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05
 高校卒業後、色々あった私は大手食品会社に就職した。大手、といっても本社が都市部にあるだけで、私が勤めるのは田舎にある支部のほう。とても仕事はやりやすかった。人付き合いの苦手な私でも上手く馴染め、周りは親切で、田舎だから知り合いに出会うこともなくて。
 新天地では誰も私のことを知らない。まして雄英高校なんて、こちらの人にとっては都会の都市伝説か何か。都会ほどヴィランの活動も活発でないものだから、ヒーローは町に一人程度しかいない。
 そんな場所でひっそりと、ヒーローでも、ヴィランでもない、ただのみょうじなまえの人生を歩んでいた。

 一年に一度あるかないかの全支部合同会議に、初めて呼ばれてやってきた本社。何度も断ったのに、上司がどうしても私をと推して渋々雄英があるこの地に訪れた。
 ずいぶんと田舎の環境に慣れきってしまっていた私は、会議後も本社の人に案内され施設内を見学していたら、まさか自分がヴィランに囚われることになるとは思ってもみなかったこと。縛られると結構痛いんだなぁとどこか遠い所で考えている。
 とてもお粗末な方たちだったから、やってきたヒーローに制圧されるのはあっという間。私を助けたヒーローは最近都会のニュースでよく聞くようになった新人ヒーロー。犯人本体を倒したのは別のヒーローだと言っていたが、どうしてか新人ヒーローの所属している事務所を知っていた私は、誰とまでは聞かなくてもわかっていた。


「テメェ、ここで何しとんだ……なまえ」


 まさか、まさか。ここに来たヒーローが誰であるかわかっていたとはいえ再会するなんて。下の名前をまともに呼ばれたのも久しぶりで、私のことかと認識するのに時間を要した。人生で初めて彼に呼ばれたような気もする。
 日本の人口は一億人もいるというのに、どうしてこんなところで私と彼が再会しちゃうかなぁ。

「本物のヒーローになれたんだね」

「ンな話してねェ。コレ、てめぇがやったんか?」

「……そうだよ、って言ったらどうするの? また座らせて頭を吹っ飛ばす?」

 小さく息を飲んでから笑顔を作った。掴まれた腕が痛くて眉を顰める。ギラギラとした鋭さはあの頃と変わらないか、それ以上。顔も体も残っていた幼さが抜け、男らしさが増している。でも、変わらないなぁと思えるほど彼にはやはり、私が焦がれたものが今もあるみたい。
 比べて自分は?
 その疑問に、早まっていた脈拍は静かになっていく気がした。

「携帯。さっきから煩いし、先に出たら?」

 私たちの会話を邪魔するように、彼のポケットで携帯が震えている。たぶん、伝えられるのはあのこと。
 舌打ちをした彼は掴んでいた手を離すと、荒っぽく携帯に応じる。逃げたり暴れたりなんてしないのに、じっとこちらを無言で動くなと睨んでいる目は一瞬も逸らされない。

「来い」

「え、私いらないでしょ」

「てめぇは……どんだけ嘘吐くつもりだ」

 電話を切った彼は、今度は私の手を掴みなおし階段を下っていく。
 嘘なんて吐いただろうか。少なくとも今の「私いらない」は嘘じゃない。階下でおきていることは、私が行かなくても彼だけでどうにかなる問題。一般人は黙って避難するべき。さっきの「そうだよ」という肯定は嘘というよりは見栄。ちっぽけでつまらないやつ。それは彼にもわかりきったことだったみいだけど。だから、見栄っ張りと言われるならわかるけど嘘吐き呼ばわりは心外だ。
 一度だけ振り向いた彼はちらりと視線を社員証へ向けるとまた前へ視線を戻した。

「どこでのたれ死んだかと思えば、こんなとこにいたんか」

「やだな。ちょっと県外の田舎に引越しただけだよ」

「アァ?!」

「私、保護観察受けてたの。両親が死んで、警察に捕まって。高校卒業する直前だったかな。両親が仕事でヘマしたみたいで。警察に捕まって、学校の先生たちにも知れ渡って。でも、学校での態度が良かったのと前科持ちじゃないからって理由で、卒業までは学校に残させてもらえたのはありがたかったなー。卒業式は出させてもらえなかったけどね。それで卒業後すぐ家も持ち物のほとんども引き払って、田舎に引っ越したの」

「ンで、言わなかった?!」

「言うほどの間柄じゃなかったし」

 今度こそ彼は足を止めた。昔からそうだが、女の子に対する力加減が全然わかってない。そろそろ手首折れそう。あ、でも頭は吹き飛ばなかったからそれなりに進歩はしているのかもしれない。
 怖い顔で詰め寄る彼から、引ける一歩があれば引いていた。

