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04
 三年間を経て俺たちは高校を卒業した。社会人とやらになって、プロヒーローとして活躍し始めてから数年の月日も流れた。
 過ぎていくだけの日々のなか、ニュースで聞く同級生どもの名前にあのアホ女の名前はない。良いのか悪いのか、――捕まるヴィランの中にも。

 卒業後何度か開催された同窓会で名前は上がるが、一度たりともあいつが顔を出したことはない。麗日が唯一あのアホ女の連絡先を知っていたのに、あのアホ女ときたら高校卒業後すぐに携帯を変えやがったらしい。
 実家も卒業後からはもぬけの殻。人が住んでいた形跡さえ感じられないほど何一つとして残ってはいない売却予定の空家があるだけ。傷や痕といった何かしら思い出感じられるようなものは一切なく、あの家に家族≠ニいう存在があったのかさえ疑問に残るほど。
 とにかく誰一人として、あの女の行方について知っている人間はいなかった。

 文化祭以後も特に変わった様子は、逆に不自然なほど見られなかった。普通の生徒としてあの女は過ごし、ヴィランがどうのなど口にすることはなかったように思う。というのも、俺がなんと煽ろうとも暖簾に腕押しで、あの女は笑顔を浮かべるだけ。
 俺はあの夜、散々泣いた女はようやく諦めたのだろう、朱に居れば朱へ染まるように、あの女の中にもヴィランにはなりたくないという気持ちが芽生えたのだろうと思っていた。それはすくすくと育ち、いずれ両親との決別の道を辿るのだろう。その時、頼れる人間が誰か、あの女のアホな頭でもわかっていたはずだ。

 だってあの女は高校三年間、ずっと俺のそばにいたんだから。

 なのにあのアホ女ときたら。俺のことを何一つとして理解していなかった。俺がどんな思いで、どんな気持ちで、何を想っていたのか。それは高校時代の時にわからせてかなければならなかった問題で、今となってはあん時のあいつの気持ちを考えるほうが多くて……嫌になる。




「今回も来なかったね、なまえさん」

「喧嘩売っとんのか」

 そういうわけじゃないとデクは慌てるが、そういうことだろうが。別に俺はあいつが来ようが来まいがどうでもいい。関係ねぇ。俺の知らねェところで死んだんならせいせいするだけだ。
 だから嫌なんだ。同窓会なんてクソ行事。自分が忘れようとしているどうでもいいことを蒸し返す。

「どっか行けクソデク。テメェがいると酒が不味くなんだろーが」

 黙ってどっか行けばいいのにあのクソときたら「素直じゃないなぁ。それにノンアルでしょ、それ」だとか苦笑いで抜かして行きやがった。表出ろや。こっちはいつでもブチのめす準備はできとんだ。いつもいつもいつも目の上のたんこぶみたいに鬱陶しく――!
 その時、何かを感じて振り向けば、そこにはただの壁があるだけ。別に何があるわけでもない。自分の中で残像が見えるだけだった。
 鼓動が緩やかに急ぐ。その理由を探しても今ならすぐに答えは出る。ああ、そうだ。いつもデクと揉めているとあの女はキラキラした目で楽しそうに俺を見ていた。人が横暴で粗野だという部分を、あの女は面倒なことに憧れていた。それが体の中心で燻って、煮焦がせて、煩わしくて、苦しくて。
 やっぱ同窓会なんてクソ行事だ。

「帰る」

「えー? ダメダメ! 爆豪珍しく参加したんだから三次会までは絶対帰さねぇよー!」

「うるせー。呼び出しだ」

 震える携帯に表示されるのは事務所からの緊急連絡。抜け出すにはいいきっかけ。荷物を引っ掴んで適当に足りそうな額の札を置けば、上鳴あたりが「多すぎんだろ! 終わったら戻って来いよ!」とか言っていたが、知るか。



 ヴィランに占拠されていたのは大きな食品会社のビル。知名度目的の能無しクソヴィランを倒すことはわけなかった。駆け付けていた他のヒーローが率先して中で捕えられていた奴らを逃していく。
 屋上から下りながら建物内部を確認して回るが、酷い破損もない、崩壊もない。要救助者もいない。問題なくこれで終わりだろう。
 一瞬だけ、戻って来いと言っていた上鳴の言葉を思い出しもしたが、もう一度あのクソ同窓会へ戻るのは……気乗りしねぇ。

 一階まで降りてきて、不審な個所はなかったと安心しかけた時だった。一人の女が人の波とは逆に走っていく。非常用の扉を開け、下っていった。下の階には異常はなかったと別の奴から報告を受けている。今は非常時で、いったんは全員外へ出るように指示もされている。こんだけ条件を揃えといて、不審と言わず何を不審と言うのか。
 追いかけるように非常扉を開ければ、カンカンッと響くのは女のヒールの音だけ。

「おい、何してやがる」

 女は肩を震わせ驚いたように足を止めたくせに振り向きはしない。一歩ずつ階段を下りて近付いているのが伝わっているはずなのに。こちらを見ようともしない女の肩を掴んで強引にこちらを向かせた。

「――っ!」

 女は顰めるように目を瞑り、顔を背ける。無理矢理振り向かされた女のほうが痛かっただろうが、それ以上に、この俺の頭を、このアホ女にガツンと鈍器で殴られたような気がした。
 見慣れた顔だったはずなのに、気付けばずいぶん久しぶりの再会となる。
 ひゅっと飲んだ息一つで喉は乾燥した。


「テメェ、ここで何しとんだ……なまえ」





MHA Melting into you [ 04 ]