「結構長かったよな」

いつからなのか、どうして私なのか、教えてくれと頼みこんでも、本人に聞けとあしらわれる。それもそうなのだけど、第三者からこっそり聞いて本人の素直な思いを密かに楽しみたい気持ちもある。

「気になる……」

「その様子やとみょうじさんも結構好きなんですね」

「でなきゃ付き合わないでしょ」

物好きやなぁと笑う二人は、言葉とは逆にどことなく嬉しそうで。
もちろん私も突然ではあるが、彼氏ができて嬉しいことを喜んでいないわけではない。どちらかと言えば今日だって浮かれ気分だ。この後、生駒さんに模擬戦を頼んでいるし、それが終われば一緒に帰ろうと約束もしている。

「ねぇ、でも、こんな噂になってて生駒さん嫌な顔してない?」

「さぁどうやろ?あの人のことやから、逆に「俺人気者やん」って喜んではりそうやけど」

「「いなめない」」

もう一度私たちは吹きだすように笑う。そんな現場へ生駒さんがやってきて、私と同じように周囲の視線を感じた彼が想像通りの言葉を言うものだから、きょとんとする彼には悪いが三人でお腹を抱えた。
結局私もアンジェリカと同じ穴のムジナなのだ。狭い空間で瞬く間に噂が広まろうとも好きな人の存在には代えがたい。





でもだからってまたこんな空間に閉じ込められるとも思わなかった。

「今度は黒やな」

「しかも前回より狭いですね」

冷静に現状把握に勤しんでいるが、とても動揺している。二度目の仮想空間トラブルだ。
といっても、今回は前回とは違い狭い三メートル四方の諏訪さん……こと正方形。正方形の六面のうち五面は濃い墨で塗りつぶしたかのように黒い。残りの一面だけモニターのようになっている。映し出されているというよりは、そこに透明な壁があってこちらが見えないマジックミラーにでもなっているかのようだった。向こうの声は聞こえていて様子も見えているのに、こちらの様子は見えておらず声も届いていないらしい。
隠岐くんがエンジニアさんを呼び、真織ちゃんが一生懸命ここを解除しようとパソコンへ向かっている。にもかかわらず、だ。水上くんにいたっては「自分たちにはどうにもできへんから大人しくしとこ。邪魔しても悪いし」と長椅子に寝転がっているではないか。きみも頑張れよ。なんとかしてよ。邪魔とかないから。

「だめですね。この調子だとまた時間かかりそう」

「ベイルアウトもあかんし、完全にお手上げやなあ」

「くそー。水上くんの役立たず!ゴロゴロしてんじゃないわよー!アホー!バカー!」

「なまえちゃん関西人にバカはあかんやろ」

「え、そうなんですか?」

「アホのほうが柔らかい」

この人のなんでこんな冷静なんだろう。壁に背を預けて胡坐をかいて座りじっとモニターへ視線を向けている。この状況に慣れてるのか?そうそうないぞ、こんな空間へ閉じ込められること。
何度ベイルアウトと叫んでみても体は発光するものの霧散したり飛んだりすることはない。それどころか三回目のベイルアウトと叫んだ時にはトリオン切れを起こしてしまい、生身へ戻ってしまった。それでもこの部屋からは出ることができず、緊急脱出機能がいかにトリオンを消費するかがわかっただけ。
どうにも打つ手がなくなり、結局私も生駒さんの隣りへ座りモニターを見つめる。みんな大変そうだなぁ。あーでもない、こーでもない、と試行錯誤する声は聞こえているが、私たちの声が届かないのでは返答のしようもない。

「なまえちゃん寒ない?」

「大丈夫です」

ひと一人が入れるか入れないかのスペースが私たちの間にはあいている。それは前回も同じで、遠いとも近いとも言いがたい距離。私はこの距離を前回と違って、わざとあけて座っている。

(だって意識しちゃうもん)

膝を抱えて熱くなる頬を隠す。
ついこの前、彼氏になっていただいて。尊敬から好きへ気持ちはゆるやかに変換中。私にとっては片思い期間をすっ飛ばしたもんだから、改めて生駒さんの行動、一挙一動に胸をときめかせている状態だ。恋愛に慣れているわけでもなく、正直改めて“恋人”となると距離感もよくわからない。
ちらりと横目で盗み見ると、何かを考えているようななーんにも考えていないような表情でゴーグル越しにモニターを見つめている。そんな横顔を見ているだけで「うわ、生駒さん横顔もかっこいい」なんて思っちゃうのだから(実際はゴーグルで三分の一は隠れているのに)、見る目のなかったその他大勢の女子へ感謝の気持ちさえ沸き起こる。恋ってすごい。
しばらく互いに沈黙が続くがそれが嫌な雰囲気というわけでもなく。でも私は何かしら生駒さんと話をしていたくて、話題を探す。

