- ナノ -
シフォンと弾丸のアイラブユー
 友人が評価するように大人の恋≠ニ言えば格好は良いが、私たちはまだ十八だ。大人の恋をするには早すぎると思わない? まだ恋の酸い甘いを知り始めたばかりなのだから、溺れるほど激しい愛も恋も経験してみたい。駆け引きに心煩わせる恋がしたい。軽さよりも重さのある愛が欲しい。

「言っているだろ、好きだと」

 好きだと言うのはこの男にとってとても簡単なことだと私は知っている。事あるごとに「好きだ」「可愛い」「一番だ」と甘く囁いてくるけれど、一つも信用にならないほどの軽さだ。ふっわふわ。シフォンケーキも顔負け。

「普通好きならそんなに簡単に好きって言わない」

「そうか? 普通だと思うが」

「普通じゃない。本当に好きだったら声も出ないし、わー好きすぎて語彙力崩壊〜ってなる感情を篤はまだ知らないだけ!」

 そう言うと篤は頬を掻いて私を見る。

 私たちは通称カレカノ。付き合っている。篤に一目惚れして、連絡先聞いて、友達交えてデートを繰り替えして。私が知っていた以上に篤のことを知っていくと、やっぱり好きだと思った。
 歩道を歩く時にさりげなく道路側を歩いてくれたり、みんなでカラオケに行った時トイレで出くわしたナンパ野郎から守ってくれたり。あの時は死ぬほどかっこよかった。惚れすぎた。「悪いな。俺のツレなんだ」と言った彼に手を引かれた私は心まで持って行かれていた。「初めて言った……あんな恥ずかしいセリフ」と恥ずかしそうに目元まで赤くなっていたのを、未だに鮮明に覚えている。
 それからも私は好きで好きでたまらなかったから猛アピール。でも告白してきたのは意外なことに篤からで。カラオケでの事件からひと月も経っていなかった頃、私たちは健全(なつもり)に交際を始めた。
 それからは、私は事あるごとに篤へ詰め寄った。「本当に私のこと好き?」って。だって私、ただ私が片思いを楽しんでいただけで、一つも篤に好きになってもらえるようなことできていない。
 それなのに篤ときたら、さっきも言ったような甘ったるい言葉を並べて私を懐柔してくる。そんな言葉で心や体を開く女じゃないんだからな。って言い張れたら良かったのに。それらはすでに篤の手中。




 学校が半日で終わった金曜日。両親が仕事で不在の私の家で勉強会を称したお家デート。週末は両日ともボーダーでの用事があるから今日の時間は私にくれるらしい。たった半日でも私は篤の時間を独占できることが嬉しいはずなのに、私は性懲りもなく冒頭のやりとりを篤としている。頭の中の妄想ではもっと可愛く楽しくイチャイチャするつもりだったのに。篤が大人ぶるから。

「どうやったら信じてくれるんだ? お前は」

 ベッドに背もたれて床へ並んで座っている私たちは、勉強道具なんてものを一切出していない。
 「本当に好き?」と詰め寄る私に、手が伸びてきて髪の毛束を掬い取った。篤はよく私の髪を指先で弄ぶから、明るく染めることで傷みやすい髪のトリートメントは欠かせない。こんなことされるだけで私は呼吸を詰まらせちゃうのに、目の前の男は相変わらず飄々とした態度でいる。
 表情筋はほとんど活躍してないから、感情を読み取ることもできなくて、私は表情を曇らせた。

「こんなにも好きなのに、オレは」

「あ、あつしは! どうしてそんなに簡単に好きって言うの?」

「可愛いし好きだから」

「そういうとこだよ! そういうとこ、ケーハクって言うんだよ!」

 どうやって書くかは知らないけど。すぐそうやって私を手の上で転がして動揺するとこ見て、自分は余裕綽々に面白がってる。
 私は篤が好き、篤も私を好き。それで幸せなのだけど、もっと欲しい確実にしたいと思ってしまうの。
 こんなことして、本当はただ篤に好きって言わせたいだけ。言葉より心が欲しいって人は言うけど、心をもらっていても本当にあるのかどうかは見えないでしょ? 言葉で「好き」って言われたほうがよっぽど具現化されてる。安心できる気がする。
 重く重くと思っていても、私の思考が一番チープな考え。単純で浅はか。……本当はどっちも欲しい。

「嬉しいだろ? 好きって言ってもらえるほうが」

「…………まぁ、うれしいけど」

「言われたいオレも」

 指先に巻き取って遊んでいた髪をしゅるりと離して、覗き込むように距離を近づけてきた。情けなく「むり」と呟いて、じっと見てくる視線から逃げるしかない。さっきまで髪を弄んでいた手を伸ばし、後頭部に回されてしまってはそれもできなくなる。
 ああ、まったく……。
 時々強引な手段を使ってくる彼に振り回されっぱなしだ。見つめてくる視線の向こうに期待の色が見えるように感じてしまうのは都合のいい解釈?


「篤、……す、すきだよ」


 やっぱり恥ずかしいったらない。向き合って目を見るだけでも私には難易度高い。好きなんて口にするだけで震えるし緊張するし、ちっとも簡単なことじゃないじゃん。少なくとも篤みたいにシフォンケーキ感覚では言えないよ。
 赤くなる顔を見られたくなくてうつむけば、視線の先で篤の手元が自身の胸を押さえたのが見えた。なんだというのかわからなくて、言葉を待っているのに静かなまま。

「っ、ほらね。口に出して言うとわざとらしく聞こえるから、嘘くさいでしょ? ……全然、愛とか、感じないで…………ちょっと! これでもなけなしの勇気で頑張ったんだから、なんとか言ってよ!」

 恥ずかしさを忍んで睨むように篤を見上げなおす。そこには片手で胸押さえ、もう片方の手で目元を覆う姿があった。

「悪い……ちょっと待て」

「な、なによ?」

「強かったんだ、思っていたより」

 イーグレット並みに強いだなんて私にはわからない例え。でも、篤らしくない反応に少しだけ気持ちは浮つく。私を好きじゃなかったら、顔を赤くすることも、言葉一つで胸を押さえることもないと思うから。
 珍しいその様子をちょっとの間見守っていたら、腰をつかまれて彼の脚の上へ跨るように乗せられてしまう。
 ドキドキする。緊張する。逃げ腰になる。また篤のペースに乗せられてしまう。

「言って欲しい、もう一回」

「……エッチしてる時言ってるじゃん」

「言わせてるみたいだろ、あれは」

「言わされてない。本心ですー」

「ならオレもそうだ。言わされていない。いつも本心で言ってる」

 抱きしめられながらドキリとした。言わせているだけなことバレてるのか。そしてそれを本心だと言われれば言い返す術もない。
私だってエッチの時には羞恥に混ぜて好きだと告白している。本当に好き。好きで好きでたまらないほどに。普通の時には、さっきみたいに恥ずかしくて言葉にできないだけで。


「好きだ、なまえ」


 今度は私が顔と胸を押さえる番だった。イーグレットというものはわからないけれど、胸を強く打ち抜かれていることは間違いない。
 気持ちを伝えたいという思いはお互い様だったみたいだけど、私の好きって言われたい気持ちは変わらない。言葉のない大人の恋より、心煩わす恋で良い。好きって言われて、何度だってこの胸を篤に射抜かれたいの。
ちょっとだけ口を尖らせて上目づかいで見つめれば、もう一度言ってくれないかなぁ。なんてね。






WT short [ シフォンと弾丸のアイラブユー ]