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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -
02
 文化祭などという行事は億劫でしかなかった。みんなで何かをしたいと意気込むのを遠巻きに作り笑顔で見守り同意を示しておく。私はあくまでも空気だ。そうなくてはならない。

「なまえちゃんも一緒に頑張ろうね!」

「うん」

 麗日さんは、短い返事に少々満足いかなかったらしい。その大きな瞳でじっと見つめられるのは見透かされるような気がしてしまい、「頑張りましょう」と付け足してみた。

「なまえちゃん」

「はい?」

「もっとこう……グンッときて良いんよ?」

「ぐん?」

 彼女が伝えようとしていることはわかっているが、わからないフリして首をひねっておく。私の胸の中は可愛いなぁとか優しいなぁ良い子だなぁとかそんな感情で満たされるが、それに流されるほど心が綺麗でもない。
 爆破事件以来絡むようになった爆豪くんに、適当に受け流している姿をみられ「つまんねーやつ」と囁かれてしまう。
 つまらないだろうか。麗日お茶子というヒーローは協調性を求め、それに同意すれば容易く懐に入りやすいと学んだ。それは私にとって意義のあることで、将来のヴィラン活動に役立つだろう。だってきっと麗日さんは将来立派なヒーローとなって活躍するのだろうから。明るい未来が彼女を待っている。
 爆豪くんにはつまらないと言われたが、私にはつまらなくない。……つまらなく、ない。

 麗日さんを見てもわかるように、ヒーローという人物は総じてみな純粋で真っ直ぐで、人を白としてまず見る質がある。だから私のような奴がこんな風にのうのうと雄英高校の中に侵入していられる。教師陣も愚かではないから、私が少しでも黒を滲ませれば寄って集りもするだろうが、あくまで私は白だ。この学校にいる間は。だから誰も何も言わない。誰にも気付かれない。
 この学校へいる間、私が自分に貼っている白のシールが剥がれることも綻ぶこともないから、将来が黒へ変わるなんて爆豪くん以外誰も知りもしない。
 ほら、つまらないことなんてないんだよ。とってもハードでデンジャラスで楽しそうでしょう?




 文化祭の役決めで真っ先に裏方へ手を挙げる。まさか文化祭でライブすることになると思わなかった。そんなド派手な場で私は表に出るようなキャラではないし、自分の使命を考えても目立つのは不利。かといって、自分の個性を鑑みても裏方で役に立てるわけでもない。

 私の個性は、簡単にいえば人間ストーブだ。ダサい言い方なのは気に入っていないけど、他に表現のしようもないの。
 自分の体温を発熱させることによって周囲へ熱による影響を与えることができる。体温を極限まで上げれば周囲を溶かすこともできるが、ただしその後風邪症状に陥ってしまう。あと発熱中は頬が赤くなるのも自分の中ではとっても難点。
 こんな個性の私が、ライブでなんの役に立つだろうか。それととにかく恥ずかしいからと言い張り、クラスの女子たちによる説得に対しても頑なに折れなかった私はなんとか裏方でのサポート的な役割をゲットする。みんなの衣装を用意したり、必要なものの買い出しをしたり。

 今も数人で買い物に来ているが、進んで会話に入るタイプではない私と爆豪くんは荷物を持ってみんなの後ろを歩いていた。
 私はみんなの間食用アイスクリームの袋、爆豪くんはジュースのボトルが何本か入った袋。重いだろうから一緒に持つよ、と声をかけたら猫のように威嚇された。不要らしい。

「それで楽しいんか」

 楽しいかどうかは別としても私はそれで満足しているというのに、爆豪くんには気に食わないらしい。「音で殺す」なんて意気込んでいたくらいだから、私のように率先して裏方へまわる奴はやる気がないように目に映るだろうか。どう取り繕おうかと言葉を選んだ。

「ちゃんとやる気あるよ。これでも一生懸命手伝ってる。みんなの邪魔にならないように上手く雰囲気に馴染んでるでしょう?」

「そうじゃねェよ」

「えっと……なにもしないよ? この学校を卒業することが今のところ私の目標だし。問題なく日々を過ごさないと将来に影響が」

「そうじゃねぇっつっとんだ。いい加減にしろアホ」

 アホって、ただの暴言じゃん。理不尽だし。
 彼にとって何が気に食わないのかわからなくて向き合う。先行くクラスメイトたちは足を止めた私たちにまだ気付いていない。濃厚な血のように紅蓮色の瞳に真っ直ぐ見つめ返される。
 私みたいに言葉を選んでいるわけではなく、こちらを見透かすように見ている彼はわざと空白の時間を作っていた。


「本当に目指してるモンになりてェなら、今これを楽しんだって心折れるわけねェだろ」


 挑発的に上がった口元。どくん、と胸は低く重い音を立てた。それは次第に体中へ広がって体温を上げる。個性が制御できなくて、発動するつもりなんてないのにジリジリと自分や周りの熱を上げてしまう。
 爆豪くんは私の横を通り抜ける時に、左手で持っていた私の荷物を奪っていった。

「あっちィ。アイス溶けんだろーが」

 また眉間に皺が寄ってない笑みで喉を鳴らして先を行く。
 楽しんでも、良いのだろうか。
 先を進むクラスメイトの、爆豪くんの背中が眩しくて、ジリジリと溶けそうなのは、ほかでもない私。





MHA Melting into you [ 02 ]