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アンジェリカのミニチュアガーデン1
※企画サイト「nighty-night」さんの「in room」に提出したお話です。
※「〇〇しないと出られない部屋」で起こるお話





換装体へ切り替わった感覚があるわけではない。場所を自ら移動した感覚もない。瞬きの間に換装体になっているし、仮想空間の中にいる。どちらかといえばそれはテレビの画面が切り替わるのと同じ感覚。

「あれ?」

今は市街地が模された仮想空間へ移り変わるべきだった。しかし視線の先はそこはかとない白の世界。壁なのか角なのか区別がつきにくいのは影さえ存在しないから。見回すと実際は十メートル四方の空間で、自分の他にもう一人いた。

「生駒さん」

「あ、なまえちゃんや。なんやここ」

彼も戸惑っているのか周囲を見回している。白い部屋に赤い隊服の彼はやたらと浮き出て見えた。
壁に手を触れぐるりと歩くが扉一つ窓一つない。
私たちは、集団訓練と称してみんなでバトルロイヤル形式で戦うはずだった。本部の個人戦ラウンジで暇していた集団の戯れのつもり。生駒さんの他にも太刀川さん水上くん犬飼くん辻くん米屋くんや出水くん熊谷ちゃんや双葉ちゃんなど……雑多なメンバーでワイワイしていたはず。にも関わらず、私たちは二人でこの空間にいる。

「は!これが噂の諏訪(トリオンキューブ)さんか!」

「まさか……ネイバーの襲撃?」

『おーい、――聞こえとる?』

自分たちとは違う第三の声は、ノイズが入って途切れ途切れではあったが聴き覚えがあった。

「水上くん?これどういう状況?」

『よーわからんけど、大勢で一か所集中したから仮想空間エンストしてもーたんやないかって。今エンジニアの詳しい人呼んでるわ』

水上くん含め何人かは空間に入れず、何人かは私たちと同じように歪んだ仮想空間へ単独、または複数人で閉じ込められている状況らしい。
この状況に置かれているのが自分たちだけではないことに安堵し、壁へ持たれるようにして生駒さんと並んで朗報を待つ。

同じクラスの水上くん繋がりで紹介してもらった生駒さんとは会えば話をするし、何度かみんなと一緒に遊びに行ったこともある。私は狙撃手だから個人戦はしたことないけれど、生駒隊の試合は観戦するし、生駒さんもまた私が自隊のランク戦に出ている時(防衛任務が入っていなければ)は観戦に来てくれる。
そんな感じで、生駒さんとはわりと親しい友人関係だ。
この変な空間に閉じ込められたのが、生駒さんで良かった。あんまり話したことが無い人だったら、この空間内にいることさえ気まずかっただろう。

「暇やし腹減る気するなぁ。なまえちゃん、昨日の夕飯なんやった?」

「ハヤシライスでした。生駒さんは?」

「食堂のB級ランチ」

「この前もでしたよね」

「うん」

「今日はみんなでファミレスでも行きましょうよ」

「ほんま?ナスカレー食えるとこないかな」

平静は装っていても内心に多少の不安もある。そこを察してか、生駒さんが他愛もない話で気を紛らわせてくれるのがとてもありがたかった。むしろ不安をよそに、気付けばゲラゲラと腹を抱えて私は生駒さんの話を聞きながら笑っちゃっていたぐらい。
一時間くらいそうしていただろうか。水上くんから次に来た連絡は『緊急脱出すれば出られる』というもの。どうやら向こうもバタバタしているらしくそれ以上応答もなく。

「簡単に済みそうで良かった」

私はライトニングを構えて無防備な生駒さんへ向ける。敵対する状況でもないのにこういうのは気が引けるけれど。ベイルアウトするなら「お先にどうぞ」と気軽な気持ちで引き金を引いた。そうできるのは、これで人が傷つくわけでも死ぬわけでもないとわかっているから。
しかし、放ったライトニングの弾丸はスパッと真っ二つに割れて生駒さんを真ん中にして左右へ別れた。

