デジャブかと思うほど似たような白い天井の見える部屋で目を覚ました。両手がバカみたいにヒリついて痛いし動かない。たぶん包帯か何かが巻き付けられている。発熱時のように頬も熱い。
ゆっくりと思考を辿ってどうしてこうなっているかを思い出しながら改めて「デジャブじゃん」と小さな息を吐き出すように苦く笑った。思い出すのは、青春時代の思い出だけではない。あの過ごしてきた日々の想いも一緒に胸の中へ鮮明に蘇る。
なんとか首だけ動かしてみたら、狭い部屋の中、月明かりの入り込む窓際の椅子に座っている爆豪くんの姿があった。
「目ェ覚めたか」
「いつの間に着替えたの?」
「アホ。てめぇが三日も寝とったんだ」
「そんなに? 山田さんに電話しなきゃ……きっと心配してる」
「山田ァ?」
「保護観察官の人。引っ越してからずっと面倒みてもらってて」
「ああ、あのババァにならとっくに連絡したわ。てめぇが呑気に寝てる間に、保護観察はうちの事務所に移動させたし、仕事も休職手続きとったし、あのクソ田舎にあった部屋の荷物も全部持ってきた」
「あとは?」と聞かれても。吃驚しすぎて思考は止まった。
この世界には望む望まないは別にして、両親がヒーローの家の子もいれば、家族親類ヴィランという子供もいる。そういうヴィラン予備軍の子供たちを、保護する仕事を兼任しているヒーロー事務所も確かにあるけれど。彼のところがそれをしているとは知らなかったナァ。
何も荷物まで持ってくることないじゃないか。下着とかあったのに。人の気持ちを察してか知らずか、「下着は捨てた」と言われた時は絶望した。ちょっと古いけど長年使って愛着のある子たちだったのに。
というか、下着を捨てたなら服も捨てられているだろうから、残っている物を考えても他に荷物なんてほとんどない。私という存在がいつ消えてもいいように、私物なんて必要最低限しか持たないようにしていたから。だから、あの田舎の中でも奥地にあるボロアパートまで行く方がよっぽど時間かかっただろう。
「なんでそんな勝手なことするの」
「てめぇの個性とは相性がいい」
「それで?」
「わかれやクソが」
「私たち……そんな間柄じゃないじゃん」
「ンならどんな間柄だ」
そんなの私が知るわけない。困ったなぁ。
力量以上の力を使った場合、私の体は風邪を引く。こんな風に能力を酷使するなんて、年単位で久しぶりだったから三日も寝込んでもしかたない。今も体は熱いのに寒いし頭はふわふわとしている。そんな中でまともに彼と会話できるはずなんてないと判断して目を閉じようとした。
私は、この会話から逃げたかった。この会話の結論なんて望んでいないもの。
「なまえ」
それを彼は許さないらしい。
お互いに呼び慣れてない、呼ばれ慣れてないはずの名前。それなのにぎこちなさのようなものは感じさせない。まるでずっとそう呼んできたみたいに馴染むのだからおそろしい。
ベッドが片側だけ沈む。
「どんな関係なら良いンだよ」
瞼を持ち上げれば赤黒く宝石のように輝く瞳もこちらを覗き込んでいた。見えないものを見ようとするみたいに。
「どんな関係ならてめぇは勝手に居なくならんくて、嘘吐かなくて、何もかも見失わずに済むんだ?」
「ばく、ごうくん……」
「どんだけ俺が探したと思っとんだ」
「探して、くれてたの?」
「鬱陶しいぐらい俺の横にいたくせに、勝手にいなくなるからだろうが」
「ご、ごめん?」
「俺のとこに居りゃ良いンだよ。二度とてめぇが変な気起こさねえように監視でも保護でもしといてやるから」
呆れた顔で笑む彼は見慣れないからもっと見ていたかったのに、唇に触れる感触でそうはできなかった。一時は落ち着いていたように感じていた熱がコントロール効かずに上がる。
「熱ィ」