「生駒さんは、嫌じゃなかったですか?……その、みんなに噂されて」

「なんで?ほんまのことやし。自慢して歩いてもええっちゅーことやろ?」

そういうことではないと思うけど。いつもの真剣さが抜けてわずかに緩む口元をまじまじと見てはいられない。この人めっちゃ私のこと好きじゃん。
つむじの先っちょまで熱が昇っていくのを止められず、顔を隠すように伏せてはさらに体を縮めた。

「なまえちゃんは?迷惑やった?」

そんなわけないって絶対バレてるのに。たぶん。でも、時々生駒さんは天然さんだからなぁ。

「生駒さん、生駒さん」

「ん?なに?」

「やっぱり、今ちょっと寒いです」

天然さんにこの言葉の意図が伝わるだろうか?もう一度横目で盗み見た一人分の空白の先には、赤色はなく。私は突然のことに息を飲んだ。
後へ気配を感じたのも一瞬。背中へほんの少しの体重が圧し掛かるし、包み込むような体温を感じるし。叫び出したくなった。暗にしたことは、くっついて隣りへ座りたいという意味だったのに。

「っい、い、いこまさん!?」

「掛けてあげられるもんないし。なまえちゃんが風邪引いたら困る」

私の後ろへ腰を下ろした生駒さんから、後から抱きしめられる形で腰へ回る手。「セクハラとちゃうよ」と言い訳もプラスされて、恥ずかしさより笑いが勝る。
こんな体勢でこの空間が解除されたら私たちは心底恥ずかしい思いをするだろうが、そんなことも生駒さんとなら笑いへ変わるんだろうなぁ。それがふわふわとした嬉しさの温度へ変わっていく気がして、恋ってやっぱりすごい。

「みんなの噂、生駒さんが迷惑じゃないなら私も迷惑じゃないです」

「そうか。よかった」

表情は見えなくても近くで聴こえる声だけで、彼がまた優しく笑っているだろうということは、なんとなくわかる。

「生駒さん、生駒さん」

「重い?」

私は彼の腕の中で少しだけ体を捻って見上げる。首を傾げる様を見ながら、こんなにも近いのに生駒さんは恥ずかしかったり照れたりしていないように見えるけれど、どうなのだろう。まだまだ表情に出ない感情を読み取るのは難しい。

きっと生駒さんが私を想ってきた期間には敵わないけれど。

ひょいとゴーグルを奪い取り、背伸びをする。届く前に驚いた彼が一度後へ退いたけれど、追いかけるようにしてさらに背を伸ばした。やわらかい、というよりはゴツンと強めの衝撃に唇は少し切れたみたい。

「――っ、なまえちゃん!」

「えへへ、失敗失敗」

「あかんやんこんなん!」

「ダメでした?私も生駒さんのこと好きですよって伝えたくなりまして」

私の体を支えていた片手が離れ、自身の額を押えるものだから目元まで見えなくなって。そんなことをされると、遅れて恥ずかしさが込み上げるじゃないか。
謝ろうかどうしようかと、ごめんなさいの一文字目を言う前に生駒さんの手が今度は私の頬へ添う。大きな手の親指が唇の端を撫ぜたせいで、ぶつかって切れた傷口なのか矢の刺さったハートなのかずきんと痛む。

「なまえちゃんほんま……ずるいわ」

眉間に皺を寄せじっと見つめてくる視線は、表情とは裏腹に甘ったるい。気恥ずかしい間が通り過ぎて、ゆっくりと合わさった二度目のキスはちっとも痛くない。それどころか唇からどうにか体が溶けだしてしまいそうだった。

「俺もすきって伝えたなってもーたやん」



結局私たちが黒い部屋から出られたのは、そんな甘い雰囲気から二時間もあとのこと。生駒さんの足の間でもたれかかって眠ってしまっていた私へ、水上くんに「見せつけんなや」とチョップを食らわせられて目が覚めた。本当にお恥ずかしい。これはさすがのアンジェリカも真っ青だ。

さっきまでのことは私の都合のいい夢だったのかとも思ったが、唇の端へ触れれば熱く痛んだ。それなのに私の表情はゆるゆると緩むばかりで、さぞかしだらしがなかったことだろう。






―おまけ―
水上くんと生駒さん


「結局原因はみょうじがトリガー落として壊してたんが原因らしいですわ」

「そんなんで壊れるん?」

「よーわかりませんけど、壊れて変な電磁波出とったとか」

「そうか。気付けへんかったわ」

「いや、どないして気付くっちゅーんですか」

「愛の力」

「ハイハイ」

「あんな箱んなか二人で閉じ込められたらたまらんわ。なまえちゃんかわええしか考えられへんもん」

「ええんじゃないですか。可愛い可愛いしたったら。そんなん、これからいっぱいあるでしょ」

「そんな簡単にトリガー壊れるん?」

「そうやなくて。ラブホとか」

「……」

「……」

「……」

「あ、ちょ、なんで引くんですか!」

「あかんわ。あかん。水上、金輪際なまえちゃんに近づいたらあかんで」

「ほんまのことやん!」

「あかーーーん!!」







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