「いこまさん」

「すまん。わざとやない」

“女の子に撃たれる=負け”という方程式が彼の中で私の弾速を上回ったらしい。さすが居合の達人。神業。無駄に精密。そうはいっても納得いかないぞ。ちょっと悔しいぞ。

「なら生駒さんが私を斬ってください」

「女の子を斬るなんてできん。ましてやなまえちゃんやで?できるわけないやろ」

何を言っているのか。そんなゴーグルの下で怪訝そうな顔されても意味がわかりませんから。
生駒さんが女の子に優しいことはわかってはいたけれど、このままでは二人とも出られない。

「できます!大丈夫です!自慢の長い旋空でばっさりどうぞ!」

「無理やって」

「できますって!」

「無理」

「なんで!?」

「だってなまえちゃんやもん!」

「理由になってません!じゃあ私が心臓撃ち抜きますから絶対抵抗しないでくださいね。そこに立ってるだけで良いから」

結局これが早い。もう一度ライトニングを構えると、ゴーグルをずらした真顔の生駒さん。
……やだなぁ。なーんか物々しい雰囲気になってきたぁ。
照準モニターへ映る彼と視線が交わるのはなんだか変な感じ。真顔なのはいつものことだけど、いっそ決死の覚悟みたいなものさえ滲み出ているような気がして、こちらまで冷や汗が流れ、生唾を飲み込んだ。
あえて「いきますよ」と声はかけなかった。私の指先はトリガーを引――


「あかーーーん!」


「生駒さんッ!!」

彼の突然の咆哮に思わずトリガーを引き損なう。
あかんくない!もう!そんな地団駄踏まれても、あかん理由がわからん!
つかつかと彼のそばへ歩み寄って睨み見上げると生駒さんは両手で顔を覆った。

「無理やって!だってなまえちゃんめっちゃ真剣な目ぇでこっちみとるから、ときめいてまうやん?そんなん一生心の準備できる気せんわ」

「意味わからないこと言わないでください」

このままでは二人ともこの空間で救助を待ち続けなければならない。そんな途方もないことをしなくても、この状況から逃れる手立てがあるのだから、ベイルアウトすれば良いのだ。

「なら、やっぱり生駒さんが私を斬ってくださいよ。女の子だからとかいうくだらない遠慮はいらないんで」

今更私を女の子だなんだと丁寧に扱ってくれるのは生駒さんぐらい。その優しさに喜びはするけれど、半分は恥ずかしくもある。
それに“女の子だから”と言うのはなんだか手加減されていたり、気をつかわれているみたいで。口汚くいえば「侮らないで」よ。

「……そういうんじゃないんや」

「わかってますよ。生駒さんが優しいのは。でも大丈夫ですから。斬られたぐらいで、嫌いになったりとかないですから」

「ほんま?」

「え、本当にそんなこと気にしてるんですか?」

少しの間の末、こくんと頷いた生駒さんに吹き出すように笑った。
競い合い強くなろうって人たちの中に居て、勝った負けたや斬った斬られたぐらいで人を嫌いになっていたら自分より上位部隊みんなを嫌いにならなきゃならなくなる。尊敬や羨望こそあれど、よっぽどえげつないやり方されない限りは嫌いになるなんてことはないと思う。

「生駒さんのこと誰より憧れてるし尊敬してますから、何されても嫌いになんてなりませんよ。ね?だから、女の子だなんだと気にせず思い切りどうぞ」

「…………ハァ」

今度は足を抱えてうずくまってしまった。挙句になにやら「あかんやん、ずるいやん」などと唸ってもいる。
頼む。水上くん。なるはやで、この状況云々より、せめてこの男の扱い方をどうか教えてはくれないか。


「そんなん言うのずるいやん。俺もっとなまえちゃん好きになってまうやん……」


「ずるくなんて……ん?」

「なまえちゃんは女の子に決まっとる。めっちゃ可愛いし優しいしええ子やし、女の子やないなんて思えんわ」

「い、い、いこまさんっ?」

「好きな子を女の子やない言えへんし、斬れるわけないし、かっこ悪いとこ見せられへんやん。俺どないしたらええの」

羅列される言葉一つ一つを丁寧に聞いていたか。ノー。
言っている意味がわかったか。ノー!
自分へ向けて可愛い好きなどと言われ、どないしたらええかわからないでいる。イエス!イエス!イエスやで!


