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「#甘甘」のBL小説を読む
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- ナノ -
03
 文化祭当日。私たちA組の出番がやってきて、ステージの準備だったりチューニングだったりを全員が頑張っている。
 裏方業務に徹している私は特にできることもなく、隅っこで待機して呼ばれたら手を貸すぐらい。あとは女子へ「大丈夫だよ」「頑張って」と励ましの言葉をかける程度。これが一番難易度高い。お友達ごっこだと見抜かれないよう気をつけなければ。――なんて心配は必要ないほど「ありがとう、なまえちゃん!」と眩しい笑顔を向けてくる彼女たちは、私を信じすぎている。
 私とっても上手にやれてる。胸の中でもやもやとするのは、きっと本番前の緊張みたいなものだ。


「おい、アホ女」

「はい」

「……」

 別に今さらアホ女と呼ばれたからって無視しないよ。爆豪くんが私を見て声かけているんだから、自分が呼ばれていることぐらいわかっている。そもそも自分がそう呼んだんじゃない。そんな不審そうな顔しないでよ。
 ステージの中央、後寄りにあるドラム担当の爆豪くんのそば。私は呼ばれたから素直に近寄った。
 おもむろに手渡された黒い布は、八百万さんのマントのようにも見えた。彼はそれを被るように指示する。

「暑いんですけど」

「熱には強ェだろーが。黙ってそこ座れ」

 確かに耐熱女ではありますけれど。どういうことかわからず、言われるまま彼の後ろ、ステージ背面の壁へ背を預けるようにして座った。

「てめぇの役目は終わってんだろ」

「うん」

「ンなら、ここにいろ」

「こんなところにいたら観客から見えちゃうじゃん」

「見えねぇようにマント被っとれ」

「なんで?」

 理由がわからなくて被っていたマントをずらすと、少しだけたじろぐような素振りを見せたあと、伸びてきた彼の手が私の手を握った。

「……汗が」

「なんとかしやがれ」

 なるほど、彼の手はさらりとしていた。彼の能力は汗に交じるニトロで爆破を起こす。私が憧れるほどヴィランのような彼でも少しは緊張していて、いつものように汗をかけないというのか。それで私にこの暑いステージの上でさらに熱を出せということらしい。
 しかし、これは……。
 私は自分よりも大きな手がするりと指の間を抜けて逃げて行った感覚にそわそわとした。

「うっし、熱ィ……!」

 熱いどころじゃないと思う。彼も熱耐性が多少はあるだろうけどそれ以上に、きっと――。鎮まれ、鎮まれ、と自分に言い聞かせているのに熱は上がるばかり。気持ちを紛らわせるよう、このマントはなんなのかと聞けば、やはり八百万さんに作らせたマントらしく、防火加工がされているとだけ教えられた。
 にやりと悪い表情で笑った爆豪くんが、私の被っていたマントを引き下げ、自分の椅子のほうへ私を引き寄せる。見えなくなった視界。みんなの掛け声と共に静まり返った一瞬幕が開く音が聞こえた。

 え、え……それってつまり……?

 私は一つの答えを導き出すと同時にぎゅっとマントを掴んで身を縮める。その反応は正しかったらしい。耳郎さんの「よろしくお願いします」という叫び声と共に爆音に包まれた。これ、私じゃなかったら爆破の熱で火傷してたよ。私じゃなかったら彼の汗は……こんな個性の私だから彼はここに居ることを許したのだろうけど。おさまらないもやもやは、自分の中で熱に変わって放出してく。

 八百万さんに頼んで防火加工のマントなんて準備が良すぎると呆れながら内心で悪態を吐き、一瞬の熱風が納まったのを確認し、マントの隙間から楽しそうにドラムを叩いている彼の姿を見やる。なんだかんだ言って自分が一番楽しんでるんじゃん。こんなに楽しそうにできるなんて、爆豪くん、やっぱりヴィランには向かないね。
 爆豪くんだけじゃない。他のみんなも楽しそうに演奏したり踊ったり。自分たちの個性を上手く使ってキラキラと眩しい。A組の子たちはいつもそう。ヒーローの原石たちはきっと自分で輝き方を知っているのだろう。私とは違う。

 気付かないうちに自分の口元も綻んでいた。ドラムの音が近すぎて胸の奥から震えてしまう。このまま爆豪くんだけを見ていたら、自分の中から何かとんでもない知らないものが出てきそうで、少しだけ怖くなった。
 体育祭の日、あの時受けた震撼とも違う、もっと揺さぶられる感情。きっと届かないだろう小さな声で「爆豪くん」と呟けば、胸が切り裂けそうな気さえした。