「ねぇ、もういっかい」
「アァ? ……さっさと寝て熱下げろアホ」
クソして寝ろとはもう言われない。私の精一杯のオネダリは同じところではなく額にされただけだけど、爆豪勝己で満たされていく。満たされていくのかまた深く落とされていくのか。彼の存在が必要となっていくのがたまらなく怖くて、でも手遅れで。
動かないと思っていた手を必死に動かし、彼の背へ回して掴んでいた。どくんどくん、と鼓動が重なる。
「――こわい、にげだしたい」
満たされていく、落ちていくのと同時に堪らない不安もせめぎあう。この腕の中に私なんかがいていいのか。私の視界には爆豪くんでいっぱいでも、彼の視界には入らないよう生きて死んでいきたいと思っていた。
明るい道を歩く爆豪くんと、陰る道に生まれ育ち死んでいく私が混ざり合うなんて、一年の時の文化祭が終わってからは考えられるはずもなかった。だから彼の視界に入った時なんて、ひとつも考えてこなかったのに。
「でも、そばにいたいの」
こんな他愛もない言葉を吐きだすだけなのに、苦しくてたまらない。爆豪くんが体重かけて圧し掛かっているから余計に……
「…………く、くるし……」
「遅ぇんだよ、言うのが」
耳元で感じる彼が笑う振動。私より低い体温のはずの彼の肌も同じように熱かった。
体育祭の日に落ちた深い深い羨望と綯い交ぜになっていた恋の結末は、ようやく終焉を迎えたかスタートラインに立ったかした。
どっちだと思う? 爆豪くんに聞けばきっとどうでもいいと言うだろう。だって、私が彼のそばにいることを選ぶのは、これからは変わらないから。
―それからちょっと先の話―
家へ戻ると異常な暑さに苛立った。あのアホ女ときたらまた。
あの女は自分の体温調節が未だに下手くそ。暑いところにいたら適応しようと自分の体温を上げ熱中症になっていても気付かず、体温調節をバグらせて風邪を引く。寒いところにいれば、寒さに耐えきれず体温を上げすぎて風邪を引く。
わざとか? 心配かけたくてわざとやっとんのか? 連日猛暑が続いているってニュースでしつこく言ってんのを知らないフリでもしてんのか?
「おかえり」
「なんでエアコン点けねェんだ!」
「暑いのは割と平気だし。今日はそこまで暑くないよね?」
「それでこの間熱中症になりかかってたのはどこのどいつだ? アァ?! ンな格好でウロウロしてんじゃねぇ!」
嬉しげに出迎えられたところで、何も喜ばしくはない。エアコンの点いてない部屋はクソ暑いわ、出迎えた女はタンクトップにホットパンツだわで苛々は増す。
下着を全部新しいのに買い替えてやったと言うのに、タンクトップの下に着けているモンは見たこともない随分とラフそうなやつ。誰か来たらどうすんだって言ってもその格好をやめねぇつもりらしいから、帰宅早々ソファへ押し倒してやった。ほらみろ。ホットパンツの裾から白いレースが容易く覗いてんじゃねぇか。周囲の気温が一気に上がる。
「で、電気代の節約を……」
「トップヒーローの家で電気代気にした女が救急車呼んだなんつーことが起こって良いンだなァ?」
「ダメ、ダメだけど……私の温度に合わせたら、勝己くんは寒いでしょ?」
自分も基礎体温は高いが、この女は更に高い。エアコンの温度を一番下まで下げてようやく「ちょっと寒い?」というレベル。そんでこう言う時にはすでに若干怪しい。コントロールできていない状態の可能性がある。
「バァカ。寒ィわけねぇだろ」
呆れて座り直せば、遠慮がちにもたれかかってくんのが鬱陶しくて無理矢理肩を引き寄せた。もっとグンッて来いって言ってんのに、聞きゃしねぇ。まったく手のかかる女だ。
「隣にてめぇがいんだから寒ィわけねぇだろ、なまえ」
END
MHA Melting into you [ 06 ]