「てめぇは……!」

「早く助けないと、地下倉庫は冷凍庫になっているからヤバいよ。研究員の人が閉じ込められてるんだよね?」

 何か言いたそうにしている彼から視線を逸らす。
 私を捕らえた犯人グループの人が地下に研究員を閉じ込めたと言っていた。ヒーローが来て私たちは助けられたが、逃げ出す人の中にそれらしい研究員の人たちの姿が見えず、万が一を思ってこの階段を駆け下りていた。目的は彼も同じはず。そしてさっきの電話はそれを報せていたものだろう。
 再会早々もう何度聞いたかわからない舌打ち。再び歩みを進める彼はどうしてか私の手を離さない。

「ねぇ、一人で行ってよ。それとも怖いの?」

「違ぇわボケカス! 閉じ込められてんのが冷凍庫なら、テメェの能力が役に立つだろうが!」

「私、ヒーローじゃないし。そんなことする義務ない」

「雄英を卒業した事実は変わんねえ」

「……私はもうあの頃のなまえ≠カゃない」

「お前はいっつもいっつもうだうだうるせぇんだよ! そのくせ大事なことは言わねえ!」

 辿り着いた地下の奥にある冷凍用の倉庫。厚みがあり厳重な扉は、ヴィランによって重厚な鍵が施されていて、簡単に開きそうもない。
 両手を構えた彼をさすがにいったん止めた。扉を壊すほどの爆発を起こすと、壁や天井が倒壊する危険がある。加減するとか言っているが……って、私には関係のないことか。何を今さら私ごときが、天下に名高いヒーロー様の人命救助活動の邪魔をしたことか。

「止めてごめん。どうぞお好きにやってください」

「……そうだな。俺を止めたんだ。てめぇがやれ」

「何言ってるの? そんなふざけたこと言ってないで。早くしないと人が死んじゃうよ? 犠牲者ゼロで今までやってきて事務所もどくりつ――」

 言ってすぐ口を塞いだ。しまった。これじゃあ私が彼のことを知っているような口ぶりじゃないか。ずっとテレビや新聞やネットで彼の情報を得ていたから知らないわけじゃない。進んで得ていたぐらいだけど、それを知られるのは望んでいないこと。
 ニヤリと上がる口角。彼に見透かされている自分を塞ぐにはどうしたらいい? それに、気付いているだろうか。今さながらヒーローにあるまじき表情をしてるって。

「で、できない」

「できる」

「っできないって! さっきも言ったけど……私は、ヒーローじゃない」


「ヴィランでもねェだろうが!」


 爆豪くんの言葉はいつも胸に当たって痛い。いつも私の中にあるどうしようもない価値観やプライドを壊そうとする。

「ヒーローじゃねぇって言うんなら、なんでテメェはここへ来た?」

「それは……人が閉じ込められてるの、知ってたからで……」

「ンなら、近くにいたヒーローに言えや」

「気付いたのはさっきで……咄嗟、だった、からっ」

 こちらへ伸びてきた彼の手に思わず目を瞑ると、殴られるわけでも爆破されるわけでもなく大きな手に頭を撫でられた。

「そういうのをヒーローって言うんだろうが」

「っ! ……私は、ヒーローに、なりたかったわけじゃ」

「俺ができるっつったらできんだよ! くだらねぇ話は終わりだ。いいから熱出せェ!」

 彼の手が離れていき背を向けられてから、込み上げそうになっていたものをぐっと堪える。そうだ。今はくだらない話をしている場合ではない。無茶かもしれないが今は私にもできることをしなければならない。元、雄英生徒として。

「熱いから、少し離れてて。私が熱で扉の縁の鉄を溶かす。爆豪くんは極力弱い力で扉を爆破させる。いい?」

「上等だ」

 鉄が溶かせるほど熱を上げられたことはない。高校時代に強化訓練でやらされた時は、一〇〇〇度が限界だったなぁ。集中して熱を伝える範囲を狭め、一か所に熱を濃縮させて。高校時代に言われたことをできる限り思い出しながら、扉へ両手を置いた。血が巡り自分でも熱いと感じるほどの熱波が周囲に飛散する。
 扉の作りが純鉄ではなかったようで、溶けやすくて助かった。「いま!」と叫んだと同時に腰を掴まれ後方へ投げ置かれると、小規模な爆風が前髪を靡かせる。爆豪くんの「良くやった」という声だけは聞こえた。
 扉は無事に開いたらしい。冷気も流れ込んできている。持ち前以上の力を出し切った私は自分の下がりきらない熱に敵わず、救助が間に合ったかも確認できないまま目を閉じるしかなかった。




MHA Melting into you [ 05 ]