「ッ!、べ、ベイルアウトォ!!」


私は思わず脱出の言葉を叫んでいたし、叫んだ後に「あ、この手があったじゃん」と自分に呆れ返っていた。滅多に使わないもんだから、すっかり倒さなきゃ飛べないとばかり……。
視界の画面はすぐに切り替わった。体の感覚も生身になり、自分の体温が高いことをいつも以上に気取ってしまう。

「遅かったやん」

「水上くん!」

「なんやの?熟れたパプリカみたいな顔して」

「そこはトマトって言って!」

「青ざめてんのか赤なってんのか、はっきりして欲しいわ」

そんなの両方に決まっている。いや、こんな会話している場合ではない。
私はいそいそと水上くんを引っ張って部屋の隅っこへ移る。
ベイルアウトしてきた先には、エンジニアの人が数人とあの空間から戻ってきた人が数人。まだ通信の繋がらない人がモニターへ映っていたり。生駒さんも一人、あの白い空間に立っているのが見えた。

「水上くん冷静に聞いて!生駒さんに好きとか可愛いとか言われたんだけど!?」

「ああ。あの人どないなタイミングで言うてんの」

「本気!?ねぇ、これって本気のやつと思う!?」

「さぁ。そんなん本人に聞きぃや」

こっちは真剣だというのに、目の前の彼ときたら意味ありげに笑ってのらりくらりと。「お、イコさんもベイルアウトしたみたいやで」と追い討ちをかけてくる。
私は慌てふためき、戻ってきた生身の生駒さんが動き出すより先に脱兎の如く部屋を飛び出した。



さっき生駒さんと、この後みんなでご飯に食べ行こうねって話してたのに。今は冷静になるまで立てこもった女子トイレから出られそうもない。
生駒さんすぐに女の子のこと可愛いとか言うからきっとあれは本気じゃないと思うの。今までだって可愛いは何度か言われたことあるけど、女の子総称して言われてるだけだと思っていた。好きだとは、今まで、一度も……。
思い返して「あかーん!」と叫ぶと、携帯がメッセージを受信する。

『ここまだ片付かんから、イコさんとご飯行ってき』

嘲笑う水上くんの顔が思い浮かんでいっそ腹立たしい。即座に打った言葉は『無理』だったけれど、思い留まりバツボタンを押す。
そう簡単に気持ちが切り替わるわけもない。好きか嫌いかでいえば好きだけど……ここで「私も好きー!」と言うのはノリと勢いが過ぎないだろうか。
考えれば考えるほどもどかしく、はっきりとしない感情なのにどんどん心へ積もって溢れそうだ。

『せめて水上くんも一緒に来てくれないか』

『イコさんとご飯行くん嫌なん?』

『そうじゃないからこまってる』

そうじゃない。嫌なわけじゃない。むしろ逆で。
嘘みたいに早鐘を鳴らす心臓のせいでちっとも熱は引かないし、冷静さは返ってこない。

トイレから忍び出た私の視界、少し離れた場所で私服姿の生駒さんを見つけると、トイレ臭くないか自分の服を嗅ぐという行動に出ていた。

「ごはん、食べ行く?水上まだ忙しいから行けそうにないんやて」

私は小刻みに何度も頷き了承を示す。むしろこの熟れたパプリカみたいな顔で色々と察して欲しい。

「俺と二人でもええ?」

「え、ええです!いいです!行きます!」

「ほな行こか。なまえちゃん、私服もかわええな」

はにかむように笑った彼が、これまでの言葉を本気で言っているのだとしたら。
私は彼の横を歩きながらこっそりもう一度、トイレ臭くないか確認した。







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