06
「解釈違いです!」
久しぶりに開催された他部署合同の飲み会はお店をまるまる貸し切っていた。盛り上がっている大部屋ではなく、カウンターで最近嵐山に会話の妨害をされてばかりの友人と飲み交わす。
酒の肴は、お前若いのによくやっているよなから始まって、ところでまさかあのお前が嵐山と付き合うなんてって話へ変わり、どこが良いのかとか、どこまで進展したのかとか、そんな話ばかり。
はっきり言って、私に恋愛感情を抱き、嫌いって言うと傷ついた悲しそうな顔する嵐山は解釈違いなんです。あいつはどんなときでも笑顔で爽やかにかわして、こちらを翻弄するような男であってほしいのです。
とはいくらお酒が入っているとは言えるわけもない。
「何が解釈違いなの?」
「……なんでもない」
「嵐山と上手くいってないの?」
「どちらかというと良好」
「にしては付き合えて幸せです〜ってオーラがねえよなぁ」
「し、しあわせだし。せかいいちしあわせだし」
幸せかどうかは別にしても良好な関係という意味では間違ってない。嵐山は基本温和な性格だし、でも嵐山に好きだと言われて以来、最近はそれに輪をかけて優しい。私に対して優しいが溢れて、むしろいき過ぎているほど。それ見てみんな引いている。私も引いている。
嵐山は私の言うことをきくようになった。以前が反抗的だったというわけではないが、無理に仕事を押し込んでくることもなくなったし、他の隊が防衛任務で人が足りないと言う時に無理して手伝いに行くということもしなくなった(それでも他に人がいない時には援護に行くけど)。自分の身、顧みることができているじゃないか……。
「言ったろ。俺はこれでも狡猾で打算的だって」
狡猾も打算的も嵐山准という男に一つも合わない言葉である。どこが狡猾なのかと聞いた時の答えは顔から火が出るかと思った。
「無茶するとなまえが心配して怒ってくれるだろ?」
などと言うのだ。小学生の男の子が好きな子に意地悪するとかそんなレベル。
「他になまえの気の惹き方がわからなかったんだ」
と照れくさそうに言い続けた時には、私はその場から逃げ出していた。だって、そこは嵐山隊の作戦室で時枝くんも木虎ちゃんもみんな居たのよ? 佐鳥くんの「え、嵐山さん本気だったんですか?」という疑問に、サラッと公開告白を受けて「そういうことだ」と爽やかに笑っていられる人間ではない。
みんなの苦笑いの顔を見るはめになるくらいならと逃げだした。
「ハァ……ほんと、なんで私なんだろ」
もう何度目になるかわからない言葉は口癖のようになっていた。考えすぎて頭も爆発してしまいそう。グラスに入ったお酒を眺めていると、友人に取り上げられてしまった。
「男には、一番愛してくれている女を嗅ぎ分ける能力があるんだよ」
「なーい、ないない。それに嵐山に何人ファンがいると思っているの? 私が一番なんて烏滸がましいにもほどがあるでしょ」
「じゃあ、お前は愛してねぇの?」
「……私以上に嵐山隊を知りつくし、愛している人間がいると思ってるの?」
「嵐山隊≠ナなく嵐山≠セよ」
お前のそういうとこ嵐山結構傷ついてると思うぞと渋い顔を向けられる。あやふやにしていることをわかってはいても、そんな風に嵐山≠ノ対しての私の気持ちを語るなんて、それこそ烏滸がましい。
テーブルへ残る水滴の後を指先でなぞる。
「……私が一番だったとして、それをあいつが嗅ぎ分けているなんて」
「あるぞ」
「うわッ!? あ、嵐山……!? なんでここに!?」
椅子から転げ落ちそうなほど驚いてしまった。友人だけがクスクスと私を見て笑っている。いつからいて、どこから今の話を聞いていたのか。
どうしてここにいるのか。今日はオフィスワーカーたちだけの飲み会だから隊員は呼んでいないはず。友人は「おれが呼んどいた」と得意げに笑ってくれるが、頼むから余計なことをしないでよ。
「目立つから早く帰りなさい」
「お前も終電前に帰れ帰れ〜」
ここは家から徒歩圏内で私は終電に乗らないなんて否定は無視される。友人から渡されるカバンを掴み損なったのは酔っているからではなく、横から伸びてきた手に奪われたから。そしてそのまま引きずられるようにしてお店から連れ出された。
あいつどうして嵐山に連絡したのよ……おぼえてなさいよ。
