「みょうじ、元気になった〜? ランチ行こ〜……って、お邪魔だった?」
私の仕事部屋へノックもせず勝手に入って来る人間は限られている。一人は他部署にいる仲の良い友人。気さくに話しかけてくれるし、仕事もできる、話も合うからランチの誘いぐらいなら軽い気持ちで乗るのだけど。
「すまない。なまえは今から俺と出るんだ」
私の横にいた男は、爽やかすぎる笑顔と即答で友人からの誘いを一刀両断にしてのけた。
勝手に入って来る人間のもう一人は、私が今この世で唯一遠ざかりたい男、嵐山准だ。仕事の都合上遠ざけることも無視することもできないし適度な距離で接したいというのに、この男は私の仕事の手伝いと称して今日は朝からここへ居る。
「そうかー。そりゃ残念。じゃあ明日はどう?」
「あ、うん、明日なら」
「明日はデートの予定が入っている」
「で!?」
「新しい私服、一緒に選んでくれるって言っただろ?」
「…………おー、嵐山って意外と嫉妬深いんだな」
嵐山隊の寝巻や私服から学生の子には制服のコーディネートまですべて、私が口を挟んでいる。過干渉だと人は言うけれど、でもボーダーは印象も心象も第一。彼らが街中を歩いていれば「嵐山隊の!」と声をかけられる。学校でもそう。そんな彼らがみっともない服装をしていたとなっては、評判がガタ落ちだ。
と、これはあくまで大人の建前。強制はしてない。本人たちが「なまえさんが選んでくれる私服好きです」と言ってくれるから、好きなの着て良いんだよと促しつつ、ついつい本気になって選んでしまっている。目の前に最高のモデルがいて、本当はこっちの、スタイリストの道に進みたかったのだからしかたない。
先週のオフに木虎ちゃんと綾辻ちゃんの買い物へ付き合ったら「おれも、おれも〜!」と佐鳥くんが言い出し、嵐山と佐鳥くんと時枝くんの服を買いに行くことになってしまっただけ。
だから「デート」なんて言い方には語弊があるし、まるで二人きりみたいな言い方は余計な勘違いを呼ぶ……って、偽装彼女だから勘違いされていていいのだけど。
呆れて半笑いの友人にまた連絡すると謝って半ば強制的に追い出した。
それにしてもこの男なにを考えているのか。友人は噂を流すような人間ではないが、万が一にも嫉妬深いなんて印象が流布されたらどうなると思っているのか。それでなくても「嵐山に彼女ができた」という一件でメディア対策室はファンの好感度を気にして動いているというのに!
「〜〜っバカ!」
「おお! 嫌い、じゃなくなった!」
「なんであんたが勝手に断るのよ!」
「なまえの彼氏だから」
彼氏、彼氏、って言うけど私はあの時嵐山の言ったことに対して返事はしていない。できなかった。仕事に遅れるからと帰らせたし、嵐山も私の返答を無理に聞く様子はなかった。
「いつもあんなしつこく誘われているのか?」
「しつこくないし、彼は友達。別になんの感情もないわよ」
って、これじゃあまるで浮気の言い訳をしているみたいじゃないの。そんなことに気付くと自分が気持ち悪くて顔が熱くなった。なぜこんなにも振り回されなければならないのか。憤りに任せて嵐山を睨むのに、整った営業スマイルで返される。
こんな中途半端なことは良くない。はっきりと言わなくては。脳内で一つ一つ言葉を選んで、ゆっくりと息を吐きながら言葉にした。
「まだ返事、してないでじゃない。それに今まで恋愛感情で見てなかった人に突然好きって言われても、気持ちが追いつかないわよ。そんな風に彼氏って言われても……」
「この間まで嫌いって言われていたぐらいだからな。……わかった」
一つ頷くと、またあの困ったような笑顔になって背を向けられる。
は? さっきまで彼氏面して友人を追い払ったというのに、途端に捨てられた子犬みたいな顔してどういうことなの?
こちらを焦らせる算段なのだとしたら、嵐山の言う通りとても狡猾だ。
「べ、べつに今は、嫌いじゃなくて」
なんで部屋を出て行こうとするのよ。思わずその赤い隊服の裾を掴んで引き留めてしまっていた。
「……なんで私なの」
散々嫌いだと罵って嵐山の気持ちを踏みにじってきたのに、どうしてなのか。何度だってその疑問が沸いてくる。
きっと困った顔をしているのは私のほうだろう。見上げた嵐山は嬉しそうな顔をして唐突に私を抱き寄せる。
「俺の理由より、なまえの気持ちが知りたかった」
体温も感触も嗅覚さえも鈍い換装体で、嵐山に抱きしめられるのは、痛いほどに苦しい。好きな理由はこの間伝えただろ、と言われてもおいそれと受け入れられるわけがない。
「……嫌いじゃないなら良いんだ」
耳元で聞こえる声は低く甘く熱っぽくて、嵐山じゃないみたい。呼吸を忘れるほどにその声に痺れさせられていた。
すぐにはっとして抵抗して手を突っぱねたが、掴まれ指先を絡められる。指先に触れた嵐山の唇を思いだし、ぶわっと熱が上がったのが自分でもわかった。
「っはなして! 人が来たらどうするの!」
「付き合っているんだからいいだろ」
甘えた猫みたいに人の首へ擦り寄って背中に回された片手で引き寄せてくる。いくら換装体は感覚が鈍いといってもさすがに恥ずかしい。
未だかつてない強引な彼の姿に戸惑わされるばかりで、それは偽装で≠ニいう否定の言葉は出てこなかった。
三門市を守るボーダーの嵐山隊隊長、嵐山准と私は一体なにをしているのか……。三門市にとって彼はヒーローのような存在なのに、私のようなただのボーダー職員兼マネージャーが、彼とこんなことになっていいはずがない。
WT 壊した障壁は愛でできていた [ 05 ]