- ナノ -
一瞬が一生
付き合いだして、三か月が過ぎようとしていた。彼氏の名前は木兎光太郎。中学の時、バレーの試合で彼を見かけて以来、私は彼に一目惚れ。
友人のつてというつてを使って彼の行く高校を調べ、何とか同じ高校へ通うことができ、幸いにもバレー部のマネというポジションを確立。その後は押せ押せで大好きアピールを繰り返したが、一つも通じず伝わらず。諦めかけたその時、まさかの彼が


「俺、お前の事好きなんだけど」


文字通りギョッとした。
恥ずかしそうに視線を斜め下に逸らし、そう言った彼の顔は今でも鮮明に思い出せる。伝わっていなかったというより、彼は彼なりに私の事を見てくれていたという事実。
この日から私はマネ兼トモダチからカノジョへ昇格したのだ。嬉しくて天にも昇る思いなのだけど…なのだけど…

「俺最強ーーーヘイヘイヘーイ!!!」

今日も今日とてかっこいい彼との関係はマネ兼トモダチの時からあまり変わっていない。

「先輩、溜息でてます」

「あ、京治、お疲れ。ロードワークは今日も木兎が一番だね!」

「あの人、元気すぎるんですよ…。部活前にあの元気を少し消費してから来てもらえません?」

「京治って、サラッと下ネタかますよね。セクハラ〜」

スクイズを彼に手渡し掛けた時、そのボトルは背後から奪われた。

「なーに話してんの?」

肩に顎がトスンと乗せられ、ふわふわとした髪が耳をくすぐる。……近い、近いです、木兎くん。
ロードワーク後の熱を持った彼の体がすぐ後ろで自分の体に密着していることを理解すれば、自分も急激に沸騰する。

「わー!!!」

思わず両手を上にあげ万歳のポーズを取り彼が離れたのを確認して、全力でかおりたちのところへ戻った。


「あんたいい加減、慣れなよ……付き合ってんでしょ?」

「無理だよ……だって木兎だよ?中学から好きなんだよ?やっと成就したのに、変なことして嫌われたくない!」

さっきの万歳は変なことじゃなかったのかとつっこまれたが、あれは最良の逃げ方だったと思い込む。
二人の関係が進展しないのは、私が木兎に対する耐性が付いていないから。緊張しすぎて手を繋ぐことでさえまだ慣れない。それ以上なんて……妄想だけで動悸が治まらなくなる。





長い部活を終え、自主練も終え、この時間になると私はソワソワする。

「お先に失礼します」

「え?京治、もう帰っちゃうの?片付けは?」

いつもは三人で帰るのも、二人の関係が進展しない理由になるよね?でも、京治いないと緊張してまともに喋れる気がしない。

「木兎さんが先に帰れって。頑張ってくださいね、か、た、づ、け」

何あの後輩…めっちゃ腹立つんですけど…
本当にシレっと帰りやがって、モップ掛けしてたはずの木兎も気が付けば見当たらなくて、仕方なく一人でボール籠を押して倉庫へ入る。


「なまえ」


「うわっ!!!?」

籠を奥までしまい込んだところで、後ろからかかる声に思わず飛び上がる。

「ぼぼくと!?驚かせないでよ!」

心底驚いて、心臓が痛い。というか、そもそも彼の存在が心臓に悪い。今だって“二人きり”“体育倉庫”という条件がそろっただけで、響き渡るほどの爆音が胸から聞こえる。
早く逃げよう。
顔が赤いのもこの爆音も、見られるのも聞かれるのも恥ずかしくて、愛想笑いもほどほどにするりと横を抜けた。


「なーんで俺の事避けてんの?」


少し怒気を含んだ声。鋭い目。捕まれた手首。全てがぐさりと胸へと刺さるような痛みを与える。

「避けて、ないよ、ぜんぜん…」

「避けてる」

「避けてないって」

言い当てられてしまう行動。そりゃこれだけあからさまなのだから仕方ない。手を離してもらおうと引きながら一歩下がれば、木兎も一緒に一歩前へ出てくる。繰り返せば、ガタンと背中に当たるのは冷たい壁。

「俺、なんかした?」

「イエ、ナニモ」

「嘘!ならなんでそんな変な態度なんだよ!」

掴んでいない方の手が顔の真横で音を立てて突き立てられた。これがいわゆる壁ドン?壁ドンを、木兎にされてる?
その事実を理解すれば、ボッと顔が赤くなって恥ずかしくて俯く。

「ほら……目も合わせてくれねぇし」

「ち、ちがうよ!嫌だからとかじゃなくて」

怒気を含んだ声は、だんだんと萎れてきていた。
ちらりと視線を上げると、じゃあなに?と言うように彼も視線だけで続きを促してきた。

「…………恥ずかしくて。木兎と付き合えたこと自体、奇跡すぎて」

前までは自分から触れるのも頭を撫でてもらうのも嬉しくてデレデレしていたけど、今はもう同じように反応できない。カレカノとして、と思うとその先を勝手に期待して、妄想して、恥ずかしくなって。


「そんなに俺の事、好き?」


何を聞くんだこの人は!?視線を上げると、にやりと口角を上げた顔。
あれ?さっきまでの怒気としょぼくれは…?

「なぁ、好き?」

今度はからかうように、色っぽく。視線を合わせるように屈まれて、見つめられれば

「っ!!……すき、好きです!だから、あの」

と答えるしかできなくて。離れてと胸板を押しても、びくともしない。

「木兎、お願い、京治とか、戻ってきたら…」

「名前」

再び不機嫌そうな声に戻り、何事かと彼を見る。

「…京治?」

「ケンカ売ってんのか?」

「ひっ」

壁に突いていたはずの手が私の頬を掬いスルスルと撫で、掴んでいた手はゆっくりと私の指を絡め捕る。

「名前、呼んで」

「む、ムリ…」

「じゃあ、キスして」

「ばっ!!?ぼ、ぼくと!?」

「光太郎」

ねだる要求が上がった。咽がカラカラに乾いていて、混乱しているからか、咽が乾燥しているからか言葉は紡げず空気ばかりがヒューヒューと口から洩れる。
木兎の顔がいやに至近距離で慌てて顔を逸らそうとするもその手に顎を捕まれた。


「良いの?キスしても?」


良いか、悪いかの判断なんてできるわけないよね?

「………こ…こう、たろ…」

「もっかい」

「…光太郎、くん!」

「くん、いらねぇから」

「光太郎!」

ケタケタと可笑しそうに笑う彼を涙目で睨みながら、やけくそに腹を決めてその名を呼ぶ。満足そうに口が弧を描いたので、安心して息を吐いた。やっと解放してもらえるのか。


「なまえ、好き」


捕まれたままだった顎がグイッと持ち上げられると、一瞬が一生の出来事。
星が瞬くほどの衝撃。
視界には彼の頬と髪しか見えなくて、唇に柔らかな感触。暖かくて、少しカサついた唇が触れているのだとやっと理解した時には、ゆっくりと離れていった。

「……ッ!!!?」

「さ!帰ろうぜー」

ぱっと私から離れた彼は後ろを向いていて、力の抜けた私はその場に崩れ落ち、唇には未だに感触が残っていて、忘れたように心臓が暴れだす。


こうされたことに困惑の視線を上げれば、木兎の耳が赤くなっているのが見えた。



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