街頭が等間隔にある夜道、私は彼の隣を歩く。というより、嵐山が私に歩調を合わせて歩いてくれている。夜とはいえどこで誰に見られているかはわからない。一応は形式上恋人同士なのだから見られても困りはしないけれど、飲酒の彼女と夜道を歩いているなんて嵐山の世間体上よくない。嵐山はそれをよく理解していると思っていたのに。
宿舎はもう目と鼻の先。
「カバン返して。ここまでで大丈夫だから」
「でも酔ってるだろ」
「酔いなんてとっくに醒めてる」
周囲を警戒する様子を見せても嵐山は動じることなく「間違ったことはしていない」という態度を貫いている。カバンを返してくれる気などなく、変わらない速度で私の横を歩いた。空いている手は居酒屋から出てからずっと私の手を大事そうに握ったまま。
なんで、という疑問はついに自分へも向く。
なんで私は素直にこの男と帰って、大人しく手を握られているの? 私はどうしてこの関係を偽りにできないの? こんなのちっとも偽りを装えてないじゃない。
こういうところが本当に嫌になる。嵐山准という男は私の存在をおかしくさせる。
「ねぇ、なんで迎えになんて来たの?」
「彼氏だから」
「そんなのっ、わたし認めてない! わたしは、嵐山のことなんかっ……」
言いかけて言えない続き。目の奥が熱くて今にもこぼれ落ちそうだった。
見えている答えをまるでわからないみたいに、いつまでも探している。見つからないって腹を立てて癇癪起こしている自分がひどくもどかしくてたまらないのに、嵐山にはそれが見えているようで余計に苛々とした。
ほら、そうやってまた困ったような顔して笑って、あなたは私に意地悪をする。
「それなら、なまえからこの手を解いてくれ」
そしたら諦めるから。
熱を出したあの時と同じ。違うのは、解けそうなほどゆるく、重なっているだけの手。
「っずるいよ……そんなのずるい。こっちはずっと嫌いって言ってたのに、今さらなんのきっかけもなく好きだなんて言えないのにっ……!」
手を離したくなくて、解けないよう繋ぎとめたくて握りしめた。
私はずっと嵐山が嫌いだった。
向けられる笑顔も、優しさも、なにも信じられなかった。なにもかもを一人で背負って包み隠して見せないようにして、ある日突然消えてしまいそうだったから。なくなって、手も届かなくなってしまったら取り返しがつかない。
私はずっと嵐山が好きだった。
向けられる笑顔も、優しさも、嵐山准という男を好きにならずにはいられなかった。でもその気持ちを隠しておかないと、きっと嵐山准を守ることはできないと思っていた。そばに居られるなら、この気持ちなど消してしまっておけばいい。
パラドックスを抱えた私の手を握り返す力はいつも以上に強かった。宿舎へ向かっていた歩みも小走りになり、飲み会に参加するため換装体ではない生身にヒールを履いた足では、追いつくことに必死になる。
「まって、嵐山」と呼びかけても返事をしてもらえないことを寂しいと思うなんて。
ボーダー宿舎のゲートをトリガーをかざして開け、施設の屋内に入ってすぐ私の体は抱き寄せられた。嵐山の体重を支えきれなくて壁に背をつける。
「なまえ」
呼ばれる名前の奥に切なさとか、愛しさとかが含まれているみたいで苦しい。ドクドクと鳴る互いの鼓動も熱量も生身だから感じること。呼吸をするたび体の中に入ってくる嵐山の柔らかな匂いに溺れそうで、彼の背中の服を掴んだら溢れ始めた涙は止まらなくなった。
嗚咽を混じらせながら「本当は嫌いじゃないの」と伝えると、精一杯な私を腕の中へ閉じ込めるようとするみたいに力は強くなる。
「きっかけなら今でいい。今日から俺を好きになってくれ、なまえ」
嵐山の綻んだ表情をもっと見ていたかったのに、近づいてぼやけてしまって見ることはできなくなった。かさついた感触は指先で感じたよりももっと鮮明で、今度保湿力のあるリップクリームを買ってあげなきゃと考えている自分に可笑しくなる。いつも、いつも、嵐山で頭の中はいっぱいだけど、こんな時まで仕事脳が抜けないなんて。額と額がくっつく時に私はこっそり笑っていた。
「すきだよ、嵐山。私の彼氏になってください」
END
WT 壊した障壁は愛でできていた [ 06 ]