 文化祭が終わった夜。みんなの打ち上げは遠くから少しの時間だけ見守ってそっと抜ける。長くは居られない。
 今日は爆豪くんの後ろでみんなの頑張りをそっと見守っていただけ。すごく楽な一日だった。ラッキーだと思う程度で留めておきたいのに、頭がくらくらとして胸の中は見知らぬ感情を抑え込むので精一杯だった。

「おい」

 呼び止められたことも無視して足早に隣を通り過ぎれば、わざわざ追いかけてきてまで腕を掴まれた。少し強い力。痛い。私は向き合うこともせずただ黙って足を止める。

「どこ行くつもりだ」

「部屋に戻るだけです」

 舌打ちをした彼が言葉を発さないものだから、互いにしばらく沈黙する。用件が終わったなら手を離して欲しい。私は今すぐベッドへ飛び込んで枕へ埋まりたい。

「楽しかったんじゃねェのかよ」

「たのしい? わたしが? まさか」

「次嘘吐いたらぶっ殺す。てめぇが本当になりたい姿から目を逸らしてるだけだろうがよ」

「っちがう」

「ぶっ殺すっつっただろうが!」

「違うもん! 楽しくなんてなかった! わたしは、ヴィランに、なるの……!」

「…………ンなら、なんで泣いとんだお前は」

 楽しくなんてなかった。私はヴィランになるのに、ヒーローになるみんなと一緒には楽しめるわけなんてないじゃないか。立場が違う。愚かだと内心で嘲笑うことはあっても、一緒に楽しみたいなんて微塵も思わない。羨ましくなんてない。私も輝きたいなんて思わない。
 私は、私は――ヒーローにはなれない。真っ黒で、血塗られた道をいくヴィランだ……。


「ばく、ごうく、……いまだけ、ちょっとだけで良いから、」


 私の弱い心を聞いてくれませんか。
 部屋へ戻って枕に埋めるつもりだった額はごつんと彼の胸へぶつかり、衝撃で目尻からこぼれ落ちた涙は音を立てて床で弾ける。後ろ髪へ乱雑に指を通されて、離さないように胸へ押し付けられたのは聞く姿勢だかららしい。「ンだよ」と言った声音が怖いほどに穏やかだ。

 私はみんなが羨ましい。いつも楽しそうで、真っ直ぐ明るい未来に向かっていて。辛いことも悲しいことも、全部を糧にして強く前向きに生きている。キラキラと輝くものを持っていて、眩しい。
 私も同じようになりたかった。
 叶わないってわかっている。私にはそんな未来やって来ない。だから、今日みたいな日はみんなに混ざれたような気がして、でも自分には何も持っていないのわかっているから、嬉しくて、虚しくて、羨ましくて、たまらなくなる。

 言葉にして、全て吐き出して聞いてもらおうと思っていたのに、言えるはずがなかった。言葉にしたら、二度と取り返しがつかなくなると最後の最後に両親の顔が思い浮かんで引きとめた。出来損ないにもプライドがある。
 人に胸を借りて嗚咽をこぼすほど泣いておいて、今さらかもしれないけれど。

「かっこよかったです、ばくごーくん」

「……言いたいことはンなことかよ。グンッてきてみろや」

「ふふ、爆豪くんまでグンッて。大丈夫。充分言えた。ヴィランだから、ありがとうは言わないよ」

 笑って誤魔化して、爆豪くんから離れる。それは言っているも同然なセリフかもしれない。自分の手で涙を拭おうとしていたのに、彼の手が伸びてきて雑に頬を拭われる。なんて、かっこいいヒーローなのだろう。


「テメェみたいなのがヴィランになれるわけねぇだろ」


 きっと爆豪くんは優しさで言ってくれた一言。表情もいつもみたいに怒っているのではなく、例えるなら眉間の皺が一本だけ減ったような。呆れたみたいに。
 でもね。今はその言葉がとても深く胸へ突き刺さる。痛みは後からジクジクと暗闇と共に広がってくる。くしゃりと雑に頭が撫でられて、都合よく視線を下げた。

「そう、だね……」

 言われ慣れた言葉だ。両親にさえよく言われる。
 出来損ないの娘の顔を毎日見なくて済むのだから、寮生活になってさぞや両親はせいせいしたことだろう。それがわかっていても、出来損ないの娘は今さら他の目標へ方向を変えることはできない。誰にも期待されていないことはわかっているというのに、とてもつまらない目標が私の全て。
 いくら文化祭が楽しくても、この心を折ることはできなかった。こんな不器用さに、将来何にもなれない中途半端な色の自分しか、私には思い浮かべられないまま。





MHA Melting into you [ 03 ]